鷹藤晃と告げるべきことⅡ(彼から見た出会いと、別れまでⅡ)
許可した覚えはないと言ったが、同類であるためか、そうではないのか。あの挨拶以降、御子柴先輩と過ごすことが増えてきた。
一緒にいてやることと言えば、主に情報交換しかやることなく。
「今日も特に何も無かったですね」
「そうだね」
御子柴先輩は、本に目を向けながら、そう返す。
「少し聞きたいんですが、先輩が来たときと変わったことってあるんですか?」
「んー、現状では、君が来たこと以外に変わったことはないかなぁ」
そう先輩は返してくる。
大体はそんな感じである。
「晃君」
同学年だからか、桜峰が声を掛けてくる。
彼女について表現するとして、可愛いか美人かで言えば、可愛いの部類に入るんだろう。
「桜峰か」
桜峰が現れ、それからの付き合いもそれなりに長くなってきたが、彼女が俺のことを下の名前で呼んでくるのに対し、俺は一貫して名字呼びである。
確かに、呼びにくさはあるが、これは一種の意思表示である。
「名字だと長いから、名前で良いって言ってるのに……あ、未夜先輩が探してたよ」
「そうか。探させたなら悪い」
「いえいえ。お仕事、頑張ってね」
そう言って、彼女は去っていく。
この世界に来たとき、もう少し積極的に攻略する気満々とでも言いたげに来るのかと思っていたが、桜峰とのやり取りは、基本的にこんな感じである。
彼女は俺たち生徒会役員のことを、名前呼びしている。
会長たちみたいに許可していたり、好きに呼べばいいとした結果、下の名前で呼ばれている俺みたいな奴もいる。
そもそも、名前呼ぶのに許可などいらないと思うのだが、ここは女神の箱庭。だから、『名前を呼ぶ』ということにもシステム的な意味を持たせたかったのだろう――……そう、御子柴先輩は予想していた。いつも通り、本を手にして。
「もし、この世界がファンタジーだった場合。生徒会役員たちは王子や貴族の子息たちみたいな位置付けなんだろうし、そんな彼らに対して、庶民であるヒロインがあっさりと名前や愛称などで呼んでしまえば、マナーを守っているはずの彼らと釣り合いが取れる令嬢たちからは反感を買う」
「……つまり、名前を呼ぶ許可というのは、それと同じだと」
「同じというよりは、『近い』、かな。自分たちには不可能なことを、彼女は許され、行っている。それを令嬢たち――つまり、この学校に通う女子生徒たちから反感を向けられるし、イベントとして起こされる」
俺だって、ファンタジー作品を見たり、読んだりしない訳じゃないから、先輩の言っていることが分からないわけじゃないけど、もし今言ったことが当てはまり、正しかったとすると――……
「こうして、俺と話してる先輩も恨まれるんじゃ……?」
「そうかもね。でもまあ、君は心配しなくていいよ」
「もし、先輩がそういう目に遭った場合、その原因が俺とか嫌なんですが」
そう告げれば、何に引っ掛かったのか、顔は本に向けながらも、先輩が驚いたように目を見開いた。
「――……ああ、そうだ。これは言っておかないと」
まるで、驚きから一転、何かを決めたかのように、先輩が口を開いた。
「何ですか?」
「神崎君たちが感知してるのか、してないのかは分からないし、君にその事を告げたのかどうかも分からないけど、先に言っておくね」
そして、先輩は爆弾を投下した。
「この『ゲーム』はね。こちら側が負けると、この世界に閉じ込められるんだよ」
先輩曰く、この世界から出られなくなるらしい。
「は……?」
「つまり、元の世界に戻れない」
「え、何っ……」
焦って、「何で」とか聞こうとしたんだろうが、本から目を離し、顔を上げてどこか悲しそうな顔をする先輩を見て、それが冗談でも、嘘でもないことを理解する。
それじゃ、一体……一体いつから、先輩はこの世界に居た?
最初、俺と同じ一周目かと思っていたが、もし、それが違うのだとすれば……
「やだなぁ。そんな顔しないでよ」
先輩が困ったように笑う。
どれだけ、この世界に居れば、そんな表情が出来る?
「確かに、家族や友達と離れたままなのは寂しいよ。でも、こちらで出来た友人たちがいる。その事を思えば、まだ保っていられる」
保つって言うのは、何を保つんだろうか。
肉体的なものなのか。それとも、精神的なものなのか。
「出来れば、君には私と同じような思いをしてほしくない」
「そ、れは……」
それが、本音だって言うのは分かる。
「それに、脱出方法なんて分かってるからね。君が周回を終わらせればいい」
それだけが、全てを終わらせる方法なのだと、先輩は言う。
「元の世界で、私のことがどういう扱いになっているのかは分からない。でも、みんなを心配させてはいるだろうから、早く戻りたいのは事実」
「だから、周回を終わらせて。鷹藤君」と御子柴先輩は口にした。
「私が動けるうちは、可能な限り手伝ってあげる。もし、失敗したとしても、君は攻略対象という位置付けから、今後やって来るであろう人たちに協力するなり、動くなりすることが出来る」
そんなことを言われると、先輩がまるで俺たちに近い立ち位置じゃないみたいだ。
「先輩は、一体どの立ち位置を与えられたんですか」
「……」
「先輩が、俺と話していて大丈夫であり、かといって、桜峰や役員たちからもあまり名前が上がらない。そんな立ち位置なんて……」
けれど、先輩は答えない。
それどころか、この話を切り上げようと、わざとらしく声を上げる。
「さーて、話はこれでおしまい」
「まだ、話は終わってません!」
本を持って立ち去ろうとする先輩に声を掛ける。
このまま、有耶無耶で終わらせていい気がしない。
「いや、終わってるよ。私は、私が与えられた『立ち位置』を果たせていない。それがどういう意味なのか、予想できない君じゃないよね?」
「……分かりませんよ」
分かりたくない。
立ち位置を果たせず、この世界に閉じ込められた先輩の気持ちなんて、参加したばかりの俺に分かるはずがない。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、先輩がぽつりと呟く。
「……やっぱり、君は似てるね」
「え?」
「私のよく知る子たちに、似てると思ってさ」
「……」
そこから、先輩が話したのは、弟とその幼馴染についてだった。