もう一つの真実
祐樹さんが苦々しい顔で幸太郎さんに尋ねる。
「そこまでしますか? 結婚した相手なんですよ? 相手を殺したいと思うなんて……」
その言葉を聞き、幸太郎さんがばっと優香さんの方を向いた。
「優香、君を殺すつもりはなかったんだ。だってほら、俺なら君個人に呪いをかけることは簡単だけど、あえて手がかかる家の呪いにした。死なないようにって気遣ったからだよ! 家だけの呪いにしておけば、外にいる間は呪いから逃れられるし、護符を持ってるとはいえ僕も呪いを受ける可能性があった。もし護符を持っているのに僕まで体調を崩すほどに強くなれば、すぐに止めようって思ってたんだよ!」
雅さんが幸太郎さんの主張を聞いてため息をついて頭を抱える。あまりに無茶苦茶な内容で理解に苦しんでいる、という顔だ。それは私も、いや竜崎さんも祐樹さんも同感で、みんな絶句しながら幸太郎さんを見つめるしか出来ない。
殺すつもりはなかったから、罪が軽くなるとでも思っているのだろうか?
勝手に他の人を好きになり想いをこじらせ、離婚するために優香さんを呪い、その責任を親友に押し付けようとしていたくせに……。
ふつふつと怒りが沸きあがってくる。こんな自分勝手な人間が、許されるわけがない。
「……そんなに……私と離婚したかったんだ……?」
「君は悪くない。ただ、運命の人と出会ってしまったから。慰謝料だとか親の説得とか面倒だったから、ちょっとした出来心で優香にこんなことしちゃって……」
「私を病ませて離婚して、どうするつもりだったの……?」
「俺が既婚者だから恵は身を引いて他の男と結婚なんかしたけど、俺が自由になれば喜んで戻ってきてくれるんだよ。若くて可愛くて、俺の運命の人に出会ってしまったから……誰も悪くない、出会う順番が悪かっただけなんだよ」
「そんなに……あの女がよかったんだ……あんな……若いだけの女が……私たちは高校生の頃からずっと、いるのに……」
優香さんは俯き、呆然としたように呟いた。怒るより何が起こっているのか分からない、というような感じだった。
彼女からすれば、幸太郎さんが自分を呪っていたなんて夢にも思っていなかったに違いない。
――ただ。これが全容ではない。
まだ一つ、解決すべきことは残っている。
「優香さん……幸太郎さんがあなたと離婚したくて、この家全体に呪詛を掛けていた。それは紛れもない事実です。なのでもう、終わりにしたらどうですか」
竜崎さんが淡々とした声で言う。幸太郎さんはぽかんとして竜崎さんを見て、優香さんはハッとしたように顔を上げた。
「もう彼とやり直すことは無理なんじゃないですか。御覧の通り、幸太郎さんはもう盲目になっていますし、これ以上一緒にいても意味がない」
「……」
「あなたが自分に掛けている呪詛は、終わりにしてください」
部屋全体に沈黙が流れ、時が止まったかのようだった。私たちはじっと優香さんに注目し、彼女はただ俯いているだけだ。幸太郎さん一人だけが理解できない、とばかりにきょろきょろと辺りを見回している。
「え? なんですか? 自分に掛けている……なんですって?」
「優香さんは自分自身に呪詛を掛けているんですよ。一昨日、花音の所に助けを求めに来た浅山さんはこう言っていたそうですよ……『優香と幸太郎を止めてほしい』と。幸太郎さんのことはすぐ分かりましたが、優香さんのことは何だろう、とずっと考えていました。そこで、以前感じた違和感を思い出したんです」
竜崎さんは思い出すように目を細める。
「花音が初めてこの家で男性の霊を目撃したとき、心当たりはありませんかと尋ねました。あなたは思い当たるような顔をしつつ、その時は何も言いませんでした。結局、翌日もう一度尋ねた時に浅山さんのことを教えてくれたんですが……あなたは浅山さんが亡くなっていることを知らなかったんですよね? それは嘘ではないと、今日の反応を見て思いました。だとしたら、『男性の霊がいる』という情報だけで、昔自分に告白をしてきた男性のことを思い浮かべるのは不自然じゃないですか?」
竜崎さんの疑問は、言われれば確かに、と納得できるものだった。あの時なぜ自分は気づかなかったんだろうと不思議なくらいだ。
浅山さんが亡くなっているのを知っていたとしたら、男性の幽霊と言われて思い浮かべるのは不自然なことではない。でも、知らないのなら変だ。もう何年も前に告白してきた、今は連絡も取っていない男性の名前を出すなんて。
恐らく、元々呪詛の原因に浅山さんの名前を出すつもりだったから、すぐに言ってしまったのだ。
祐樹さんが竜崎さんの続きを言う。
「俺たちがこれだけ人間関係について調べるのは、予想外だったんじゃない? 普通、除霊って聞いたら塩撒いたりお経唱えたり、そういうことをやっておしまいにするんだと思うでしょう。俺たちに依頼したのが間違いだったかもね。うちは完璧主義なんで」
「ま、待ってください! 優香が呪詛を掛けていたって、どういうことですか!」
話について行けていない幸太郎さんが慌てた様子で話を止める。それを見た雅さんは苛立ったように大きな声を上げた。
「頭悪いわね! 優香さんはね、あんたが真栄田って人と不倫してると思ってたんでしょうが!! どうにかあんたの気を引きたくて自分に呪詛を掛けて自作自演したのよ!!」
「……へ」
幸太郎さんはぽかんと大きな口を開けて優香さんを見た。彼女は床を見つめたまま、幸太郎さんの方を見ることはない。
そう、優香さんは幸太郎さんの気持ちが離れていることを知っていた。真栄田さんと不倫関係にあると思っていたのだ。実際のところは幸太郎さんの片思いだったわけだが。
そこで、何とか幸太郎さんの気を引きたくて自分に呪詛を掛け、『誰かから呪われている』という形を作った。
私たちを呼んだのは、プロに『呪詛を掛けられている』と証言してもらうためだったのだ。私たちは彼女の思惑通り、呪詛のことに気づいて犯人を探し出そうとした。そこへ幸太郎さんが帰宅して調査は中断してしまったのだが、優香さんにとっては好都合だった。
もし幸太郎さんが帰宅してこなくても、自分で彼に相談を持ち掛け、タイミングを見て呪詛は解除するつもりだったんだろう。
彼女は自分自身の呪詛と幸太郎さん、二つの呪詛を受けていたことになる。
竜崎さんがゆっくりとした口調で話す。
「あなたは自分で自分に呪詛を掛け、それをとにかく誰かのせいにしたかった。本当なら真栄田さんのせいにしたかったんでしょうが、幸太郎さんが真栄田さんに直接聞いてしまったらすぐに違うとバレてしまう。
そこでもう一人、浅山さんの名前も出した。昔自分を取り合った相手の名前が出てくれば、幸太郎さんが昔の気持ちを思い出すかもしれない……という期待もあったのかもしれません。浅山さんとはもう連絡も取っていないので、確かめようもないと高を括っていたのではないですか」
優香さんは答えない。
「あなたも驚いたでしょう。呪詛以外に男性の霊がいるだとか言われたり、我々が思ったより呪詛の原因を突き止めようとするタイプだったり、予想外のことが多く起こった。
でも幸太郎さんにバレて、彼に止められたのは好都合だったので素直に応じた。本当はそこで終わって、心配してくれる幸太郎さんとゆっくり過ごして呪詛はこっそり止めるつもりだったのに、今度は幸太郎さんが僕たちを招き入れるなんて……」
竜崎さんはそう言って、足元をちらりと見た。黒いモヤがうようよと動いているのを見て、それを軽く蹴るように払う。モヤたちは逃げるように竜崎さんから離れた。
「この家が真っ黒な原因は、そういうことです。家自体と、それから優香さんにも呪詛が掛けられた二重呪詛だから。僕も今までそんなパターンは見たこともなかったので、いい経験でした」
話を締めるようにそう言った竜崎さんは、じっと優香さんを見つめた。彼女はしばらく黙ったままだったが、少ししてポツリと言った。
「もう……掛けてませんよ」
「え?」
「竜崎さんたちがまた来るっていうのに、掛け続けていたら誰が掛けているかバレるかもしれないって思ったから、一旦止めました。でも、体調不良や変な体験は増えてますけどね」




