大規模魔物討伐作戦【第一皇子SIDE】上
私が初めて勇者に会ったのは、騎士と実力のある冒険者とで共同で行った、大規模魔物討伐作戦だった。
勇者の第一印象は、規格外な野蛮人。
勇者は、攻撃力、速さ、体力、魔力、そのすべてが他よりも圧倒的に高かった。
騎士100人で狩った魔物の数と同等数の魔物を、勇者は一人で狩ることができる。
それによる弊害か、勇者の考える作戦は、とても実行できるものではなかった。
一日目の夜。本作戦初の作戦会議で、勇者は早くも常人には不可能な提案を出してきた。
「全員が一塊になって魔物を狩るのは効率が悪いだろう。4人一組で散らばった方が発見率が上がる」
確かに勇者の言う通り、少人数に別れ広範囲に掛けて探索した方が発見率は上がるだろう。
しかし、魔物を討伐できる確率が格段に下がってしまうことは、考えるまでも無く分かることだ。
ここが王都にほど近い森であれば、魔物が弱くその作戦は有効だが、ここは遠く離れた未開の地。
どのような魔物がいるかも変わらない状況で、少数での散開は無謀だ。
勇者にはできても、他の者に同じことは到底できない。
私は考えをまとめ、反対意見を言おうとした――が、勇者の隣にいた魔導士が口を開く。
「おい勇者、それは無謀だろ。お前なら一人でもの森の向こうまで行けるかもしれないけどな、普通の人間には無理なんだよ」
「お前だって行けるだろ」
「馬鹿言うなよ!そんなに魔力が持つわけないだろ?お前は魔力切れても、拳でいけるだろうけどさぁ。俺は魔力切れたら終わりなの」
「魔法薬飲めばいいだろ」
「おい勇者。お前あれの不味さ知らないだろ?よし、今から飲ませてやる!こっちに来い!!」
勇者と魔導士は作戦会議中に許可も無く去っていったが、会話の内容が理解できるところに無いため止める気にもなれず、そのまま会議を続けた。
拳で魔物を倒せるというのは、本当尚だろうか?
この日は特に新しい案は出ず、明日も今日同様に魔物を狩ることにした。
二日目も一日目と同数の魔物を狩ることができた。
大小全部で40体程か。
数としてはまあまあだが、小者が多い。
大きくても中型だ。
大規模作戦と称しているのだから、この森の主を仕留めてから帰りたいものだな。
本作戦の遠征期間は七日。
二日目が終わりあと五日か。
私たちはまだ、この森の全体の一割も進んではいないだろう。
時間が足りない。
一人考えている内に、会議の時間になった。
騎士に呼ばれ、会議の輪に加わる。
「意見のあるものは述べよ」
私が聞き、最初に意見を出したのは、またしても勇者だった。
「魔物予呼びの笛を吹けばいい。いちいち魔物を探さなくても、向こうから寄って来る」
言いたいことは分かるが、昨日に続き突拍子もない案だ。
勇者の言う魔物呼びの笛は、音の届く範囲の魔物を呼び寄せることができる便利な道具だが、扱いがかなり難しく、笛を吹く人間によって効果が変わってしまう。
その理由は、笛の音に乗って伝わる魔力のせいだ。
性能上は音階によって、どの程度の距離にいる魔物を引き寄せるか選択できるようになっているのだが、笛を吹く人間の魔力量や質に応じて、同じ音階でも効果の範囲に差が出てしまうのだ。
未開のこの森では、少しの誤差も命取りになりかねない。
せっかく出してもらったが、この案も反対するしかないな。
頭の中で出た答えを、私は勇者に伝えようと口を開――きかけたところで、勇者の横から魔導士が口を出す。
「何でそんな物持ってきたんだよ」
「魔物の討伐には必須アイテムだろ」
「んなわけあるか! 何処の誰が決めた? 一瞬で死亡フラグが立つアイテムを常に携帯してる奴なんか、国中探してもお前だけだぞ」
「死亡フラグ? ああ、魔物のな」
「違うわボケ!! お前以外の人間のだよ! ……はぁ。勇者、こっちに来い。持ち物確認するから」
言い争いをしながら、昨日と同様に勇者と魔導士は、勝手に会議から離脱していく。
「呼び戻しましょうか?」
去っていった二人の背中を黙ったまま見つめていた私に、騎士が気を使って声をかけてきたが、私は首を横に振った。
「よい。あの二人には後で内容を報告してやってくれ」
「かしこまりました」
嵐が去って、一時中断していた会議が再開される。
しかし、二日目もこれと言った案は出ず、一日目と同じく平行線のまま終了した。
現状維持を続けることとなった、三日目。
朝起きてから、身支度を整え、私は遠征用テントを出た。
すると、そのすぐ近くに勇者が立っていた。
朝と言っても、まだ太陽は昇り始めたばかりで、辺りも薄暗い。
見張り以外はまだ寝ている者がほとんどだろう。
こんな時間にどうして勇者はそこにいるのだろうか。
本作戦では、騎士団と冒険者の間に隔たりができないように、できる限りお互いを公平な立場の人間として扱うようにしているのだが、寝所は分かれている。
これは差別ではなく、お互いに望んだ結果だ。
騎士たちは、騎士団長として参加していると言っても帝国の皇子である私を、たった七日だけ仲間になる冒険者の傍で寝かられないと断固として譲る気配は無く。
冒険者側も、騎士に見張られてたら毎晩の宴が楽しくないと言うので、お互い少し離れた場所に野営地を作っていた。
私のテントは騎士団の野営地の中央にある。
そこに早朝から勇者がいるとは、どういうことか。
ここに来る前に見張りも何人かいた筈だが、話し声は聞こえてこなかった。
勇者に気づいているが誰も声をかけなかった、という線は薄いだろう。
昨日と一昨日の会議において、騎士団の勇者に対する評価は低い。
ここまで来る前に見張りに捕まり、取り調べをされる筈だ。
そうなれば、一人でいることなど当然許されず、誰かしらが傍で監視につく。
しかし、眼前にいる勇者は一人で樹にもたれ掛かり、じっと私を見据えている。
近くにいる見張りがそのことを気にする様子はない。
妙な違和感に支配され呆けている間に、私のすぐ前にまで移動した勇者が話かけてきた。
「少しいいですか」
普段は粗雑な物言いの勇者なりには、丁寧に話しているようだが、全身から溢れる威圧感が、その気遣いを跡形も無く消し去ってしまっている。
私は、騎士団長として多くの戦に身を投じてきた。
皇子としても、国の今後を左右する重要な会議に幾度となく出席している。
だが、今この瞬間が人生で最も緊張していた。
ただ話かけられただけで汗をかいたことなど、今の今まで一度も経験したことが無かったが、今の私は全身に汗を感じる。
それほどに、勇者は圧倒的だった。
「何の用か?」
私は緊張を悟られないように、一語一語注意しながら声を出す。
「昨日の夜のこと反対されたので、他の案を考えて来たんですけど」
昨日の夜のことを反対したのは私ではないのだが。
そんな下らない言葉が頭に浮かんだが、いったん飲み込む。
「そうか」
それ以外言えることが無く、適当に相槌を打ってみたが……どうしたものか。
まず、私と勇者が一対一で話しているが誰も何も言わないのは何故か。
まるで私たちが見えていないかのように、傍を通り過ぎていく見張り。
これだけでも十分問題なのだが、一番の問題は、勇者が何かを気にするように、チラチラと同じ方向を見ながら焦りを浮かべていることだ。
何か良くないことが起こりそうで、気が気でない。
向こうに何があるのだろうか。
勇者の視線の先に焦点を合わせてみるが、そこにあるのはただの森だ。
確か向こう側には――。
「立ち話もなんですし、隊長のテントに入りましょう」
「なつ!」
突然、勇者は私の胴に手を回すと、すぐ後ろにあるテントへと強引に私を引きずっていく。
森を見ていたせいで反応が遅れた私は、腰をがっちりと抱え込まれたまま成す術もなく、出てきたテントへと戻された。
「お話は中でじっくりしましょう」
鼻が触れそうな程の距離で笑みを浮かべる勇者に、私は不覚にもドキリとしてしまった。
胴に回されていた腕が解かれ、私はその場から一歩、二歩と後ろに下がる。
理解できないことが次々と起こる中で、軽いパニック状態になった私は、どこかおかしいのかもしれない。
好奇心にも似た感情が心臓の鼓動を早める。
私に次いで、勇者もテントの中に入ってきた。
「これで邪魔が入らず、隊長と二人で話ができる」
勇者は、まだ空いている入り口の外を睨み言うと、括ってあった紐を解き、入り口を締めた。