最後の一人
祐樹さんが車を使っているので、足がなくなってしまった私たちは、近くのバス停までゆっくり歩いていた。駅までバスで移動し、そこから電車で帰宅する予定だ。
空はどんよりと曇っており、まるで私の気持ちを表しているようだった。分厚い雲は太陽をすっかり隠しており、まるで光は届いてくれない。
私は無言で竜崎さんと歩きながら、はあとため息を漏らした。
「このまま終わりなんでしょうか……?」
私の弱々しい声に、竜崎さんは普段通りのトーンで答える。
「とりあえず今日は一旦引くしかなかったけど、今から夫婦で話し合いをして、答えを出すんじゃないかな。あのまま放っておいてもよくなることは絶対にない。だから優香さんが幸太郎さんを説得してまた僕らを呼ぶか、少なくとも他の能力者を呼ぶとは思うよ。優香さんの踏ん張りどころだね」
「そっか……そうですよね。優香さんの悩みが早く解決するといいですね! 私たちじゃなくてもいいから……ってそういえば、祐樹さんはどうします?」
彼は情報収集に向かったきりだ。
「せっかく動いてるんだから、このまま続行しようと思う。もし呪詛を掛けている人物が誰か分かれば、優香さんに教えてあげたらいい。僕ら以外の人に依頼するとしても、その情報がわかれば動きやすくなるだろうからね」
「なるほど! じゃあ祐樹さんに頑張ってもらいたいですねえ」
「調べたい相手の名前も分かってるし、少し時間があれば分かると思うよ」
話しながら歩いていると、バス停が見えてきたので時刻表を見てみる。あと十分で到着するようなので、タイミングがいい。そのまま話しながら待つことにする。
「それにしても、ああも疑われると悲しいですね……」
「僕は慣れっこだよ。見えない人間と見える人間が分かり合うことは難しい。それに実際、詐欺まがいのことをしてる人も大勢いるから、用心するのは普通のことだ」
「竜崎さんは達観してますね……あの、どうして月乃庭を作ったんですか? 管理人ってことは、竜崎さんが作ったんですよね? あの家とか……」
彼は両手をポケットにしまったまま答えてくれる。
「あの家は、僕の家じゃなくて叔父の家なんだ」
「え、そうだったんですか?」
「叔父は僕の唯一の理解者だったから……」
唯一、というところに引っ掛かりを覚えた。だって、ご両親や妹さんは……?
私の疑問を読み取ったかのように、竜崎さんが答える。
「親はこういう能力を全く信じてないタイプだったし、妹は幼かったから僕のことをよく分かっていなかったと思う。叔父は元々少し変わり者で、僕の話も信じてくれたたった一人の人だった。叔父は結婚していて、今は仕事で夫婦揃って海外へ行っているから、あの家を好きに使っていいって言われているんだ。ああ、変わり者の叔父の奥さんも同じタイプのせいなのか、その人もいい人だけどね。時々日本に帰って来るけど、あっちで仕事をして長く経つよ」
「そうだったんですか……」
さらさらと説明を受けたが、いろいろ聞きたいところが多すぎて逆に何も言えなかった。ご両親や妹さんのことは全て過去形なのはなぜなのだろうとか、そこからどうしてルームシェアをすることになったのかとか、雅さんや祐樹さんとはどう知り合ったのかとか、疑問は沢山あるけれど言い出せない。
竜崎さんは私をフォローしてくれたり優しい人だけれど、あまり感情の起伏も感じられないし、まだ彼がどういう人なのかイマイチ掴めずにいる。踏み込んだ話も、私には早いのかなと思ってしまう。
「あ、バスが来たね」
竜崎さんが言った直後、バスが到着して私たちは乗り込んだ。バスは空いていたので、私たちは一番奥の席に腰かけることにする。
座った途端、竜崎さんの腕が少し当たったことで、なんだかどきっとしてしまった。
今更だけれど、霊を見たときにしがみついたり体を支えてもらったりと、彼と触れ合う機会は多かったように思う。でもいつも緊急時のことだから意識していなかった。こうやって落ち着いた状況でこんなに近づくのは初めてな気がした。
ちらりと横顔を見ると、整った顔があり、ちょっと忘れかけていたけれど本当に綺麗な人だなあ、と心で思う。
……いけないいけない、こんなところを祐樹さんに見られたらまた何か言われてしまう。彼は竜崎さんに近づく女にやけに敵意を持っているからなあ……。
私は自分の気持ちを誤魔化すために、竜崎さんに明るい声で話を振る。
「そういえば、スマホでルナテスラを調べてみたんです。デビューしてまだ一年ちょっとなんですね。可愛い子ばっかりでキラキラしてて……」
「見たの?」
竜崎さんの声のトーンが少し上がった気がした。彼を見てみると、いつもとは違ったキラキラの目でこちらを見ていることに気づき、少し言葉に詰まってしまう。
「す、少しだけですけど……」
「メジャーデビューして間もないけど、元々地方のアイドルとして結構有名だったんだ。だからコアなファンが多いんだよ。まだライブ中心の活動でテレビとかはほとんど出られないから、芸能界は厳しいなと思う」
「は、はあ……」
「深夜番組に少し出たことはあるよ。録画してあるけど見る?」
「ま、また今度……」
「一番人気でセンターは茉莉なんだけど、まあ僕は美月を応援してるから」
「そうですか……」
「今はアイドルも多いしライバルがいて大変だろうけど頑張ってほしいと思ってる。こっちはグッズやCDを買ったりして応援するしかないからね……新曲が今度出るから、それを買い込んでおこうと思ってる。あとグッズとかは……」
急にペラペラ話し出すじゃん。止まる気配ないじゃん。普段はそんなにお喋りでもないのに。
この話題、振らなきゃよかったな……私はげんなりしてそう思った。
バスと電車を乗り継いで、約一時間半。駅についてしばらく歩き、ようやくあの家が見えてきた。優香さんたちの家に比べてうちの家は明るく温かなので、見るだけでほっとしてしまう。柔らかなアイボリーが、私たちをお帰り、と迎えてくれているようだ。
私は自然と体の力が抜けていくのを自覚する。特に大した仕事もしていないのに、外はいろんなものが見えるせいでやけに疲れてしまうのだ。
あの家を目指しながら、私は竜崎さんに尋ねる。
「今日も結局、調査はあまりできませんでしたね。この後は何かすることありますか?」
「うーん、祐樹だけ働いてもらって申し訳ないけど、優香さんの家を追い出されちゃ僕たちに出来ることはないからねえ。祐樹が帰ってくるまで休憩ってことで」
「わかりました」
「あとは優香さんからの連絡待ちだね。少しでも早い方がいいと思うけれど……」
話しているとようやく家に辿り着き、私はカバンから鍵を取り出し開けた。がちゃっと扉が開き中の様子が見えた時、見覚えのないヒールの靴が無造作に置かれていることに気が付いた。
あれっ。出てくるときは、こんなのなかったのに……。そこでハッとし、ようやく雅さんが帰ってきたのだと気づき心が躍った途端、家中に響き渡る女性の声が耳に入ってきた。
「奏多あ!! 一体どういうことー!!?」
ぎょっとして足を止めてしまう。奏多ってなんだっけ、と思ったが、竜崎さんの下の名前だと瞬時に思い出した。呼ばれた竜崎さんは隣で、面倒だとばかりにぼりぼり頭を搔いている。
そして、奥から騒がしい足音が聞こえたと思うと、怒りで目が吊り上がった女性が現れた。あまりの形相に、私は唖然として見つめるしか出来ない。
ダークブラウンのロングヘアはパーマがかかって綺麗に揺れていた。顔立ちは目と口が大きくはっきりしていて、キリっとした美人であることがわかる。黒いパンツを履いた足はすっと細くて長く、綺麗だと思った。
この人が、雅さん……。雑誌に載っていてもおかしくないくらい、綺麗な人だ。
彼女は私を見ると、ぎろりと睨みつけた。その眼光の強さに私は怯え、体を固くする。
「ねえ!? なんで私に相談もなく住民増やしてんのよ!!」
びしっとこちらを指さし、雅さんは大声で叫んだ。そんな雅さんに全く動じず、竜崎さんは答える。
「雅は仕事中でいなかったから」
「電話くれればいいじゃない……! し、しかも女じゃん! 奏多を狙って入ってきた女だったらどうするつもりなの!? 身の危険があるかもしれないよ!?」
またしても私が竜崎さん目当てだと思われている。祐樹さんにしろ雅さんにしろ、そういう思考に飛びやすいらしい。それとも、前例があるんだろうか?
竜崎さんははあとため息をつきながら靴を脱ぐ。
「花音はそういうんじゃない」
「花音……? さては! ルナテスラのメンバーと同じ名前だからホイホイ入れたんでしょう!」
「……」
「目を逸らすな! そんな理由で月乃庭の住人を増やしていいと思ってるの? 今までずっと三人でやってきたのに!」
「まあ、きっかけは名前だったけど、この子はちゃんと見えるし僕目当てなんかじゃないから」
「でも……!」
「ここの管理人は僕だよ。最終決定権は僕にある」
竜崎さんがきっぱりそう言うと、雅さんは押し黙った。竜崎さんはそのままのそのそとリビングへ向かって行ってしまう。残された私と雅さんは、気まずい無言が流れる。
竜崎さんが『昔から雅は何でも激しい』と聞いていたけれど、なんだかわかる気がする。私がいる前でこんなに大きな声を出して怒るなんて、自分の感情に正直な人らしい。
その時、バチッと雅さんと目が合い、私は慌てて頭を下げた。
「は、初めまして! 安藤花音と言います。雅さんがいない時にお邪魔する形になってすみません……! でもあの、本当に困っていて、それを竜崎さんに助けて頂いた縁で」
「私は認めてないから」
「……へっ」
「祐樹の奴は何やってんのよ! まったく……確かにうちは一部屋空いてたけど、この三人でずっと長くやってきたしこれからもやってくつもりだったの。特殊な環境だし、新メンバーなんて募ってなかったの! 私がいない間に入り込むなんて信じられない。絶対認めないから」
雅さんはそれだけ言うと、ぷいっと顔を背けてリビングへ向かって行ってしまった。私はぽかんとして一人残される。
同じ女性がいるってことに安心感を覚えていたけれど、とんでもない。まさかここまで反対されるとは思っていなかった。祐樹さんも最初は難色を示していたけれど、竜崎さんの決定事項には従うって感じだったし、今は普通に親切なのに、雅さんはとことん反対するようだ。
おろおろと困り自室に入ろうかと思ったが、そんなことをしていても雅さんと仲良くなれない。そう思った私は、恐る恐るリビングに入ってみる。
竜崎さんはソファにだらりと腰かけ、その隣に雅さんがいた。私を見て、雅さんがぎっと睨みつけてきたので体が跳ねる。
……どうしよう。




