教訓、四十八。雨降って地固まる 7
王太子タルナスが、従弟である若様を連れ帰ると主張していたので、若様は困り果てていた。だが、怪我はしていないものの、ボロボロになったフォーリが戻ったことで話が進む。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますか……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
その時、屋敷にフォーリが戻ってきたのが、人の合間から見えた。ちょうど人がまばらになっている。フォーリの背が高いので、見えるのだ。シークの視線に釣られて、若様もフォーリに気がついた。その途端、嬉しそうにぱっと笑顔になる。
(やっぱり、フォーリがいないとだめなんだな。)
シークは少し寂しさも感じながら、しかし、ほっとしていた。
「フォーリ…!良かった、大丈夫?」
若様はシークの元からフォーリの元に駆け寄った。若様の言うとおり、フォーリは珍しく憔悴しているように見える。衣服も破けているし動きが鈍い。どこか怪我でもしたのだろうか。それとも、毒か何かか。シークも毒にやられたのだ。フォーリもその可能性がある。
若様の声に釣られて、タルナスも視線を向けた。
「フォーリ。良かった、遅かったから心配した。お前が来たなら、グイニスも安心する。これで、一緒に出発できる。」
王太子はすでに出発することを決めている。ここで一番の決定権があるのだ。困ったように若様が泣きそうな顔になった。
「…フォーリ。私は…。」
若様も王の意向に逆らわない方がいいことは分かっている。しかし、それを尊重すると、今度は心配していくれている、王太子タルナスの意向を無視することになってしまう。命の恩人で兄のように慕っている従兄の言うことを聞きたいが、叔父の言うことに反することもできず、若様は難しい立場で困り切っていた。
子供がこの判断をするのは難しい。シークだって正しく判断できるかと問われれば、それは難しいだろう。
「若様。遅れて申し訳ありません。」
フォーリが若様の前に片足をついてひざまずき、口を開いた。
「ですが、ご安心下さい。しばらく、若様を襲ってくる者はいないでしょう。二人ほど逃がしましたが、他は全員死んだので、仲間の遺体を回収して今夜のうちに撤収するかと思います。」
若様の表情が暗くなった。小さく固まっており、黙ってフォーリの話を聞いている。優しい彼は自分のせいで人が死んだと思い、たとえ、それが刺客であっても胸を痛めているのだ。
「フォーリ。…大丈夫?怪我をしたの?ちょっと様子が変だよ。」
若様は黒帽子の話には触れず、フォーリのことを尋ねた。さすが、フォーリの異変に気が付いている。
「なんともありません、若様。これくらい大丈夫です。」
そう言ってフォーリは立ち上がったが、どこか足下がふらついたように見えた。
「フォーリ、服が切れてる。ボロボロだ。本当に怪我してない?」
心配する若様に、歩くように手で軽く背中を押して促してから、フォーリはタルナスの元まで進んだ。
「グイニス、フォーリはニピ族だ。簡単にやられたりはしない。大丈夫だというのだから、大丈夫だ。フォーリを信頼してやれ。」
タルナスが口を開いた。それでも、若様は瞳を涙で揺らして説明を始めた。
「…そうじゃありません、従兄上。私は…フォーリが怪我をしたら嫌です。心配です。だって……。」
さすがに、それ以上は今言うべきではないと若様は気がついたのか、口をつぐんだ。
「若様、我々はここに残るべきかと。」
フォーリの言葉に、若様はほっとした表情に変わる。
「…フォーリ、何を言い出すんだ。」
当然、王太子が問いただす。タルナスは今、王太子としての威厳を漂わせて、フォーリを睨みつけていた。
「殿下、ここは陛下の仰る通りになさった方がよろしいかと存じます。」
フォーリは静かに説明を始めた。
「陛下は殿下の父君でいらっしゃいます。その上、父である前に国王なのです。王太子は国王に従うべきであり、国王としての権威をふるわれてしまっては、殿下も何もお出来にならなくなります。
さらに、殿下は許されても若様が許されるかどうかは、別の問題です。殿下の若様を思われるお気持ちがかえって、若様に不利益になることもあります。もしかしたら、そういうことを計算の上で、若様を害する者が動いていることもないとは言えません。」
かなり厳しいことをフォーリは言った。でも、シークが感じたとおり、この賢い王太子はきちんと受け止めることが出来ると思っているから、こんなことを言ったのだろう。そして、フォーリはきっと、何か情報を得たから、若様は残った方がいいと言っているはずだ。
軽く目を瞑ってため息をついた後、タルナスは口を開いた。
「…私がどう動くか予想した上で、何かことが起こる可能性があるということだな。確かに母上なら、その程度のことはありそうだ。」
フォーリがぼかしていた相手について、タルナスは明言した。シークは叔母のチャルナについて考えただけで、複雑な気持ちになる。まして母親なのだ。どれほどのものを抱えて、タルナスは両親と敵対しているのだろうか。
父のボルピス王は、内心ではそうではないとはいえ、表だっては敵対しているようにしか見えないのだ。息子には何も言っていないのだから、その心労たるやどれほどのものだろう。シークはまだ十八歳の少年を見つめた。それでも、王太子として毅然とした振る舞いを取っている。
タルナスはもう一度ため息をついてから、フォーリに歩み寄った。
「グイニスが心配するとおり、本当に怪我はないのか?」
「はい。ご心配をおかけします、殿下。」
フォーリの言葉にタルナスは頷いた。本当に十八歳とは思えないほどの威厳がある少年だ。きっと、その立場と従弟を助けるのだという覚悟が、彼を成長させているのだろう。
タルナスは若様に向き直った。
「お前を置いて出発しなければならないとなると、心苦しい。今回はお前を連れて行くつもりだった。一人、田舎に追いやられて。私は胸が痛い。お前を置いていくのなら、出発は明日にしよう。何も急ぐことはあるまい。」
どこか心配しているような、それでいてほっとしているような、複雑な表情を浮かべている若様にタルナスは言うと、若様の肩をぽん、と叩いた。
その時だった。何かの気配にフォーリがさっと若様とタルナスの前に立ち、鉄扇を抜くと同時に広げて舞を舞った。ポウトも鉄扇を抜いて構え、シークもタルナスの護衛のメイルスも、ほぼ同時に護衛の体勢を取った。
フォーリがパンパン、と矢を打ち払った。
「なんだ、襲撃を…!一体…。」
気色ばんだタルナスに、フォーリが落ち着いて口を開く。
「おそらく、最後の威嚇です。敵は何が何でも、殿下と若様が一緒に行かれるように仕向けたかったようです。その上、あわよくば私に怪我を負わせ、毒で死に目に遭わせたかったのかと。」
それを聞いて、タルナスの顔が一瞬強ばった。
「分かった。何か確証があるのだな。そう言われれば確かに、私とグイニスを共に行かせたがっているようにも思える。」
そう言って納得するや、すぐに指示を出した。
「ポウト、クフル。私は明日、ここを出発する。ベブフフ。話が二転三転して申し訳ないが、今、話したとおりだ。そのつもりで準備をしてくれ。
グイニス、そういう訳だから、お前と一緒にいられる時間はもう無いな。本当はずっと帰りの馬車の中で、お前といろいろな話をしたかったのだが。」
「従兄上、構いません。従兄上は私のために、こんな所まで来て下さったのです。それに、心配しないで下さい。フォーリもいるし、ヴァドサ隊長をはじめ親衛隊の兵士達とも仲良くなりました。顔見知りが増えたので、寂しくありません。」
若様は従兄を心配させまいと、懸命に寂しさを押し隠し、微笑みさえ浮かべてみせる。その健気な様子にシークは胸が痛んだ。
若様は従兄に会えると、それは喜んでいたのだから。一緒に居られる時間が短くなって、本当は泣きたいほど寂しいに決まっている。
それを分かっているのか、タルナスの方が泣きそうな笑みを浮かべて、従弟の頭を撫でた。
「行こうか。」
タルナスは静かに若様を促して、共に後一日しかいられなくなった屋敷の中に戻って行った。
星河語
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