王太子タルナス 1
シークは王太子タルナスに呼ばれていた。タルナスは従弟のグイニスの護衛にふさわしいかどうかを見定めるつもりらしい。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
シークはタルナスの部屋に呼ばれていた。今、王太子の前にひざまずき、頭を垂れている。
「面を上げよ、ヴァドサ・シーク。」
はっ、と静かに顔を上げる。茶色の髪に茶色の瞳をしている。母のカルーラ王妃の血を受け継いだだろうか。父王であるボルピスも茶色に見える髪色だが、赤毛ではあった。
夕陽のごとく朱色がかったような真っ赤な髪は、王家の血筋の象徴であるので、その髪色でないだけで、どれほどの陰口を言われているだろうか、とシークは王太子の境遇を思った。
若様が王家ゆかりの、その血筋を示すような髪色をしているので、口さがない者達がどれほどのことを言っているか分からなかった。
きっと、この髪の色もあって、余計に若様を推す者達がいるのだ。若様の気持ちを無視して、自分達の権力を得たいがために。中にはおそらく、それだけでなく本当に“正当な”血筋の若様に王位に就いて欲しいと願っている者もいるだろうが、果たしてそれだけだろうか。
それに、フォーリが一目置いている様子の王太子だ。かなり切れ者だろうから、そのせいもあって、家臣達は御しやすそうな若様に注目するのだろう。父のボルピスの頭のよさを見ても、息子もその血を継いでいるのだから、相当な切れ者のはずだ。
シークはタルナスに対しても、父のボルピスに対してと同じように敬意を示している。若様に対しても、本来ならこのように接しなくてはならない。だが、若様の状況から、こうすることはできなかった。そして、それを考えた時、どこかで弟のように接することができた機会を喜んでいる自分がいて、複雑な気持ちになり、自分で自分を戒めた。
「……ヴァドサ・シーク。今、何を考えていた?」
思わずドキッとした。いや、本当に切れ者だ。どこか考え事をしていれば、すぐに見抜かれる。若様にもドキッとさせられているが、この王太子様には余計そうなるような気がする。なんせ、王太子として使える権力が彼にはあるのだから。
なんと答えるか、シークは咄嗟に答えが見つからず、その結果、しばらく沈黙することになった。当然、タルナスは不機嫌そうにシークを見つめている。
「……ヴァドサ・シーク。答えよ。」
「申し訳ございません、王太子殿下。」
シークは深く片膝をついたまま、謝罪した。
「一体、何の謝罪だ?」
眉間に皺を寄せたタルナスが少し不思議そうな声になる。
「真に恐れながら、王太子殿下の御姿を拝見し、そのことについて考えておりました。」
シークは隠さずに素直に答えた。適当に言いつくろっても、そこからぼろが生じかえって良くないと思ったからだった。シークにはこの年若き王太子に対して、嘘をつき通す自信がなかった。
すると、ふん、とタルナスは鼻を鳴らした。
「どうせ、お前も私の髪色を見て、王家の血筋の色ではないから、玉座にふさわしくないと言うのだろう?“正当な”血筋を色濃く引くグイニスがふさわしいと。」
「恐れながら、殿下。私は髪色で玉座に座るべきかどうかを判断するべきではないと考えております。」
シークは頭を垂れたままだったが、タルナスがぎょっとしてシークの頭に視線を注ぐのを感じた。
「……では、お前はどう思っているのだ?」
「真に忌憚なく申し上げてよろしいのでしょうか?」
もし、この場にフォーリがいたら、やきもきしただろう。それほどタルナスはグイニスとは違い、権力を使いこなしている王子であり王太子だった。
「許す。話せ。」
「それでは申し上げます。玉座にどなたが座るべきかは、資質によって決めるべきことかと存じます。」
「……資質か。」
タルナスは少し考えている様子だ。
「お前に聞く。普通なら尻込みし、答えを誤魔化すようなことを聞くが、決して誤魔化さずに答えられるか?多くの者は、私には答え用のないことでございます、とか何とか言って、まともに答えないことだ。」
シークは少し緊張しながら、覚悟を決めていた。この親子、同じことを聞いてくる。父のボルピス王もしてきた質問だ。
(きっとこの後は、自分と若様のどちらが王位にふさわしいか聞くおつもりだな。)
「それでも、私はあえて聞く。そして、私はお前にはまっすぐ嘘をつかずに答えて欲しい。面を上げよ。さっき、許したはずだが。」
シークは、もう一度顔を上げてまだ十八歳の少年を見つめた。まだ、そのような若さだが、彼には威厳が漂っている。若様を助けるのだという、確固たる信念が彼を育てているのだろうと思えば、シークが口にしようとしている答えは、彼の信念に真っ向から反することになるので、言いづらかった。
「お前に聞く。答えられないなら黙してこの部屋から下がれ。そうでないなら、答えよ。言っておくが、お前の答えいかんによっては、その命を取るやもしれぬ。」
タルナスは精一杯、偉そうな態度を取ってシークを見つめている。今までの様子からして、その傲岸不遜な態度はわざとだと分かっているので、おかしくなるのを堪えて口を開いた。
「それでは申し上げます。」
すると、タルナスがぎょっとしたように、少し長椅子の上で座り直して、シークの方に体を傾けた。命をかけさせるので、もう少し考えがまとまるのに時間がかかると思ったのだろう。
「お前、分かっているのか?お前の答えようによっては命を取ると言ったのだぞ?」
「存じております。」
シークの即答にタルナスが、は?というような小声を漏らし、まじまじとシークを見つめた。
その後、タルナスは思わず傍らに立っているポウトや、己の護衛の親衛隊長のメイルスを見上げたりしている。王太子の仮面がこの瞬間は取れて、本当に困惑したような少年の素顔が少し垣間見えた。
星河語
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