結局一緒に入ることに
洗面所の扉をそっと開けると、雅さんはすでに風呂場に入っているようで、すりガラスの向こうから水が流れる音が聞こえる。私は声を掛けつつそっとその扉を開いてみた。
「み、雅さん? 失礼します」
「はあ? あんた、服着たまま風呂に入るつもり??」
「えっ!?」
「早く脱いで」
そう言って彼女は私を洗面所に押しやってしまう。背中を流すって言ってたから洗うだけかと思っていたんだけど、もしかして一緒にお風呂に入るつもりなの……?
これが広々とした温泉とかなら分かるけど、ここはごく普通の広さの風呂場なのだが!!?
唖然としたが、もはや引き返すことはできない。私は諦めて服を脱ぎ、タオルを巻くとそっと中へ入った。
「失礼します……」
「遅いからもう洗い終わっちゃったんだけど」
「す、すみません」
「あんたも洗えば」
湯船につかる雅さんは不機嫌そうにそう言った。私は慌てて椅子に座り、体を洗い出す。ちらりと隣の浴槽を見ると、雅さんも一応タオルを巻いているものの、それでも十分分かるほどスタイルがいいのでつい羨ましい、と思ってしまった。なんと豊満な胸元なのだ、一個分けてほしい。
「なに? じっと見て」
「ああ、す、すみません。スタイルいいの羨ましいなって……出るとこ出て他は細いし」
「は、はあ? どこ見てんのよ!」
「いや、お風呂に誘ってきた雅さんがそれ言います……? 裸の付き合いを誘われるなんて思ってなかったので戸惑ってるのはこっちなんですが……」
「だって、あんたに何か言おうとすると奏多たちが庇いに来るんだもん」
雅さんは浴槽の淵に肘をつき、私の方を見る。お風呂に入ったためメイクを落としたようだが、化粧している顔とほぼ変わりなく綺麗な人だった。はっきりした目鼻立ちをしており、長いまつ毛は少し湿っている。髪をアップにしているのでつるんとしたおでこが見え、頬はほんのり赤く色づき、同性の私ですらドキッとしてしまう美人だ。
「もう一度、入居することになった流れをしっかり教えて」
「は、はい」
私は洗いながら、二か月前から急に視えるようになったことを説明した。駅のホームでの出会いも話し、入居の流れも正直に全部言う。私の名前のおかげで入ることが決まったという部分では、雅さんは呆れたように眉を顰めていた。
「……というわけでして。あの、祐樹さんから今までの竜崎さんの女性被害について聞きました。お二人が心配する理由もわかるというか……でも誓って、私はそんなんじゃないですし!」
「……」
「ここにいて、夜は安らかに眠れて、ご飯が美味しく食べられる……それだけで本当に救われているんです。前のアパートではどうにかなってしまうかと思っていました。竜崎さんに助けてもらえて本当によかったなあ、って」
「あんたさあ、私や祐樹の過去とか聞いた?」
そう訊かれ、口籠ってしまった。祐樹さんから『俺から聞いたっていうなよ』と釘を刺されたからだ。だが、雅さんは私の顔を見て少し笑う。
「分かりやす。どうせ祐樹でしょー? まあ別に隠してるわけじゃないけどね。私は幼い頃に親に捨てられて、奏多だけが心の拠り所だった。今この仕事に就けてるのも奏多のおかげ。奏多がいなかったら今頃どうなっていたかわかんないって思う。それぐらい、感謝してる」
「……雅さんは、竜崎さんが好きなんですか?」
恐る恐る尋ねてみると、彼女は鼻で笑った。
「当たり前じゃん? 奏多と結婚するーって子供の頃から言ってたし!」
「なるほど……美男美女でお似合いですね」
私がそう言うと、雅さんは分かりやすく顔を明るくさせてずいっとこちらに寄せた。
「え、ほんとにそう思う? 思う??」
「お、思いますよ。竜崎さんも凄く綺麗な人ですし、雅さんも」
「なんだー話わかるじゃん? そうだよねえー私もそう思うよ。付き合いだってめちゃ長いんだしさあ、こんなにぴったりな二人いないよねえ」
得意げにそう語る雅さんに、私は少し笑ってしまった。分かりやすくて可愛らしいな、と思ったからだ。
竜崎さんは他の女性をヤンデレ化させるって言ってたけど、少なくともさすがに幼い頃から一緒の雅さんは違うようだ。……あれ、違うよね? ちょっと嫉妬深そうではあるけれど……。
彼女は湯舟の中で大きく伸びをしながら続ける。
「でもまあ、そういう感じに見られてないことはわかってんだけどね。年も離れてるしいつまでも妹扱いでねーてか、洗い終わったんなら湯舟入ったら?」
「え!? 一緒にですか!?」
「奏多と祐樹もたまに一緒に入ってるよ」
「えええ!?」
「嘘に決まってんでしょ。ほら」
ケラケラと笑いながら雅さんが言った。私は少し膨れつつも、彼女と向き合う形で湯船に入る。
……これは凄いぞ。こんな体験、二度としないだろう。狭い浴槽に女性と二人で入るなんて……。カップルなら普通分かるけど。いや、カップルとしても経験ないけど……。
狭い浴槽の中で小さくなりながら、私は複雑な思いでいた。だが雅さんは何も気にしていないようで、水を手のひらですくって遊んでいる。
「はあ……今まで紅一点で暮らしてきたのに、急に他の女が入るとか信じられない。でも車の前に飛び出したって言うし、追い出してどっかで死なれたら後味悪いよなあ……」
「え、縁起でもないこと言わないでください!」
ここを出たら、確かにどこかで死んでしまう可能性は非常に高いと思う。いつも竜崎さんに止めてもらっているから何とか無事なだけで、自分でも知らないうちに引っ張られているのだから。
電車に飛び込んだり、窓から飛び降りたり、車の前に飛び出したり……。
「……周りに迷惑かかる死に方しそうで嫌です……」
「え、気にするとこ、そこ?」
「人身事故は凄いお金が請求されるって……うちそんな裕福でもないし」
「ちょっとちょっと、本気にしないでよ」
雅さんが少し笑いながら私を止める。
「でもあんたからすれば、十分ありえることだもんね。そういう経験は私ないし、これも体質だろうね。まあ、祐樹とデキるならいいけど、奏多とそうなったらと思うと心配で」
「デキる!? なな、ないですないです、お二人ともないですから!!」
ブンブンと強く首を横に振った。
「え? 祐樹はタイプじゃない?」
「いやそうじゃなくて、お二人とも私には勿体ないって言いますか……」
「祐樹はちょっと痛いとこあるしたまに空気読めないけど、悪い奴じゃないよ。まあ私は付き合えないけど」
「辛辣……」
「というか、あんたの能力が急に目覚めたって言うのが気になるのよ。なんかきっかけないの? 思い出して!」
「それ竜崎さんにも言われたんですけど、本当に何も心当たりがなくて……誕生日を迎えてすぐに変な物が見え出して……」
「原因は何かあると思うのよ。それで能力が無くなれば万歳じゃない?」
雅さんの意見を聞いて確かに、と思った。この能力自体が無くなってまた元に戻れるとしたら、復職だってできるだろうし元のアパートにも住める。何も問題はなくなるので、そうなったら最高だと思う。
……いやでもそうなると、もう竜崎さんや祐樹さんに会うことはなくなるんじゃないか……?
もやっと何かが心で渦巻いた。霊がみえなくなるなんてこれ以上ない展開だというのに、なぜか想像しても私の心は踊らない。今までずっとそう過ごしてきたくせに。
黙り込んでしまった私をじっと見ていた雅さんは、ふんっとそっぽを向いて立ち上がる。
「やっぱり惚れちゃってるんじゃないの、奏多に」
「ま、まさかそんなことは……!」
「はーもう暑いから出る」
機嫌を損ねたらしい雅さんは浴槽から出て、脱衣所の方へ向かって行ってしまった。慌てて否定しようとしたけれど、扉はぱたんと閉じられてしまった。
……そんなんじゃないのに……。




