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可能性




 その日はとりあえず家に帰り、私はスーパーに行ったりして生活の準備を整え、翌日にまた優香さんに会いに行くことになった。昨日は幸太郎さんが予想外のところで帰ってきてしまい、調査が中断してしまったので、今日こそは進展が欲しいと意気込んでいる。


 また竜崎さんの車に揺られて三人で黒い家に向かい、幸太郎さんの車がないのを確認した後、駐車してインターホンを鳴らすと、すぐに優香さんが現れた。


「おはようございます!」


「おはようございます」


「昨日は本当にすみませんでした……!」


「いえ、よくあることなので」


 優香さんに促され、またあの家に入る。家自体には何も変化はなく、やっぱり黒い物におおわれている嫌な場所だった。


 私たちはリビングに入り、優香さんにお茶を頂く。リビングは、すっかり元の黒い場所に戻ってしまっていた。いつも通り竜崎さんと祐樹さん、その向かいに私と優香さんが腰かけると、優香さんは再度頭を深々と下げた。


「せっかく来ていただいたのに、本当にすみません。夫の帰宅はいつも夕方なのに、昨日はたまたま早く帰ってきたみたいで。どうやら、私が体調を悪そうにしているから心配してくれたみたいなんですが」


「そうだったんですね。優しいじゃないですか。こちらこそ、またお時間を頂き申し訳ありません。なかなか調査も進んでいないのに――」


 竜崎さんが話しかけたところで、ぱっと優香さんの顔が明るくなった。


「昨日竜崎さんたちが帰られた後、ちっともおかしな影とか視線を感じなかったんです! それに夜もぐっすり眠れて、悪夢も見なかったし……頂いたヒトガタのおかげだと思うんです! ただ、こんな風になってしまって……」


 優香さんはそう言うと、ポケットからあのヒトガタを取り出した。テーブルにそっと置かれたそれを見て、私たちは三人息を呑む。


 ピンク色のヒトガタは、ところどころ真っ黒に染められていた。


 まるで焦げたような状態に見える。鮮やかだったピンク色は別ものになり、どこか禍々しさを感じる風貌を遂げていた。ヒトガタから、苦しいという声が聞こえてくるような錯覚に陥る。それぐらい、これは普通の状態ではない。


 私と祐樹さんはゆっくり竜崎さんに視線を集めた。彼は少し顔を強張らせながら黙り込んでいる。


 ヒトガタは呪詛に対して反応するものだ。でも昨日、私に付いてきたことにより呪詛の可能性はなくなったはずだった。でもヒトガタがこんな形になってしまったということは、間違いなくここには呪詛がかけられているということになる。


 しばし沈黙が流れた後、竜崎さんが声を絞り出す。


「……優香さん。実はこれは、ただのお守りではないです。呪詛からあなたの体を守る……というより、あなたの身代わりになってくれるものです」


「呪詛?」


 明るかった優香さんの表情が固まった。彼女も名前くらいは聞いたことがあったのだろう。


「はい。つまり、誰かがあなたを呪っている」


 優香さんの顔が一気に青ざめた。目を見開き、唇を小さく震わせ怯える。私は彼女の背中に手を置いて必死に慰める。


「びっくりですよね、でも大丈夫ですよ……!」


「そんな……一体、どうして……」


「正直なところ、他にもいろいろと問題はありそうですが、まずは呪詛の方を解決しましょう。優香さん。こういったことをしそうな人間に心当たりはありませんか? 呪いたいと思うほどあなたを憎んでいそうな人物です」


 竜崎さんは鋭い声でそう尋ねる。優香さんは俯いたまま、必死に考えているようだ。


 祐樹さんが助言するように言う。


「ちょっとしたことでもいいですよ! 敵意を感じるなーとか、昔何かで揉めたことがあるなあとか」


「……あ、そ、そういえば」


 優香さんが何かを思い出したように呟く。


「以前、幸太郎がバレンタインに、職場の女の子からチョコレートを貰ってきたことがあるんです……職場でよくある義理チョコかと思っていたんですが、幸太郎曰く、彼にだけ渡してきたみたいで。その後も、やけに距離が近い気がする、と漏らしていたのを覚えています」


「つまり、幸太郎さんのことが好きかもしれない?」


 私が尋ねると、優香さんは控えめに頷いた。


「もしかしたら私の思い過ごしかもしれません。最近は訊いても、幸太郎は何もしてこなくなったと言っていたので……もしかしたら、と思いまして」


「いえ、重要な情報です。その人の名前などはわかりますか?」


「確か、真栄田さんという名字で……下の名前まではさすがに、すみません」


「十分です。他には?」


 優香さんはまた考え込む。私はその横顔を見守りながら、彼女がどこか葛藤しているような表情に見えたので不思議に思った。言おうかどうしようか迷っている? でも、こんな時になぜ。


 それは竜崎さんも感じ取ったようで、彼はついに厳しい声を出した。


「隠し事をされては何も進めません。昨日も、男性について伺った時に何か考えていましたよね?」


「えっ……お見通しだったんですか」


 優香さんは苦笑いし、観念したように小声で話し出す。


「その、隠していたというわけではないんです。ただ、昨日言わなかったのは無関係だろうなって思って……男性の霊、と言っていましたが、相手は生きているので。実は私が幸太郎と結婚する前、彼の親友に思いを伝えられたことがあったんです。とても熱心に好いてくださって……元々、幸太郎と三人で親友みたいに過ごしていたので驚きました。もちろん、お断りしたんですが」


「つまりは三角関係だった?」


「……そうなりますね。あれ以降連絡も取ることがなくなって、今どこで何をしているのかわかりません。でも、呪うなんておかしいと思うんです。おかしなことはここ最近起き始めたことなんですから。告白されたのなんて、かなり前のことで――」


「恋愛関係で拗らせた人間は、ふとした時に昔の事を思い出して逆上することもありますよ。調べて損はありません」


 竜崎さんがきっぱり言ったことで、優香さんは黙った。昔は仲が良かった親友だったので、そんな人が自分を呪っているとは思いたくないのだろう。



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