追い出される
「決まり。祐樹、僕の車を使って」
「はーい」
祐樹さんが立ちあがり、竜崎さんから車の鍵を手渡された。私と優香さんがきょとんとしていると、祐樹さんが答えてくれる。
「俺は情報を取ってくる役割もあるんでね。その人たちを追ってみます! 優香さん、そのお友達の名前とか出身校とか、昔でも連絡先をメモに書いてください」
「は、はい」
「竜崎さん、まずはどっちから攻めます? 男? 女?」
「任せる」
「了解」
「祐樹に元凶を探してもらおう。僕と花音は残って、このまま調査を進める。まだまだおかしな点がたくさんあるからね」
「んじゃ行ってきまーす」
祐樹さんは軽くそう挨拶をすると、優香さんからメモを受け取る外へ出て行ってしまった。残された竜崎さんは一人考え込むようにぶつぶつ呟いている。
「優香さんに呪詛が掛けられているのは間違いないとして……納得出来ないことも多いな。もう一度花音と調査をするしかないな……」
彼は決意したように顔を上げ、私に声を掛ける。
「というわけで、またいろいろ見てみようか花音」
「は、はい!」
「僕から離れないでね」
立ち上がろうとした時、玄関の扉が開く音がした。てっきり、祐樹さんが忘れ物でもしたのかと思ったのだが、リビングに入ってきた人物の顔を見て私たちはぎょっとした。
幸太郎さんだったのだ。
「こ、幸太郎?」
幸太郎さんは昨日と違い、どこか厳しい顔をしていた。私たちに蔑むような視線を向け、優香さんの隣に立ち、彼女を庇うように腕を引いた。
「ど、どうしたの今日もこんなに早く……」
「やっぱり。優香、この人たちは霊能者だとか、そういう類の人たちなんだろう」
彼はきっぱりとそう言ったので、優香さんが目を見開いた。私はどうしていいか分からず、隣の竜崎さんを見上げる。彼は焦ったような顔はせず、普段通りすました顔をしていた。
幸太郎さんは続ける。
「昨日、おかしいと思ったんだ。優香は誰かを招くとき必ず俺に言ってくれる。それは忘れていたとしても、そもそもカフェで友達が増えたなんて出来事を言ってくれていないのはあまりに不自然だ」
やはり、最近出来た友達、という設定には無理があったらしい……私は俯いて何も答えなかった。
「とはいえ、あなた方はぱっと見普通の若者で……決めつけるのはよくない、と自分でも思ったので納得したフリをしました。でも今日も家に来ていることで確信しました。友達なんかじゃなく、何か他の理由で来てるんだろう、ってね」
「おっしゃる通り、僕たちは優香さんの友達ではありません。騙すような真似をして申し訳ない」
竜崎さんはあっさりそう認め、頭を下げたので私も慌てて続いた。そんな私たちを、優香さんが必死に止めてくれる。
「やめてください! 私が幸太郎には内緒でって呼んだんです! 竜崎さんたちは何も悪くありません! 幸太郎、この人たちは怪しい人じゃないから」
「そんなことどうやってわかる?」
「真摯に話しを聞いてくれて、昨日いただいたヒトガタを持っていたら怖い体験をしなかったの! そのヒトガタは黒く変色していて……」
「ただの思い込みだ。変色はそうなるよう仕掛けがあったんだろう。優香、しっかりして! こういう人たちは騙されることの方が多いんだ!」
幸太郎さんは優香さんの肩に手を置いて必死に説得するが、優香さんは困ったように視線を泳がせるだけだ。すぐには頷かない。
「でも、私が体験してることは嘘じゃないし気のせいでもないと思ってる」
「気のせいだなんて思ってないよ。きっとひどく疲れているのが原因だと思ってる。幽霊だとか、そういう非科学的なことが原因じゃなくて、ちゃんとした理由があるはずなんだ。優香、もう一度違う病院でしっかり診てもらおう」
幸太郎さんはそう言うと、私たちをしっかり見据えた。
「お引き取りください。わざわざ来てくださったので、ここまでの料金は俺に相談してください。正当な料金ならお支払いします」
「幸太郎!」
「妻は昔から凄く純粋で素直な人間で……不思議な話も信じてしまったのかもしれません。でも俺は夫として、優香を守る義務があります。優香が騙されたり傷つけられるなんて許せません」
幸太郎さんはきっぱりそう言った。私は黙って聞きながらぐっと拳を握りしめて、どこにもぶつけられない気持ちを押し殺していた。
幸太郎さんの気持ちはわかる。なぜなら私も二か月前まで、彼のように何も見えず感じない人間だったから、除霊だとかそういう仕事は詐欺が多いんじゃないかと思っていた。変な壺や札を買わされるような展開ばかりなのだと。だから、彼からしたら優香さんを守りたいという純粋な思いなのだ。
でも、私たちは嘘つきじゃないし詐欺師でもない。見えている物は気のせいではなく本当にそこにあるし、その力を利用して人を騙そうとしてるわけではなく、優香さんを助けたいと思っている。
誰も嘘をついていない、でも決して分かり合えない壁がある――。
悔しさに唇を嚙んでいる私とは裏腹に、隣の竜崎さんはまるで表情を変えなかった。
「分かりました。僕たちは帰ります。ただ一つ……優香さんが苦しんでいるのだけはしっかり理解して、話を聞いてあげてください。そして一緒に解決方法を探してあげてください。このままでは、優香さんが壊れてしまいますよ」
「……はい。それは、一度病院で診てもらったからと言って安心していた俺にも問題はありました。違うところに付き添いで連れて行きます」
「それだけでは足りないかも、と思ってあげてください。僕たちは帰ります」
竜崎さんがそう言ったので、私もカバンを持って帰る準備をする。だが優香さんが泣きそうになりながらこちらを見てきたので胸が苦しくなった。でも、家族の反対があるのに調査を続行するわけにはいかないのだろう。訴えられたりしても大変だ。
足を踏み出した竜崎さんだが、何かを思い出したように振り返って幸太郎さんに尋ねる。
「すみません、最後に一つだけ。正直に答えてほしいのですが、幸太郎さんは昔から自分が異常に運がいいなとか、そう感じたことはありませんか?」
「……いえ、ごく普通の人生を歩いてきたつもりです」
「わかりました。ありがとうございました」
竜崎さんはそうお礼を言うと、あっさり会話を終えて外へ向かって行ってしまった。私は最後にちらりと優香さんを見て、泣きそうになっている彼女を見て苦しくなる。
あまり勝手なことは言わない方がいい、とわかっていたが、我慢しきれず幸太郎さんに言う。
「幸太郎さんの気持ちも凄く分かります……でも、優香さんが本当に苦しんでるってことも分かってあげてください。私たちじゃなくてもいいです、誰かプロに頼んで、必ず優香さんを助けてあげてください」
そう言うと、彼はどこか困ったような複雑な顔をした。私はそれ以上は言わず、黙って竜崎さんの後を追った。




