王太子の来村 9
フォーリは、王太子タルナスと久しぶりに向かい合ったが、シークに対して不信感を持っている様子だったので、親衛隊を変えると言い出さないうちにシークの株を上げておくことにした。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
「…ランゲル、助かったぞ。さすがはカートン家。気づかれずに自然に眠ったな。」
タルナスは静かに隣室に出て来ると言った。フォーリは事前に聞いてなかったので、少し心中がざわついたが、若様のことを傷つけることをするはずがないと分かっているので、何も言わなかった。
もし、タルナス以外だったら、すぐに鉄扇を抜いただろう。そして、タルナスもフォーリに黙ってことを起こしたが、こうして事後承諾させているのだ。フォーリ相手でなかったら、タルナスも従弟に薬を盛ったことも言わなかったはずだ。
それを理解しているので、フォーリは少し溜飲が下がったような気持ちというか、落ち着いた。それに、タルナスと来ている医師は、次期宮廷師団長の呼び声が高い、ランゲル・カートンだ。ベリー医師の同期でもあり、友人でもあるので、若様を害するわけがなかった。
タルナスはゆっくりと長椅子に腰掛けると、静かにフォーリを見据えた。もう、次期王としての風格が備わっている。
いつもと同じ長椅子なのに、違って見えた。もしかして椅子ですら、座る人格によって態度を変えるのだろうか。若様が座っていると可愛らしい席に見えるのに、今日は威厳がある席に見えるから不思議だ。
「さて、フォーリ。何があったのか、説明して貰おう。」
フォーリは覚悟していたことなので、一つ一つ順に説明した。この屋敷での若様に対するベブフフ家の処遇についてや、来て早々、シェリアが寄越してくれた、毒味係兼若様の料理係の女性が亡くなったこと、また、それによって狩りをしたり釣りをして食料を確保していること。
そして、毒入りパン事件や襲撃事件、その後のベブフフの使者の件についても全て伝えた。
タルナスは淡々と話を聞いている。おそらく事前に情報を聞いて、調べてきているのだろう。彼ならばそれくらいはしている。
「…それで、誰が犯人なのか目星はついているのか?」
それについても、シークと話していた。フォーリは頷いて説明を続ける。
「はい。先日、様子を見ましたが、疑われているとは思っていないでしょう。殿下が来られるということで、準備にかこつけて呼び出し、ヴァドサ隊長に見張って貰いながら仕事をさせましたが、気づかれているとは思っていない様子です。ただ、油断はできません。」
タルナスはシークの名前が出た途端に、眉間に皺を寄せた。おそらく、第一印象が良くないのだろう。きっと、シークのことだから、発言が率直過ぎるとか、逆に緊張しすぎて何も言えず、愚鈍な人間に映ったかのどちらかだろう、とフォーリは予測を立てた。
しかし、タルナスにシークは親衛隊にふさわしくない、別の者をグイニスの護衛にせよ、などと言われたら大変困るので、フォーリは少しシークの株を上げておくことにした。
ちなみに、シークは若様が布団に入ってから間もなく、タルナスに部屋を追い出され、代わりにタルナスの親衛隊の隊長のメイルスが入ってきていた。『休息を取れ。』とタルナスがシークに命じたので、おそらくその通りに昼食を取りに行っているだろうし、部下にも同じようにさせているはずだ。
「…ヴァドサに?彼の仕事ぶりはどうだ?」
タルナスはシークに対して不信感を持っているようだ。それも仕方ないだろう。都でとんでもない噂を聞いたはずだ。いろんな話が飛び交っているだろうから。
「仕事も人柄も非常に真面目です。若様もヴァドサ隊長を信頼しています。私が側にいられなくても落ち着いていられるようになったのは、彼が護衛に来てからです。」
「グイニスが?お前がいなくても落ち着いていられると?」
タルナスがびっくりした声を上げた。「確かにヴァドサが来てくれてから、態度で急かされることがないので、安心できるということは言っていたが……。」と呟いている。
「はい。実を言えば、ここ来て間もなくの頃、お一人でお出かけなさってしまったのです。おそらく、ヴァドサ隊長に剣術を含めた護身術を習うようになり、自信がつかれたからでしょう。」
タルナスが目を瞠って驚いている。そうだろう。若様はかつて虐待を受けたせいで、極端に剣などを怖がっておられるから。とフォーリは心の中で頷いた。
「……お前ではなく?」
タルナスの言葉に、グイニスが剣術を習うならお前だろうと思っていた、という意味が含まれているから、フォーリは今まで押さえていた悔しさが急にこみ上げてきた。だが、この悔しさを当の本人であるシークにぶつけても、『ああ、すまないな。』と苦笑して流してしまうだけだ。
フォーリはタルナスの前で、自分の顔に悔しさが滲んでいるのを自覚しながら、頷いた。
「はい。私も以前から基本的なことはお伝え致しておりました。しかし、剣などは非常に怖がられておりました。それで、なかなか訓練は進まなかったのです。しかし、ご自分でヴァドサ隊長から剣術を習うと仰って、習われるようになりました。」
タルナスはフォーリの言葉に、軽く握った拳を顎に当てて考え込んでいる。
「……謁見した時、冴えも切れもある人物だとは思わなかった。私には凡庸で愚鈍な人物にうつった。」
フォーリが聞いても辛口な評価だ。しかし、タルナスはこれっぽっちも辛口だと思っていない。シークは決して愚鈍ではない。これはシークのことを売り込んでおかなければまずいことになりそうだ。
「殿下、確かにヴァドサ隊長は愚鈍に見えるほど愚直かもしれませんが、善良で正しく真面目です。噂とは正反対の真逆な人です。正義感も強く真っ直ぐで筋が通っていますし、優しく親切ですが優柔不断でもない。そんな人柄なので、若様もお心を開いたのです。」
すると、タルナスは目を見開きぼそっと一言、口にした。
「お前がそこまで評するとは珍しいものだな。」
その指摘を受けて、フォーリはやっぱりと思ったが、さらに口を開いた。
「…殿下。彼は出世にこだわっておらず、どんな仕事も文句を言いません。親衛隊の隊長なのです。他の人なら文句を言うことはいくらでもありますが、彼は一言も文句を言いません。」
フォーリの言葉を受けて、タルナスはフォーリを見つめながら考え込んでいる。親衛隊に配属されるということは、大変な名誉なことだ。それだけに特別意識が高くなり、その自負が傲慢にも繋がっている現実がある。だが、シークはそんな不遜な態度を取ることは一度もなかった。
十剣術はどこも古いが、ヴァドサ家はその中でも最古参に入る。それだけの名家であるのに、名家だと名前を使うこともなかった。
星河語
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