教訓、五十。ニピ族の勘は当たるので、変なことを言い出しても世迷言だと思わないこと。 3
風邪を引いたフォーリが若様の所に行かないよう、ベリー医師の指示によって簡単な牢に入れられていたフォーリだったが、そこから出すように要求していて、牢を破壊しそうな勢いで……。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
その日は朝から、フォーリが大声で自分を外に出すよう要求していた。
シークが朝起きて、様子を見に行った途端、待ち構えていたように大声を張り上げた。
「私を今すぐに外に出せ……!早く、若様のところに行かなくては、何があるか分からない!特にあの小娘、何をしでかすか分からないからな!」
目を血走らせながら、牢の出入り口と周りに少しだけある鉄格子に摑まり、ガタガタと鉄格子を揺さぶった。普通、鉄格子を揺さぶった所で、外して逃げられるとは思えないが、フォーリならば外して逃げられるような気がしてくる。揺さぶっているうちに、ギシィッ、ギシィッ……と鉄格子が妙なきしみを立て始めた。
「フォーリ、落ち着け。」
「落ち着いてられるかぁぁ!」
思わずシークは数歩後ずさった。興奮している猛虎が牢の隙間から爪のついた前足を差し出し、とりあえず目の前にいる獲物を捕らえようとしているように感じられた。
(……これが、ベリー先生がいつも言う、切れたニピ族を宥めるのは難しいという、あれか?確かにこれを宥めるのは厳しそうだな。)
「おい、聞いているのか!?早く私を出せ……!ふんぬぬぬ!」
妙な気合いと共に鉄格子が、ガクゥンという変な音を立てて上下にわずかに動いた。思わずシークは鉄格子とフォーリを見つめた。
(これは……猛獣を宥めるのと同じだな。早くベリー先生に報告してこよう!鉄格子を壊されるかもしれない…!)
シークは急いで体を反転させると小走りで診療室に向かう。
「おい、待て、どこへ行く!私を出せ!」
「ベリー先生を呼んでくる。ベリー先生しか鍵を持ってない……!」
一度振り返って返事すると、本当に大急ぎでベリー医師の所に駆けつけた。ベリー医師はすでに診療室にはいなかった。それで、部下達の部屋に急ぐ。
ベリー医師は、朝のみんなの往診を行っている所だった。非常に切り出しにくい。だが、言うしかない。言わないと鉄格子を壊されるだろう。
「……ベリー先生。」
とうとう勇気を出してシークは声をかけた。
「…うん、どうしたんだい?さっきから、何か言いたそうにしているなと思っていたんだよ。いつ、話しかけるかなと思ってね。」
「…先生がお忙しそうだったので。」
「うん、それで?」
ピオンダ・リセブの脈を測り終えて、ベリー医師は聞いてきた。
「それが、フォーリが朝っぱらから、若様のところに行くから牢から出せと騒いでいます。」
「ああ、やっぱりね。そろそろ限界だと思っていたよ。」
やれやれとベリー医師はため息をつく。
「でも、どうせ鉄格子があるから、フォーリでも破れないでしょう。」
「それが先生。鉄格子が壊されそうです。フォーリが揺らす度に、鉄格子の扉が特に変な音を立ててきしみ始めまして。そのうち抜けないかと心配です。」
「……。抜けないかって?」
「ええ、そうです。普通の人なら何も心配したりしませんが、なんせフォーリですから。」
シークの言葉にベリー医師は、もう一度深いため息をついた。
「そうですな。ニピ族ですからね。」
ようやくベリー医師は、重い腰を上げた。さすがのベリー医師もお疲れのようだ。
フォーリがいる牢に向かう途中、シークはベリー医師を労った。
「先生、本当にありがとうございます。」
「いやいや。あなたが死にかけている時より、遙かにまし。君は本当に危なかったんだからねえ。」
「あの時はお世話になりました。」
「ははは。まあ、そんなに神妙にならなくても。それでも、大けが組が病気になったら、ちょっと気が抜けないけどね。」
村に散歩にでた時、若様が毒を食べてしまった上に、帰る途中の道で大岩や丸太が転がってきた時に隊員達が数名けがをした。あの時も大変だった。それでも、シークが死にかけた時より、大変じゃなかったようだ。シェリアの屋敷で毒を盛られ、何度も死にかけた。その時に隊員の一人のロル・オスターも死にかけていた。
そんな話をしながら、フォーリがいる牢に戻っていると、廊下の途中からガタァン、ガシィン、ガ、ゴトォン……ガコガコ、などという音が聞こえてきて、シークとベリー医師は慌てて走った。
「……。」
案の定、目を血走らせたフォーリが、懸命に鉄格子を揺らしている所で、だんだん鉄格子がはまっている上下の石が削れてきている様子だった。石の粉が床にたまっている。
「おい、フォーリ、何をしている!もし鉄格子を壊したら、若様が言いがかりをつけられるんだぞ!」
「全く、これだからニピ族は!」
二人の言葉に反応して、フォーリはじとっと二人をねめつけた。
「早く私を出してくれ!」
「だめ、声が掠れてる。まだ、本調子じゃないね。」
フォーリの望みは即座に却下された。
「それは、大声で叫んでいたせいです!」
「じゃあ、叫ばないように。それと、フォーリ。」
「私は治りました。だから、早く出して下さい。」
ベリー医師の言葉を遮って、フォーリは言い募る。
「フォーリ。君はまだ、治っていないよ。もう少し休みなさい。どうせ、黒帽子も何もしてこないようだし。今ほどゆっくり休める時間もないんだから、早く休んで体力を戻した方がいい。」
フォーリは見事にしゅんとした。しかし、掴んでいる鉄格子の両手に力が籠もり、激しく揺らした。途端にガッコォンと派手な音が響く。
「フォーリ、やめ給え。ヴァドサ隊長が言った通り、というか君も分かっている通り、壊したら若様が直さないといけなくなる。ベブフフの御仁がどんな方か、もう忘れたのかい?」
ベリー医師に言われて、仕方なくフォーリは揺らすのをやめた。しかし、まだ鉄格子は掴んだままだ。
「フォーリ。奥の寝台に行って横になりなさい。」
「……。」
「フォーリ。もし、君が夕方まで大人しく寝ているなら、君を出すかどうか考えてもいい。でも、大人しくしていないなら、決して君を出さない。」
「分かりました。夕方まで大人しく寝ていればいいんですね?」
渋々フォーリが声を絞り出した。だが、本当は不服そうで一歩も動こうとしない。
「フォーリ。行きなさい。」
「……。」
「フォーリ。じゃあ、出さないよ?」
仕方なくフォーリが寝台に向かう。そのやり取りを見ていたシークは、ふと先日の若様の言葉を思い出した。
「そういえば、フォーリ。先日、若様はお前がいつでもきちんと休めていないことを心配しておられた。お前がきちんと休んだとお伝えできれば、さぞかし喜ばれるだろう。」
シークの言葉に、フォーリが弾かれたように振り返った。
「本当か?」
途端に機嫌が良さそうになる。
「もちろん本当だ。若様はお前がいない所で、お前がよく眠れているのか心配なさっている。」
すると、フォーリは手を胸に当て、大げさにため息をついて泣きそうなほどに喜びを表した。
「ああ…!さすが私の若様!私のことまでそのように心配して下さるとは!このフォーリ、感激のあまり心臓が止まりそうです!」
目の前にはいない若様に対して、フォーリは感激の言葉を連ねている。シークはさすがに呆気にとられてフォーリを見つめた。
「フォーリ、寝るだろう?」
ベリー医師の言葉に、フォーリは急いで頷いた。
「当然です。若様にご心配をおかけするわけにはいきません。」
そう言って、素早く布団に潜った。
それを見たベリー医師は、自分の額に手を当てて嘆いた。
「そうだったよ。この手を忘れてた。やっぱり、さすがの私も疲れているんだな。こんな簡単なことさえ忘れるなんて。ヴァドサ隊長、ありがとう。この手に負えない珍獣をよく宥めてくれました。」
「いえ、先生。」
それに、珍獣って……。確かに今、檻に入っていて猛獣っぽいけど。珍獣じゃないよなぁとシークは思う。
「もしかして、珍獣は失礼だとか思ってる?」
ずばり聞かれてシークは口ごもる。
「え?ええ、まあ……。」
「いいんだよ、珍獣で。こうなったら手に負えないし。しかし、ヴァドサ隊長、本当にありがたいですよ。この珍獣を意外に宥められるんですな。」
「先生、珍獣珍獣って、さすがに可哀想ですし、失礼ですよ。それに、フォーリは珍獣というより、猛獣という感じです。」
しまった、最後に本心がつるっと出てしまった。ベリー医師もそれに気づいて、肩を揺らして笑っている。
「……くくく。猛獣ね。まあ、確かにね。」
そう言った後、話が聞こえているだろうに無視を決め込んでいるフォーリに声をかける。
「とにかく、フォーリ。夕方まで休んでいたら、出すかどうか決めるから。大人しく寝ているんだよ。分かったね。」
とにかく、これで一件落着したので二人は戻ったのだった。
星河語
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