表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/35

予想外の訪問




 翌朝、祐樹さんは調べ物の続きをすると言って朝早く出かけて行った。もうほとんど答えは出ているんじゃないかと思っていたが、一応もう少し洗いたいと言って、竜崎さんが寝ている間にいなくなった。


 祐樹さんが働いているのに私もすることがなくて困っていると、十時くらいになってようやく竜崎さんが起きてきて、寝ぼけ眼でコーヒーを飲んでいた。祐樹さんのことを告げると、竜崎さんは知っていた様子で一つ頷いただけだ。


 そんな時、予想外の訪問者があった。

 

 私は昨夜祐樹さんから色々聞いた後だったので、もしや竜崎さんの追っかけが来たのかもしれない! と意気込んでインターホンを覗き込んだのだが、そこにいた人を見て目が点になった。


「竜崎さん……! 幸太郎さんです!」


 私の声を聞いて、あの竜崎さんも驚いたようにコーヒーを飲む手を止め目を真ん丸にした。私たちはすぐさま玄関に向かい、幸太郎さんを出迎えた。


 彼はスーツを着ており、ピンと背筋を伸ばして立っていた。仕事着のそれを見て、もしや仕事に行くと言って家を出てうちに来たのだろうか、と推測する。


 どこか緊張した顔で家の前に立っていた幸太郎さんは、扉が開くとゆっくり頭を下げて丁寧に言う。


「アポイントも取らず申し訳ありません……妻が持っていた名刺をこっそり見て訪ねてきました。どうしても、あなた方に聞いていただきたい話がありまして」


「……どうぞ。花音、案内してくれる?」


「はい!」


 幸太郎さんを招き入れ、簡単にお茶を淹れる。三人でダイニングテーブルに腰かけると、彼は再度深々と私たちに頭を下げた。


「昨日は追い出す形になってしまい、本当に申し訳ありませんでした」


「気にしていません。僕たちはああいうことには慣れています。何も見えない、体験をしたことがない幸太郎さんは至極真っ当な反応ですよ。でもわざわざうちまで来てくれたということは、何かあったんですね?」


 竜崎さんの質問に、幸太郎さんが項垂れる。そして恐る恐る発言する。


「昨日、あの後も優香と話し合いまして……もう一度しっかり治療する、という方向でまとまりました。優香からも電話があったと思います。ただその後、よくよく考えてみたんです。優香はあなた方から、『呪いを受けているかもしれない』と指摘されたと言っていました。事実ですか?」


「ええ。僕が渡したヒトガタは、呪詛の時にのみ反応するんです。黒ずんでいたでしょう?」


 竜崎さんの言葉に、幸太郎さんは苦い顔をして、テーブルの上で両手をぎゅっと握り、親指を落ち着かないように動かした。


「……そうですか……俺はその、時間が経てば勝手に黒ずむ紙とかを使ったんだろうと思ってました。ただ……呪詛のことを聞いてしまったら、心当たりが出て来てしまって……」


「え? 心当たりですか?」


 私がつい声を大きくして尋ねると、幸太郎さんが頷いた。私たちも候補として二名おり、そのうちの一人に絞れそうなのだが……。


 幸太郎さんはちらりと私たちを見て、戸惑いを隠さずに尋ねる。


「あの、呪詛を掛けられると死んでしまうんですか?」


「そうとは言い切れません。呪詛にもいろいろあって、怪我をするとか病気になるとか、そういった不運が起こるものと、命を奪うものもあります。あの家を見た僕個人の考えですが、命に関わってもおかしくないと思っています」


「……優香が……死ぬ……? もし、もし本当に呪詛だとしたら、あなた方はどう対処するんでしょうか?」


「呪詛返しという方法もありますけどね……僕はあまり専門ではないので、出来るだけやりたくないのが本音です。呪詛を掛けている相手を探し出す方がいいと思っています。もちろん、呪詛返しが本当に必要になればすることも出来ます」


 幸太郎さんは黙り込み、酷く俯いた。その表情は苦痛で歪んでおり、自分の中で葛藤が繰り広げられているのだと容易に想像できた。


「……一人、心当たりがあるんです」


 しばらく沈黙が流れた後、幸太郎さんがポツリと呟く。


「……俺たちの友人です……」


「……もしや、浅山勝也さんですか?」


 竜崎さんが言うと幸太郎さんは驚いたように顔を上げた。


「なぜそれを……!」


「すみません。実は優香さんに心当たりがないかきいて、二人候補が上がったんです。一人はあなたの同僚の真栄田さん。それから、浅山さんです」


「優香が? そうか……それで……」


「失礼ながら調べさせてもらいました。真栄田さんは幸太郎さんに好意があるかもしれない、という話でしたが、寿退社が決まっているので除外しました。残るは浅山さんですが、彼は……」


「亡くなっています」


 竜崎さんの言葉の続きを幸太郎さんが言った。私はつい、驚きの声を上げる。


「知っていたんですか!?」


 確か浅山さんの死は、二人とも知らなかったはずだ。少なくとも優香さんは『生きている』と言っていたし、浅山さんの葬儀は親戚が小さなものをあげただけで、知り合いに連絡するなどの方法も取っていなかったので、あまり死が広まっていないというのが祐樹さんの答えだった。


「妻は……知らないと思います。俺が教えてませんからね」


 幸太郎さんはどこか寂し気に笑い、観念したように話し出す。


「もうあなた方も知っているかもしれませんが……浅山と俺と優香は三人仲がよくて、高校の頃からの大事な友人でした。俺と優香は同じ大学に進学、浅山は親もいないことで大学進出を諦めて就職しました。それでも、時々三人で会って食事に行ったものです。ただ、同じ大学だったこともあり俺と優香は距離が縮まって……付き合いだしました。浅山に告げると、おめでとうと笑って祝福してくれました」


 その時のことを思い出すように、幸太郎さんは目を細めてどこかをぼんやり見ている。私たちのことなど目に入っていないようだった。


「ただ、俺は浅山の気持ちを本当は知ってたんです。知ってて、先に優香に告白した……申し訳ないと思いつつ、しょうがないって自分を言い聞かせていました。浅山は社会人で忙しいし、俺と優香がこうなるのは自然なことだって。その後徐々に三人で会うことが減り、結婚が決まりました。でもその直後、浅山が優香に告白したのを知って……」


 そこまで言うと、幸太郎さんは目を強く閉じて少し俯いた。


「それがどうしても許せなかった。その理由は簡単なことで、浅山が施設育ちじゃなけりゃ、優香はあいつと付き合っていたんじゃないかって自分に自信がなかったんです。三人で大学に行けていたら、俺と浅山は立場が逆だったかもしれない。そんな不安があって、あいつに絶縁宣言しました。優香はちゃんと断ったし、そんなことをしなくてもよかったのに……」


「……そんなことが……」


「疎遠になって優香と結婚しました。でも、浅山が死んだことを知った高校の同級生が、俺に連絡をくれたんです。葬儀に行ったらどうだ、って。でも俺は一人で参加しました。優香に言えなくて……そしたら……」


 幸太郎さんはぐっと唇を嚙み、項垂れる。


「浅山の親戚たちは誰も泣かず早く終わってくれと言わんばかりの顔。上司みたいな人は来ていたけれど、それも決まりだから来ました、みたいな顔で……俺以外、友達らしき人も彼女らしき人もいなくて。やっぱり優香を連れてくるべきだった、って後悔したんです。でももう遅い。俺は結局、最後まで優香に黙っていました」


 悲しく、自分を責めるような声に私は何も言葉が出なかった。


 同じ人を好きになってしまった苦しみの中で、いろいろな葛藤があったのだろう。もしかしたら優香さんが浅山さんのことを好きになってしまったら、という不安がいつもあったに違いない。


「浅山さんの死を、そこまでして優香さんに隠したかったのはなぜですか」


「……笑ってください……亡くなったことで、優香の中で浅山への想いが溢れ出るのが怖かったんです……俺はいつも憶病で、優香はあんなにいい人なのに彼女の気持ちを信じ切れていない……多分、浅山にコンプレックスを抱いているからです。あいつは厳しい環境の中でもいつも優しくて真面目に生きていた。両親もいて大学も行けて、好きな子と結婚できた俺みたいな甘ちゃんとは人間性が違う、って」


 竜崎さんは彼の言葉を聞いて口を閉じ、少し眉尻を下げた。その横顔を見て、今竜崎さんは何を思っているんだろう、とぼんやり考えた。


 浅山さんの状況は、月乃庭の人たちと非常によく似ている。雅さんは施設育ちだったらしいし、祐樹さんも幼い頃に両親を亡くしている。浅山さんの気持ちはきっと痛いほどわかるだろう。


 幸太郎さんがぱっと顔を上げ、無理矢理微笑んで見せた。


「すみません、長々と。これが、俺たちの関係です。今回俺が思ったのは、もしかして浅山はフラれたことをずっと悩んでいてこじらせたのかな、って……それに、優香は葬儀に行かなかった。正しくは俺が行かせなかったんですが、あいつはそれを知らない。自分の最後の別れにも来てくれないのかと、優香を憎むかもしれないって思ったんです」


「……なるほど。お二人が結婚されたのは三年前でしたよね? 告白はその前ですよね?」


「はい、そうです。もう三年以上前ですね……でも、浅山ならフラれた後もずっと優香を想っていてもおかしくないと思うんです。それが徐々に恨みに変わって行って……って言うのは、考えすぎでしょうか」


「いえ、ありえることだとは思います。それに、あの家に男性の霊がいることは間違いないのです。こちらで確認しました」


 幸太郎さんはそれを聞いて息を呑んだ。自分の家に親友の霊がいると言われれば、こんな反応になるのは仕方がない。


「……もし浅山が呪いをかけていた張本人だとしたら、どう対処するんでしょう? だって、もう亡くなっています」


「本人をこの世から消し去れば、呪いも自然と消えると思います」


「成仏させる、ということですか」


「……対処には二通りあります。成仏させるのと、強制的に消す方法です。呪詛を掛けるような霊は成仏より、消す方法になってしまいます。うちのスタッフを引きずり込もうとしたり、悪意があるのは明確ですから」


 竜崎さんに言われ、そういえば車に飛び出した時も浅山さんらしき手を見た直後だったっけ、と思い出す。彼は私のことも道ずれにしようとしていたのか……。


 幸太郎さんは黙ってテーブルの一点を見つめている。長く沈黙を流した後、顔を歪めて申し訳なさそうに言う。


「すみません……ここまで相談しておきながら、俺は……まだあなた方を本当に信じていいのかという葛藤に苦しんでいます。本当に、申し訳ない……」


 つまり、私たちをまた家に招き入れて除霊を依頼してもいいのか、まだ決断できないということだろう。私はその悩みを理解できると思ったし、むしろそれを正直に言ってくれる幸太郎さんはいい人だと思った。


 彼を慰めるように優しい声を出す。


「気にしないでください。なかなか信じられませんよね……幸太郎さんの気持ちも分かりますから」


「本当に、すみません」


「竜崎さん、一度持って帰ってもらいますか?」


「そうしよう。今すぐ決めろというのも酷だと思うので、家で考えてみてください。あまり長い時間放置するのはよくないですが、少しくらいは猶予があるでしょう。電話番号を伝えておきますから、結果どうなったか教えてください」


 彼の提案に、幸太郎さんはほっとしたように頷き、私たちに深々と頭を下げて帰っていった。最後まで複雑そうな顔をしていたのが印象的だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ