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銀の森


 銀の森。

 隣町の南東にあるこの森は、古くからそう呼ばれている。

 誰が言い始めたのか、この森には銀色の狼が住んでいるらしい。


 白銀の毛皮と美しき肢体を持つ、森の王……。


 銀狼が住んでいるから銀の森、名前の由来としては申し分のない話だ。

 だが、実際に銀狼を見たという人は誰もいないため、信憑性には欠けるけどな。


 「銀の森、久しぶりだな~」

 「確か、銀狼の伝説がある森ですよね」


 ぐーと伸びをしながら森を仰ぎ見る魔導士と、その横を上機嫌で歩く皇子。

 俺は二人の後ろをゆっくりと着いて行く。


 今日は良く晴れていて、森の中の空気も良い。

 深く息を吸えば、緑のいい香りが胸いっぱいに広がった。


 しかし、これが雨の日だと、そうもいかない。

 霧や滴の水気で空気が重たくなり、同時に気分も落ち込む。


 ここへ来る途中の青空を見ても思ったが、本当に今日はいい天気だ。


 「美しき銀の狼が森を守っている。邪悪は森に立ち入ることを許されず、立ち入れば銀狼の怒りに触れるだろう。でしたっけ?」

 「はい。この銀の森には弱い魔物しかいません。それは、銀狼が邪悪を近づけないようにしているからだと言われています。また、森の中がこんなにも明るいのも、銀狼の恩恵だと言われていますね」


 皇子の言うように、銀の森は天気が良ければ枝葉の間から差す光で、日中は森全体が明るい。

 そう深くない森なので迷うことも無く、おまけに出て来る魔物もF級からE級までと弱い魔物だけ。


 これが銀狼のおかげなのかは分からないが、初めての依頼を受けるのには打って付けの場所だ。


 「銀狼様様ですねー」


 魔導士も銀狼のことはお伽噺だと思っていた筈だが、こういう時だけ調子の良いことだ。


 さてと。

 いつまでも平坦な道沿いをだらだらと歩いている訳にはいかないな。

 そろそろ目的を決めて行動しないと、依頼を達成する前に日が暮れてしまう。


 今日受けた依頼は、薬草採取にラビットの討伐、それとキノコ狩りの三つだ。

 この中なら、まずは簡単な薬草採取から片付けるのがいいだろう。


 「皇子、最初は薬草採取をしましょう。採取は明るい内に行うのが鉄則です。日が暮れれば見つけにくくなりますから」

 「わかりました、そうしましょう」


 皇子に了承を得て先頭に立ち、俺は薬草のありそうな場所へと向かって歩き始めた。

 俺の後ろには皇子が着き、その後ろに魔導士が並ぶ。


 ここまでの道のりは普段から人通りの多い場所せいか、踏み慣らされ茶色い地面が見えている様なところを歩いて来たが、こういった場所には薬草は生えない。

 薬草は、人通りの少ない水辺の近くに多く自生しているのだ。


 「ここから横へ入ります」


 俺は、肩越しの振り返り皇子に声をかけた。


 「勇者について行きます」


 皇子が返事と共に頷いたのを確認し、俺は視線を横の茂みへと向ける。

 人が通った気配もなく、手付かずのままの乱雑に伸びた草木が、侵入者を拒んでいるかのようだ。


 小さい皇子には少し大変な道のりになるかもしれないが、薬草を得るためには仕方がない。

 皇子がしっかり着いてこれるように、できるだけのサポートをしよう。


 俺は決意を固め、道なき道へと分け入った。


 高く伸びた草は強めに踏みしめ、行く手を阻む小枝は残さず折り、絡みつく蔦は引き千切って進む。

 時より後ろを歩く皇子の様子を確認し、皇子の歩く速度に合わせながら、森の奥へと入って行く。


 そうしてしばらく進んだところで、ようやく目的の水辺へと到着し足を止めた。

 草木の間を流れる水の水面に、光が反射しキラキラと輝く様に涼しさを感じる。


 目を細め、水の流れる音を聞いていると、後ろからやって来た皇子が俺の横へと並んだ。

 皇子は水に靴が濡れないように石の上に立ち、左右に首を振り辺りを見渡す。


 「これは沢でしょうか」


 皇子の予想通り、これは沢だ。


 銀の森には、森を横断するような川は流れていない。

 森の外周を一周しても、川の始まりも終わりも見つけることはできないだろう。

 目の前の流水は森で生まれ森の中だけを流れている、湧き水でできた沢なのだ。


 「湧き水でできたもののようです」


 城育ちの皇子には、初めての光景だったのだろう。

 顔を近づけ除き込んだり、手を水に浸けたりと興味深々だ。


 皇子が沢で遊んでいる間に、薬草の採取をしよう。


 俺は一旦沢から離れ、辺りに生える植物を大雑把に見回す。

 いい場所を探し当てたようだ。

 ざっと見ただけで結構な量の薬草があるのが分かる。


 しゃがみ込み、近くにあるものから準中に採取をしていく。


 これはマタビ草だな。

 こっちはキオウ草。

 ここの薬草は種類も豊富だな。


 一言に薬草と言っても種類は様々。


 麻痺に効く、マタビ草。

 火傷に効く、カシブキの実。

 毒に効く、キオウ草。流血に効く、チヤ草。


 需要があるのは主にこの四つだ。


 今回の依頼では種類の指定が無いため、どれを採取しても量を満たせば依頼達成になる。


 せっかく多種類揃っているんだ、平等に摘んで帰ろう。

 俺は四種類の薬草を同量摘み、持ってきた袋がいっぱいになったところで、採取を終わりにした。


 「勇者は、薬草がある場所を知っていたんですか?」


 沢遊びにはもう満足したのか、沢から離れ草を摘んでいた皇子が、手にしていた草を俺に渡してきた。


 どっからどう見ても、ただの雑草だよな……。

 これを俺にどうしろと?


 「ここにはよく来てましたので」


 俺は渡された草を、とりあえず沢に撒いて、薬草を詰めた袋を腰に括る。

 水が跳ねる音が聞こえ沢を見ると、撒いた草を餌と勘違いした魚が、水面に浮く草を食んでいるのが見えた。


 「あ……。そ、そうなんですね」


 皇子は一言そう言うと、沢に浮かぶ草を見つめ、そのまま話さなくなった。

 流れる水のせせらぎと、虫や動物の鳴く声。それと時々聞こえる鳥の羽ばたきが、やけに大きく聞こえる。

 何か話しかけた方がいいのか?

 何となくそう思った矢先、魔導士が皇子の横でしゃがみ込み、薬草を摘み始めた。


 「こいつは昔から、趣味かって言うくらい薬草採取をしてたからです。だから薬草に詳しいんですよ」


 皇子も魔導士と同じように膝を折りしゃがみ込むと、魔導士の手元の動きを見ながら、その話しに耳を傾ける。

 魔導士は薬草を摘みながら、これはマタビ草で、これはキオウ草です、と皇子に教えていた。


 「皇子はこれから知ることになると思いますけど、薬草採取の報酬ってかなりしょっぱいですよ。A級の奴が受ける様な依頼じゃないです。実際、勇者以外に受けるヤツなんていませんでしたし。面倒な薬草採取をするくらいなら、魔物一体倒した方が何倍もの報酬が貰えますからね」


 確かに、薬草採取の依頼における報酬は少ない。

 森の奥地に生える薬草を探す手間を考えれば、労働力と報酬が釣り合わないというのはもっともな意見だ。

 それなら、居場所が分かっている魔物を討伐しに行った方が、報酬も多いし楽だ。


 「勇者はどうして依頼を受けるのでしょうか」

 「さあ?本人に聞いてみてはどうですか?」


 とぼけた調子の魔導士が俺の方を見ると、つられて皇子も俺の方を見た。


 どうしても何も、格好の良い理由でもあれば場を沸かせることができたかもしれないが、残念ながらそんなものは無い。


 「ただ依頼を受けていただけです。どの依頼でもついでにできることなので」


 見栄を張って嘘をついても仕方がない。

 俺は思っていたことをそのまま答えた。


 魔物の討伐にいく際についでに受けておけば、後は道中の山や森で薬草を取るだけで、何ら面倒でもないからな。


 「勇者は凄いです」

 「薬草採取なんて、誰にでもできる仕事ですよ」

 「でも、誰もがやる仕事ではないんですよね?勇者が依頼を受け、そのおかげで助かった人が大勢いるはずです。そのことに、もっと誇りを持ってください」


 薬草採取に誇りを持てと言われたのは初めてだ。


 皇子は人を褒めるのが得意なのか、事あるごとに俺を持ち上げる。

 何の取り得も無い元勇者の俺に、気を使ってくれているのか。

 それとも勇者だった頃の俺を認めてくれているのか。


 どちらにせよ、皇族に持ち上げられて喜んでいるようでは、世話係としての立場が危うい。

 本当なら俺の方が、皇子を褒め称えなければならないのにな。


 「ありがとうございます」


 俺は笑みを浮かべ、皇子にお礼を言った。

 そして心の内で、密かに闘志を燃やす。


 次は俺が皇子を褒める。

 どんな小さいことでも、褒めて、褒めて、褒めちぎる。

 皇子の凄い所をたくさん知っていることが俺の誇りだと、そう言えるぐらいになってやる。


 拳を固く握り、俺はそう決意した。


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