指輪
「アリス、学園に入る前に、これをあげる」
ハースが差し出したものに、アリスは首をかしげる。
「指輪?」
装飾品ではあるが、まだ夜会にも行かないアリスは身に付けることはない。
「俺の前世の国では、結婚を約束した相手に指輪をあげるんだ」
「ふーん」
馴染みのない風習に、アリスは不思議そうに指輪を見る。
「これを左の薬指につけておいたら、絶対悪役令嬢にならずに済むから!」
ハースはそう言ってアリスの指に指輪をつける。
「……ブカブカ」
「指に入らないといけないと思って大きめの買うんじゃなかった!」
ハースが頭を抱える。
アリスはふふ、と笑う。
「どうせ学園では指輪つけてはいられないんだし、紐に通して首からかけておくわ。魔除け、みたいなものでしょう?」
アリスの言葉に、ぱぁ、とハースが笑顔になる。
「そうだね! お守りみたいなものだから、その方がいいね!」
「でも、本当に悪役令嬢って言われる日が、来るの?」
小さい頃から口酸っぱく言われていたが、未だにアリスは半信半疑だった。
「絶対来る! もう、市井にいるヒロインは見つけたんだ! だから、間違いないよ!」
「そう、なの……」
アリスの顔が曇る。
自分が悪者になるなんて、嫌だった。
「俺が絶対アリスを悪役令嬢になんてさせないから! だから、心配せず俺に任せて?」
アリスは一生懸命なハースが、ちょっと頼れる気がして頷いた。
*
アリスはベッドに横になると、首から下げている指輪を取り出す。
試しにつけてみるが、3年たった今も指輪は緩かった。
それでも、魔除けの効果は確かにあったのかもしれない。
アリスは悪役令嬢にならずに済んだ。
コンコン。
窓が叩かれる。きっとハースだろうと思うが、こんな夜に寒いなか歩いてきているのは、ちょっと心配だった。
「ハース、寒いでしょう?」
窓を開けると、息が白く上がった。
だが、当のハースは嬉しそうに笑っている。
「どうして笑っているの?」
「だって、アリスが心配してくれるんだ! 喜ぶしかないよね!」
ハースはアリスがハースのためにちょっとしたことをするだけで大喜びしてくれる。
「で、アリス。12月25日は、前世にいた国では、大好きな相手にプレゼントを渡す日なんだ」
「ありがとう、ハース、でもまだ24日よ?」
アリスは間違っていない。だがハースは首を横にふった。
「大まかにいって、25日に間違いないんだ! 前世の国はそうだった!」
アリスはよくわからなくて肩をすくめる。
「でも、私は何もプレゼントを用意してないわよ?」
「それはいいんだ。俺の国の風習だから」
「指輪と一緒ね」
アリスの言葉に、ハースが目を見開く。
「どうかした?」
アリスは首をかしげる。
「どうして、プレゼントの中身がわかったんだろうと思って! これってもう、以心伝心できるレベルまで来たってことだよね!?」
「えーっと、違うわ。さっき、もらった指輪を指にはめて見たから思っただけ」
「そうか。その指輪とこの指輪を替えてほしいんだ」
ハースが出した指輪は、紐に通している指輪と同じように見えた。
「どうして?」
「その指輪、まだブカブカだろう?」
「そうだけど……この学園生活を無事に終わらせるために大切なお守りだったから、これも持っておくわ」
ハースの顔が、嬉しそうにはにかむ。
「じゃあ、この指輪、とりあえず指につけさせてくれないかな?」
アリスはコクリとうなずくと、左の薬指を出した。
ハースがそろそろとつけた指輪は、ピッタリだった。
「メリークリスマス!」
「めり、くり?」
首をかしげるアリスに、ハースが笑顔を見せる。
「幸せを祈る言葉だよ。僕らの未来も幸せでありますようにってこと」
「そう、なの?」
「俺がそう思ってるんだから、それでいいんだよ」
どうやら本来の意味とは違いそうだが、ハースがそれだと言っているので、きっとそれでいいんだろう。
「あ、ハース。私も今あげれるプレゼントがあったわ。ちょっと目をつぶっていてくれる?」
ハースは嬉しそうに目をつぶった。
ハースの唇に、柔らかい感触が触れた。
パッと目を開けると、目の前のアリスが赤い顔をしている。
「ありがとう! 最高のプレゼントだね!」
ハースが満面の笑みになる。
「おやすみなさい」
アリスが恥ずかしそうに告げた。
「うん。アリスもいい夢を!」
アリスは恥ずかしくて仕方なかった。自分でもどうしてあんなことをしたのか、よくわからなかった。
でも、幸せな時間が共有できた気がした。




