王太子の来村 3
昨日、投稿分の続きです。小説の流れがそのまま続きとなっていますので、ご注意下さい。初めてお読みの方は「なんじゃ、こりゃ?」という風になります。
王太子タルナスは、従弟のグイニスの護衛隊長であるヴァドサ・シークについて考えていた。やたらと懐いているという話を聞いていて、可愛い弟を奪われたような気がして内心は面白くない。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
その上、グイニスが懐いているという。それもタルナスを複雑な気持ちにさせた。幼い時、グイニスはタルナスにひっついてきて、とても可愛かったのだ。それが、他のよく知らない男にべったり懐いているという。
他の弟達よりも、グイニスの方が『弟』という感じが強かった。リイカもそうだ。姉だと思う。本当は従妹なのだが、そうは感じなかった。
フォーリにグイニスが懐いているのは許せた。本当なら、フォーリはタルナスの護衛だった。最初はそうだった。でも、グイニスの護衛が急遽必要になって、とりあえずタルナスはフォーリに無理を言って、グイニスの護衛になって貰った。ポウトは最初、グイニスの護衛のつもりで雇った。
でも、療養しているカートン家の秘密の施設で、フォーリとポウトが交代しに行った時、タルナスは見てしまった。フォーリに肩車されて、嬉しそうに声を上げてはしゃいで笑うグイニスの姿を。
その時に理解した。もう、フォーリとポウトを交代できないと。そして、なぜか悲しくなってしまって泣いてしまった。フォーリはタルナスは立派な王子だと言ってくれた。それがとても嬉しくて、心を軽くしてくれたのだ。グイニスから王太子の座を奪ったという心の重荷から。
そのフォーリが、自分の護衛には戻れないと分かった時、とても胸が苦しくて潰れそうに悲しかった。すると、隣にいたポウトが優しく慰めてくれた。そして、タルナスは優しい従兄だと言ってくれた。従弟のために護衛を譲ろうとしていると。だから、フォーリの代わりに自分が護衛をしてはダメかと聞いてくれた。
生涯で二人もニピ族が自分を主に選んでくれた。それが嬉しくて、何より悲しい心を理解してくれて、慰めてくれて、ただ、主従関係とか、そんなことに関係なく年上のお兄さんに甘えることができて、ほっとして嬉しかった。
その時、ポウトはタルナスがずっと頑張ってきたから泣いていいと言ってくれて、今ではポウトが自分の護衛で本当に良かったと心から思っている。
頭も良くて容姿も良く、舞の腕も一流のフォーリだが、きっとそんなにできる人が側にいたら、タルナスもそんなフォーリの主人であることに答えたいと、頑張りすぎただろうと思う。自分よりかっこいいお兄さんが護衛についてくれているのは分かっているから。
だから、少しおっとりしたポウトが護衛で本当に良かったのだ。
グイニスとフォーリとはそれ以来だ。それ以来会っていない。グイニスはどれくらい大きくなっただろうか。本当にグイニスは、話せるようになったのか。
父のボルピスが夏頃、本当に側近の侍従達とイゴン将軍以外に誰にも言わずに、行ってしまったことがあった。その時、帰ってきてから父は非常に上機嫌だった。
ヴァドサ・シークに会ってきたのは、分かっていた。そして、上機嫌なのは、グイニスを任せている親衛隊が特に、隊長が父の眼鏡にかなう器だったとからだと分かった。そして、上機嫌なくせに父は言ったのだ。
「ヴァドサ・シークに鞭打ちの刑を与えた。」
と。聞いた当初は耳を疑った。親衛隊の隊長を鞭打つなど、聞いたことがない。それほど前代未聞の事件だ。だが、こんなことを平然とやってしまうのが、父ボルピスなのだ。
「……素直に従ったのでしょうか。そのような罪を犯したのですか?」
すると、ボルピスはふと真面目な顔つきになり、苦笑したような表情になった。
「グイニスがやたらとヴァドサ・シークに懐いており、抱っこをせがんでおった。胸に抱きついてめそめそ泣いておったわ。」
タルナスはびっくりしてボルピスを見つめた。だが、父はこういうことで嘘を言うような人物ではない。その辺は確かである。人と話すのがやっとだったはずだ。知らない人と話すなんてできるはずがない。タルナスは信じられなかった。
「そして、ヴァドサ・シークは優しく抱き止めてあやしておった。幼子をあやすようにな。だから、鞭打った。」
ボルピスの目が鋭くなった。思わずタルナスはごくりと唾を飲み、緊張して拳を握った。王者の持つ威厳と剣で切られてしまうかのような錯覚に陥りそうな鋭さの目。
知らない者が聞けば、叔父の自分ではなく親衛隊の隊長に甘えているから、嫉妬で鞭打ったと思うだろう。もしくは嫌がらせで鞭打ったと思うかもしれない。傷ついている子に優しくして、何がいけないのかと思うだろう。
もし、グイニスが平民の子供や下級貴族の子供であるなら、何もなかっただろう。しかし、グイニスは平民でもなければ、下級貴族の子供でもなかった。王位継承権の高い王族である。
そのグイニスが、親衛隊の隊長と…しかも、ヴァドサ家である、親衛隊の隊長と親子のように親密だという事実が明るみに出れば、どんなことが起きるか分からなかった。
タルナスはグイニスに玉座を返すつもりでいるが、その取り巻き達を信用しているわけではない。グイニスを祭り上げようとしている連中がその話を聞いたら、一気にヴァドサ家を取り込みにかかるだろう。親衛隊の隊長も取り込むに違いない。
本人達の意志とは無関係に、グイニスの王座奪還のための動きが加速し、内戦に発展してしまう可能性がある。
タルナスはまだ若輩だが、それくらいのことは分かっていた。
そして、それらの動きを封じるために、躊躇なくグイニスの親衛隊の隊長を鞭打つという、その判断を実行したボルピスという父でありながら、王に、タルナスは内心で舌を巻いた。自分に果たしてそれくらいの判断力があるだろうか、とタルナスは自問する。
とにかく、その親衛隊の隊長である、ヴァドサ・シークには、きちんと話をしなければならない。そして、本当にグイニスが報告の通りに元気になっているのか、この目で確かめなければならない。
かわいい弟を取られたような気分になって、多少タルナスは不機嫌だった。フォーリなら許せるが、ヴァドサ・シークはまだ許せなかった。
そんなことを考えていると、斜面を登っていた馬車が止まった。門をくぐり平らになった道を走る。屋敷に到着したのだ。本当に辺鄙な田舎にどでん、と大きくて立派な屋敷が建っている。ここだけ、ヒーズの街であるかのようで不自然だった。
「到着致しました。」
御者の声でタルナスは王太子の顔を作った。よし、と深呼吸をして馬車を降りた。
星河語
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