番外編:水森家の夕食にて(水森春馬視点)
「姉さんに一度、会わせたい奴が居るんだけど」
「んー? もしかして、彼女か何か?」
相変わらず共働きで不在な両親に代わり、本日の夕飯担当だった姉さんの夕飯を食べながら切り出してみれば、そう問い返された。
「うん、そう」
肯定すれば、目を見開かれた。
意外そうに驚いたわけじゃないから、姉さんは多分純粋に驚いたんだと思う。
「え。彼女って、本当にあの『彼女』? お付き合いとかの」
「逆に聞くが、それ以外の『彼女』って、何だよ」
他の女子を示すときに使うとかならまだ分かるが、もしそれ以外で交際相手という意味でもないのなら教えてほしい。
「そっか。じゃあ、連れてくるときは一回連絡寄越してよ。姉として、その子をちゃんと出迎えたいから」
「いきなり話したのに反対しないのか? ……そういや、姉さんは話さなかったことにも怒らないけど」
そういえば、姉さんと彼氏彼女だけじゃなく、恋愛についてはちゃんと話したことが無い気がする。
まあ、互いに聞いたりもしなかったせいもあるかもしれないが。
「相手がどんな子であれ、ハルがその子を選んだことには変わりはないでしょ? もしこの先、別れることがあるとしても、この時のことは良い経験になるでしょ」
「いや、そうなんだけど……別れる前提かよ」
「あくまで可能性の話。未来なんて、どうなるか分からないんだから」
そりゃそうだ。
俺も高校生になって、彼女ぐらいは欲しいとは思ってはいたが、まさか本当に出来て、こうして姉さんに報告しているという状況にも驚いている。
「そういえば、姉さん。夏樹さんとはどうなの?」
「何で夏樹? 話の流れから行くに、大体何が言いたいのかは察せられるけど」
ふと思ったから聞いてみれば、ややトーンを落として返された。
「いや、別に夏樹さんじゃなくてもいいんだけど、姉さんは彼氏とかいないのかなぁ、と思って」
姉さんは、漫画や小説の小説の主人公みたいに鈍感ってわけじゃないから、自分に向けられる好意には気づいているんだろうけど、主に夏樹さんが隣にいることもあるから、出来にくいのだろう。
それ以前に、夏樹さんが牽制しているということもあるんだろうけど。
「それは、彼女が出来てリア充になったという余裕から言っているのか、純粋に弟として心配で言っているのか、どっちだ?」
「心配で言っているんだよ。つか、何があったのかは知らないけど、僻むなよ」
でも、本当に何があったのだろうか。
夏樹さんの名前が出た時点で、姉さんの雰囲気が悪くなったから、夏樹さんが姉さんの機嫌を損ねる何かをしたんだとは思うけど。
「けどまあ、姉さんが選んだ人なら、人柄は気になるけど、どんな人でも大丈夫なんじゃないのか?」
そう言えば、姉さんは彼女が居ると打ち明けたときよりも、驚いた表情をしていた。
「もしかして、誰か居るのか?」
姉さんが想いを寄せる人が。
「いや、いないけど……」
この反応は居るんだな。
「とにもかくにも、彼女を連れてくるときは連絡する。良いね?」
「はいはい」
照れ隠しなのか、姉さんは残った夕飯に再び口を付け始める。
けどまあ、姉さんがあいつにきちんと接するのなら、俺もいつか姉さんが連れてきた人には、きちんと接しよう。
そう思いながら、俺も姉さんが作った夕飯に、再度口を付け始めた。