第一皇子
扉を開けると、カランとベルの音が鳴った。
「へい、らっしゃい!」
勢いのいい声と共に、店主のオヤジが出迎える。
「久しぶりだな、オヤジ」
店に入ってまず目につくのは、オヤジの頭だ。
40代にして、髪の毛の一本も生えていない不毛の地状態の頭部は、光を反射してピカピカと輝いている。
そのせいで、見る気が無くても、自然と目が行ってしまうのは無条件反射に他ならない。
本人は遺伝だと言っているが、60代の父親の頭は未だにふさふさ。
もちろんカツラでは無く地毛だ。
祖父からの遺伝だと言うオヤジの言い分を信じてやりたい気持ちはあるが、その祖父が50代の頃のふっさふっさな髪の描かれた肖像画が店内に飾られているため、真に信じることはできないでいる。
一縷の望みがあるとすれば、肖像画の毛量は絵師によって盛られたもので、実際の祖父は剥げていたかもしれないということのみだ。
「おお、勇者か。元気してたか?」
オヤジのいつもどおりのお出迎えに、俺はほっと胸をなでおろす。
俺をまだ勇者と呼んでくれる人はあまりいない。
元勇者だと後ろ指を指す連中ばかりで、宴以降は、人と会うのが面倒だと感じていた。
そんな中、以前と変わらず勇者と呼んでくれるオヤジの存在に、俺の胸は熱くなる。
「見ての通り変わりない」
オヤジとの付き合いは、俺が冒険者になったばかりの頃からあり、初めて剣を買ったのがオヤジの店だった。
それまでは、拳とか木の棒とかで魔物の相手をしていたからか、しょっちゅう怪我をしていたが、剣を使うようになって、怪我をする割合が減ったんだよな。
「お前の取り得は、無駄に頑丈なところだけだもんなぁ」
「だけとはなんだ、他にもいろいろあるだろ」
無駄には省いて、丈夫は誉め言葉として有難く受け取るが、だけってことはないだろう。
「例えばなんだ?」
「強い」
魔王を倒したんだし、強いと自負してもいいだろ。
「そりゃ、頑丈だからだろ」
頑丈=強いなのか……。
つまり、頑丈ということは、ダメージを受けない。
ダメージを受けないと追うことは、負けない。
負けないってことは、常に勝てる。
常に勝てると言うことは、強い。
確かに、その法則は間違ってないな。
それなら、違う方向で考えてみるか。
「料理が上手い」
俺は料理が上手いと褒められたことが多々ある。
これは、取り得になるだろう。
「人並みにな」
人並みだとダメなのか?
確かに、シェフになれる程の腕前はないが……。
となれば、残るはあれしかないだろう。
「まあまあいい男だ」
自分で言うのもなんだが、俺は尽くすタイプだ。
女に尽くすのが良い男だと、姉さんがよく言っていた。
掃除も洗濯も料理も何でもする。
だから多少不愛想でも、まあまあいい男だと言えるだろ?
「その割には女が寄ってこねえなぁ」
……ニヤニヤするなよ、オヤジ。
俺だって自分でいい男なんて言うやつは、良い男じゃないなんてことは分かっている。
だが、少しくらい乗ってくれたっていいじゃないか。
俺にも夢を見させてくれよ。
「お前は仲間思いだ。それは誇れることだぜ」
不意打ちで、そんなこと言ってくるなんて……いい男だな。
「ありがとな、オヤジ」
互いを、強いまなざしで見つめ合う俺とオヤジ。
その眼差しに負けない輝きを放つオヤジの頭部が、まるで後光の差した仏のそれに見える。
「お前皇子の世話係に任命されたんだってな。大したもんじゃねえか」
眩しさに目を閉じていたら、いつの間にかオヤジは通常通りに戻っていた。
俺も素早く気持ちを切り替える。
「任命というより、押し付けられたようなものだったけどな」
皇子の世話を任されたとなれば、普通は皇帝からの信頼が厚いんだと、大役を任された喜びに打ち震えるものだが、今回はそうじゃない。
命を受けた時に感じたが、末子の第四皇子は皇帝からぞんざいに扱われているようだった。
それと、初めに言い渡された時の、名誉を挽回したければという言い方も、皇子というよりは俺の元勇者認定の方に重点を置いている様な気がした。
「にしても、皇子を押し付けられるっては凄いことだぞ。俺らみてぇな下町のもんは、話しかけることも許されねぇお方だからな」
「確かに、第一皇子に話しかけたら首が飛びそうだな」
公式の場以外で王族に話しかけることは禁じられている。
そして、庶民が公式の場に行くことなどまずない。
会うとしたら、プライベートか視察で町に来ている時だろう。
その時に間違って話しかけようものなら。
しかも、それが運悪く冷徹無比と名高い第一皇子ならば、間違いなくその場で打ち首だ。
「ああ。俺も第一皇子がこの町を視察に来た時に一度だけ見たことがあるんだけどよ、圧が凄すぎて顔が上げられなかった」
「さすがに、目が合ったぐらいで殺されはしないだろう。俺も城で何度か会ったことがあるが、その時は軽く会釈してすれ違ってたぞ。今こうして生きてるってことは、それぐらいなら問題ないってことだ。まあ、睨まれはしたけどな」
「お前よく生きてるな……。次会ったら最敬礼でお出迎えしろよ」
別にそこまではしなくていいと思うけどな。
何なら次会ったら挨拶ぐらいしてみるか。
もし斬られそうになっても避ければいいし、追いかけられたら、皇帝に泣きつけば何とかなるだろう。
そんなことを考えていたら、オヤジに本気で心配そうな顔をされたので、俺はとりあえず頷いておいた。
「なんの話をしているんですか?」
俺とオヤジのやり取りに興味を持ったのか、皇子が近づいてきた。
皇子に対して、オヤジはらしくもなく、かしこまった挨拶をする。
「これは皇子様。このような小さな店にお越しいただき、ありがとうございます」
皇子も負けず劣らずの、皇族らしくない態度でオヤジに接する。
「顔を上げてください。私にそこまで礼を尽くす必要ありません。私は王族でも末席の第四皇子です。城内でも、私を皇族として扱う者はあまりおりません。どうか、普段道理の対応でお願いします」
「……はい。皇子がそうおっしゃるのでしたら、お言葉通りにいたします」
「ありがとうございます。それで、先ほどはどういった話を」
「えー、勇者!皇子がさっきの話を聞きたがっているぞ」
オヤジ、面倒だからって俺に丸投げしたな?
目が合えば、オヤジは分かりやすく口笛を吹く真似をする。
音も出せないくせに。
しかし、どうしたもんか。皇族に向かって、皇族の愚痴まがいなことを話していましたなんて、正直に言う訳にはいかないしな……。
よし、適当に誤魔化すか。
「第一皇子の話です。皇子として威厳があり、次代の皇帝はあの方以外にあり得ない。そう言った話をしておりました」
全てが嘘だと怪しまれると判断し、第一皇子のいい話をすることにした。
第一皇子は現在、最も皇帝に近い立場にある人物だ。
現皇帝の嫡子であることもそうなのだが、自ら騎士団を率いて戦に行くほどの武闘派でありながら、政治にも強いことが、第一皇子の次期皇帝への基盤を盤石のものとしている。
が、それでも反対派はいる。
俺とオヤジが話していたように、第一皇子は威圧感が凄い。
敬意よりも恐怖心の方を強く感じている人々の間で、第一皇子が皇帝になったら独裁政治が始まるかもしれないと噂されているのだ。
「あなたは、第一皇子をどう思いますか」
これは尋問か? 答えによっては投獄もありえるかもしれないぞ。慎重に答えなくてはな。
「帝国を背負える強い方だと思います。政治の面でも武力の面でも、他の皇子より優れていますよね」
「第一皇子は国を任せるに足り得ると?」
「私に意見することができる話ではないと思いますが……、次期皇帝は第一皇子だと、多くの国民は思っています」
「もし第一皇子があなたを傍に置きたいと言ったらどうしますか」
「もちろんお断りします」
あ、咄嗟に本音を漏らしてしまった……。
でも、いきなり第一皇子の側近とか言われたら、拒否するに決まってるだろ。
「……どうしてですか?」
皇子は目を伏せ、怒っているような、悲しんでいるような、少し震えた声で理由を聞いて来た。
どうしてって言われてもなぁ。
「私は第一皇子には嫌われているので、近寄りたくないんです」
俺は初めて会った時から、第一皇子に嫌われていた。
理由は分からないが、俺への態度があからさまに周囲とは違った。
目が合えば睨まれるし、近づけば避けられる。
大規模魔物討伐作戦で騎士団と冒険者が共に戦った時も、俺が意見したことはすべて無視された。
他の騎士や冒険者が言うことには、ちゃんと耳を貸すあたり、俺だけに酷い態度をとっているのは明らかだった。
「そんなこと――」
「それに、今は皇子のことを任されていますし、途中で放り出したりはできません。俺が皇子を必ず一人前にして見せますのでご安心を」
俺は普段より早口で話し切り、会話を無理やり終了させる。
これ以上話を続けたら、またうっかり本音を言ってしまいそうだ。
今度は一発アウトの、第一皇子の愚痴をな。
「お願いしますね、勇者」
皇子は柔らかな笑みを浮かべ、それ以上は聞いてこなかった。
皇子は優しい。
皇族なら命令でもして無理やり吐かせればいいのに、そうしない。
そこまでして気になることでもないのか、命令するのが嫌なのか。
皇子の表情から察するに、後者だろう。
その優しさに今回俺は救われたわけだが、毎回こうだと思うと心配になる。
城内で立場が弱いのも、今のように過ごしてきたからに違いない。
皇子にはもう少し、自分の立場を理解してもらわなければならないな。
その為にはまず、強くなって自信をつけることから始めるか。
反抗してきた奴らを、力でねじ伏せられるようになれば、もう立派な一人前だ。
一人前になった皇子が、城内の奴らを粛清し、誰もが皇子に跪く。
今から楽しみだ。
俺は城のある方角を見据え、ニヤリと笑った。




