ギルドへ2
重たい空気をかき消すように、後ろにいた魔導士が俺と皇子の間を横切った。
カウンター越しに受付嬢の左側に立つと、カウンターに背を預け後ろ手に両肘をつき、俺と皇子と向かい合わせになる。
「さてと。カードももらったことだし、そろそろお仕事しようぜ。お、し、ご、と」
仕事嫌いの魔導士が、早く依頼を受けろと急かすのは珍しい。
空気を読み、気を使ってくれたのだろうか。
人をからかって遊ぶことが多い魔導士だが、時々見せる優しさに助けられたことは、一度や二度ではない。
軽薄そうに見えるが人の気持ちに敏感で、泣いている女子供を慰めるのが得意なのだ。
「魔導士さんには此方のA級依頼を受けて頂きたいのですが、どうでしょうか?」
背を向ける魔導士の手の横に、受付嬢がA級の判が押された依頼書を滑らせる。
魔導士はそれを摘まみ上げ一瞥してから、カウンターの上に戻した。
「ん~、今日は無理かな。二人のお守しないといけないし、このぐらいなら俺がやらなくてもいいよね?」
俺は遠目から、机に置かれた依頼書の内容を確認してみる。
A級依頼、緊急、西の古城のゴースト討伐。
ふむ。ゴーストはD級の魔物で、依頼に出すのであればD級かC級で十分だ。
それがA級依頼になっているのには、何か理由があるのかもしれないな。
単に数が多すぎるのか、あるいは通常より強い個体なのか……。
そうだ、確か西の古城の割と近い位置に村があった筈だ。
早めに依頼を処理しなければ、その村に被害が出るかもしれないな。
A級の依頼を受けるには、Aランク以上のギルド員が必要になるが、A級のギルド員の数は決して多くない。
魔導士は俺たちに付き合わせるよりも、そっちに行ってもらった方が良さそうだな。
「魔導士はその依頼を受けてくれ。皇子のことは心配しなくていい」
俺はカウンターに置かれた依頼書を取り、魔導士に渡す。
皇子のことは俺に任せて行ってこいと、背中を押すつもりで肩を叩いてやった。
が、魔導士は依頼書を受け取らずに、不満気な目で俺を睨んでいる。
その意味が分からず、俺は無言で魔導士を見返すことしかできない。
「魔導士さん、ご存じの通りA級の方はそんなに多くないです。お願いできませんか?」
なかなか依頼を受けようとしない魔導士の様子に、受付嬢がダメ押しで一言声をかけたところで、やっと魔導士は依頼書を受け取った。
魔導士は再度それを読み、しばらくして顔を上げた。
「もしも皇子に何か起こったとして、お前一人で責任とれるのか?」
魔導士の目は、受け取った依頼書ではなく俺を見ている。
その視線はいつになく険しい。
「何かとは何だ?初級の仕事しか受ける予定はないし、そもそも俺と皇子はそれしか受けられない」
仮にも元A級の俺だ。
F級の依頼で連れ一人守れないなんてことは、さすがに無いだろう。
魔導士は何をそんなに心配しているんだ?
相手が皇子だから過保護になっているだろうか。
だとしても、これからのことを考えれば、少しくらいの危険は覚悟するべきだろう。
例え皇子であっても、この世界はあらゆる面で安全とは言えないのだからな。
「低級依頼だからって危険じゃないとは限らないだろ?心配事なんて探せば山ほどあるんだぞ」
まだ何か不安があると言うのか。
あの言い方からして、依頼そのものに対しての心配ではなさそうだな。
それなら……。
「賊か?その程度なら俺一人で十分だろ」
「賊ねぇ。それぐらいだったら俺だって一人でやれるしー」
魔導士は何がしたいんだ?。
親切心で危険を教えてくれているのか、ただ単に不安を煽っているだけなのか。
どちらにしても最後の返答はおかしいぞ。
魔導士の考えが全く読めない。
「魔導士、言いたいことがあるならハッキリ言え」
俺のその言葉に、魔導士は持っていた依頼書をカウンターに叩きつけた。
「勇者。俺とお前の仲は、何でも言葉にしないと伝わらない、その程度のものだったのか?」
魔導士は、チラリとカウンターにある依頼書に視線を移し、すぐにまた俺へと視線を戻した。
魔導士の潤んだ瞳は、何かを懇願しているのだと感じた。
何を求めている? 同伴か?
しかしA級の依頼に同伴するには、Bランク以上でないと無理だ。
今の俺はFランク。
当分はAランクの依頼には参加できない。
それは魔導士も分かっているはずだから、他に何か……。
あ、思い出した。
すっかり忘れていたが、魔導士はアンデッド系が苦手だったな。
ゴーストのように実体が薄い相手は特にだ。
昔、好き嫌いばかり言って食べ物を粗末にしていた魔導士は、ばあさんに「食べられなくて死んでいった者達の気持ちを知りなさい」と言われ、三日間森の古い屋敷に閉じ込められた過去がある。
その屋敷は村で幽霊屋敷と噂されていて、屋敷の周辺だけ昼も妙に薄暗く、時々呻き声が聞こえるとも言われていた。
その屋敷に三日間、一人で閉じ込められた魔導士に何があったのか。
聞いても話すのも怖いのか答えなかったがその日から数年間、幽霊という単語を聞くだけで顔色が悪くなるようになったのを、今思い出した。
つまり、魔導士が必死に俺たちに同行しようとしているのは、皇子の身を案じてではなく、ゴーストから逃げたいからか。
しかし、十年以上たった今でも幽霊へのトラウマは消えていないのか。
アンデット系の魔物は剣などの物理攻撃よりも、魔法攻撃の方が有効だ。
魔導士ならゴーストぐらい、瞬きほどの速さで討伐できるだろうに。
何を恐れる必要があるというのだか。
でもまあ、十年来のトラウマであるゴーストの討伐に、一人で送り出すのも可愛そうだな……。
魔導士のあの必死さは、本当に嫌だからだろうし。
友として、ここは助けてやるか。
「わかった。そんなに心配なら魔導士もついてこい」
俺の一言に、魔導士は安堵の表情を浮かべ笑顔を作った。
「ようやく分かってくれたか……」
「すまん」
「いいや。ありがとな」
久しぶりに見る魔導士の素直な笑顔に懐かしさを感じていると、今度はその背後にいる受付嬢が機嫌悪そうに俺を睨んでいることに気がつく。
「勇者さん、私を裏切るんですか?」
隠す気も無く怒りを露わにする受付嬢の声は、いつもより低めだ。
「すまない。魔導士も皇子を任されている人間の一人なんだ。初級の依頼で問題は起きないと思うが、初めてということも考慮して、安全第一でいこうと思う」
魔導士のトラウマを悟られないようにしつつ、受付嬢の納得する答えを出すのは大変そうだが、やるしかない。
むくれる受付嬢に、どうにか諦めてもらえる言い訳は無いものか。
思いつく限り言ってみるしかないな。
「代わりに他のAランクの奴を捕まえて来よう」
その場しのぎの言い訳だが、数日後には依頼が達成できる提案だ。
果たして、受付嬢が乗ってくれるかどうか。
「本当ですか!?」
これは好感触。
もう一押しすればいけるか。
「皇子のこともある、一週間は掛かると思ってくれ。それまでに必ず連れて来る」
「一週間でも早いくらいですよ。Aランクの人たちってなかなか帰って来ませんし、依頼も興味なければ受けてくれないですから。勇者さんの紹介なら、確実ですもんね」
受付嬢も納得してくれたようだし、後は一週間以内にAランクの奴に依頼を任せれば、問題解決だ。奴ら探すのは魔導士にも協力してもらおうか。
「では皇子様と勇者さんにピッタリなお仕事、ご案内しますね。初めてのお仕事には、此方がおすすめですよ」
すっかり機嫌がよくなった受付嬢は、軽やかな足取りでバックヤードへ行き、依頼書を三枚持ってきた。
「どれにしますか?全部受けて頂いてもいいんですよ」
俺はカウンターに並べられた依頼書を確認する。
三枚ともFランクの依頼か。グレードはブロンズからで、本当に初心者向けだな。
右から薬草採取、ラビットの討伐、キノコ狩りか。全部この近くの森で達成できそうだな。
「全部受けよう」
「ありがとうございます。では、手続きをしますねっ……と。はい、お仕事の受理が完了しました。それではお三方、気を付けて行ってらっしゃいませ」
受付嬢にお決まりの台詞で見送られ、俺たちは森へと向かった。