王太子の来村 10
フォーリは、王太子タルナスにシークを売り込んでおいた。そして、パン事件の犯人を捉えるべく動き出す。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
「どういう仕事をさせた?」
タルナスが聞いてきた。
「…グイニスは使用人がほぼいない状態でここに来ている。お前達がしなくてはならない仕事も山ほどあるだろう。本来なら、大勢の使用人がいておかしくないのに、ベブフフが誰一人送らなかったと知って、後でかなり腹を立てた。
親衛隊が雑用に音を上げて仕事を放棄する可能性もあった。おそらく、ベブフフはそれを目論んでいたから、村人の保護を理由に馬でさえ与えないという暴挙に出た。」
その通りだった。普通は親衛隊に馬を与えないなどということはしない。それでも、シークは若様の食事には代えられないと、その条件を呑んだ。後で部下達に、なんでもっと強く出なかったのかと抗議されたらしい。自分達はもとより、若様を馬鹿にしていて許せないと。
「ほぼ全ての雑用です。」
フォーリは一つ一つ、説明をする。
「ヴァドサはいろんな仕事ができます。聞けば彼は家での立場が微妙で、子供の頃からなぜか父が彼にだけ厳しく、半分使用人のような扱いを受けて育ったようです。
そのため、掃除だろうが薪割りだろうが肥え汲みだろうが、文句を言わずにしてくれます。毒味役が死んだので、自分達で食料を調達していますが、村から鶏を買ったので、鶏小屋を一緒に作って欲しいと言ったら、部下達と作ってくれました。私が手を出さずとも良かったです。燻製小屋も掃除して雨漏りを直してくれました。」
タルナスが驚いて目を丸くし、紡ぐ言葉すら見つからずに、ぽかんとしている。明晰なタルナスにしては珍しい反応だった。だが、その驚きの後は面白そうに破顔した。
「ははは。これは、ベブフフも母上も計算外だっただろう。親衛隊が音を上げて、お前達に反旗を翻すことを目論んでいただろうに。実に痛快だな。それにしても、お前以外にこんなに仕事が出来る便利な男がいるとは思わなかった。」
タルナスのシークに対する評価が変わったので、内心でフォーリは安堵しながら強調した。
「私も想像外でした。ヴァドサ隊長は非常に便利です。ですから、殿下、彼が若様の護衛から外れることのないようにして頂きたく存じます。」
フォーリはできるだけ、若様がシークに懐いているということには触れずに、便利ということを強調した。その甲斐あってか、タルナスはそれで納得した様子だ。
「ところで…。」
タルナスが「ところで」と言いだしたので、心中では少しどきっとしたフォーリだったが、何食わぬ顔で話に耳を傾けた。
「その襲撃の時、親衛隊も何人か怪我をしたそうだな。」
「はい。ヴァドサ隊長でなければ、若様をお守りできなかったかもしれません。彼の機転で助かりました。」
フォーリの言葉を聞いて、タルナスは考え込んでいる。シークは免職されてもおかしくないのだ。実際の所、襲撃を防げなかったからだ。ただ、若様の状況が特殊だから、このように命がけの任務が続いているだけだが。
「グイニスはおそらく、任を解くと言ったら反対するだろうな?」
「はい。」
「分かった。私からも父上にヴァドサの任を解かないようにお伝えしよう。」
タルナスは一人何か考えている様子だったが、さらに口を開いた。
「後は犯人をあぶり出すことだな。」
「はい。」
フォーリは頷いた。確実に犯人を捕らえるため、今日のこの日まで待っていたのだ。人手が多い方が片づけやすい。特にニピ族の人手が必要だったのだ。なんせ、相手はニピ族の可能性があるのだから。
「ならば、敵を油断させるため、誰か適当な人物に犯人役として一度、捕まって貰おうか。その、パンを作ってきたグイニスの“友達”辺りがよさそうだ。」
さすが、タルナスは頭が切れる。将来的にこんなに切れる王がいたら、家臣達は辟易するかもしれない。本当に八大貴族は、彼が王でいいのだろうか。ふと、フォーリはそんなことを疑問に思った。
「…セリナですか。」
フォーリは心の中でそんなことを思いながら、口ではきちんと対応していた。
「うん。彼女の母親だと仕事に差し障りがあるし、警戒もされるだろう。王太子の私が捕らえるように命じた、ということにすれば、誰も疑わないはずだ。それにその彼女なら、グイニスも本人も必死になるだろうから信憑性が増す。」
タルナスの意見はもっともだ。
「フォーリ、お前はその犯人を捕らえろ。その間、ポウトが私と一緒にいるグイニスを護衛すればいい。今ほどニピ族がいる時もないしな。」
カートン家のニピ族も計算にいれれば、もっと増えるのだ。いざという時は、彼らにも手伝って貰う。今までの仲間達は、あまり“踊り”のニピ族に手伝って貰うことはしなかったが、フォーリはバムスのニピ族達と行動を共にしていたおかげで、あまりその意識はなくなっていた。同じニピ族なのだ。“舞”だ“踊り”だという区別をして反目している場合じゃないと思う。
実は案外、フォーリもシークに影響されてそんなことを考えるようになっていた。結構、ニピ族は頑固な所があるが、フォーリが掟に捕らわれなくなったのは、シークと一緒にいたからかもしれない。
いよいよ、犯人を捕らえる時が迫っていた。
星河語
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