後日談:The day when the light ceased
七夕まつり、盆休みが終わり、8月も折り返した最初の金曜日。
「はっ……支倉瑞希です!! 改めて、宜しくお願いしますっ……!!」
瑞希が正式に、『仙台支局』の所属となった。それに伴い、机の配置換えが実施されることに。
これまでは政宗が全体を見渡すように一番奥に配置されており、凸型になるようにユカと統治が向かい合って配置されていた。華蓮の机はユカと政宗の隙間に簡易的なものが置かれていたのだが、これを機に他のメンバーと同じ形のものに統一されることに。
政宗を奥に置くことは変わらず、政宗から向かって右側に華蓮、左側に瑞希。華蓮の隣にユカ、瑞希の隣に統治がいる。華蓮以外の4人と仁義、駆にも手伝ってもらい、机や機材の搬入・設置を完了させたところだ。
時刻は15時を過ぎた頃。力仕事を終えた統治がパソコンやサーバーのセットアップを実施し、駆が電話のため外に出ている中、ユカと仁義が応接用のテーブルを使って全員分のお茶とお菓子を用意していると……衝立の向こうから、蚊の鳴くようなボリュームの悲痛な声が聞こえてきた。
「さっ……佐藤、支局長……な、何ですか、これはっ……!!」
気になったユカと仁義が思わず覗き込むと、ビジネスカジュアルの瑞希が、同じくノーネクタイの半袖ワイシャツにスラックスという出で立ちの政宗の横に立ち、スマートフォンの画面を見てプルプル震えていたのだ。
おそらく、スケジュール共用のアプリケーションで、政宗の月曜日の動き方を確認していたのだろう。彼女は今後、政宗のスケジュール管理も任されることになるのだ。彼が普段、どんな働き方をしているのかを知っておくのは基本の基本である。
と、いうわけで瑞希のスマートフォンにも統治が開発したアプリケーションが入り、全員のスケジュールを見ることが出来るようになったのだが……政宗の仕事量を目の当たりにした瑞希が、顔面を白くしてプルプル震えだしたのだ。
予想外の反応に政宗は戸惑いつつ、とりあえず彼女の疑問に答えることにする。
「え? 俺の週明けのスケジュール――」
「――無理です無理です何ですかこれっ!! どこで休憩取るんですかぁっ!! あと、9時半に1件終わって9時35分から2件目ってどういうことですか!? 前の案件が長引いたらどうするんですか!!」
「だ、大丈夫だよ。月曜日の1件目は既存で慣れてるお客さんだし……」
「それでもですよ!! こんなの5日間も続けてたらお休みする暇がないじゃないですかぁっ!! 佐藤支局長が倒れたら、皆さん心配するんですよ!!」
「そ、そう……?」
瑞希の必死の訴えに、政宗がキョトンとした表情で頬をかいた。ユカと仁義はそっと衝立の側から離れると……瑞希に聞こえないように小声で会話をする。
「あたし達……政宗はあんなもんだと思って、特に何もしとらんかったよ……」
「そうですね……支倉さんをきっかけに、政宗さんも少しは楽になるといいですけど」
仁義がそう言いながら、麦茶の入ったカップの数を確認する。そんな彼を見ながら、ユカは「そういえば」と思いだしたことを口にした。
「高校の編入試験、合格したんやったよね。おめでとう。9月から名波君の先輩やね」
「ありがとうございます。学年では先輩なんですけど、実際は後輩みたいなものですから……」
少し照れたように笑う仁義は、8月頭に受験した仙台の高校の編入試験を無事にパスすることが出来た。8月最終週から晴れて仙台の高校生である。
その高校には蓮が1年生で通っているので、2年生の仁義は先輩にあたるのだ。今後、学校での接点も増えるかも知れないが、蓮はこの仙台支局には『華蓮以外での立ち入りが許可されていない』ので、夏休みがあけると、蓮は再び学校終わりの早着替えでバイトをすることになるのだろう。
盆休み直前、櫻子の頼みもあって、透名総合病院に入院している子ども向けに演劇をやる機会があったのだが、彼は無理難題な主役を才能と根性で演じきった。思わず政宗が彼の頑張りを少し見直したくなってしまうほどに。
そう、蓮はとても真面目で……時に、逆境に対して驚くほどの強さを発揮することはある。そんな彼に奇襲されたのが、春直前の『仙台支局』なのだ。彼が今『片倉華蓮』として女装して働いていることも、その事件に対するペナルティの一つである。
自業自得とはいえ大変だなぁと思っていると……外から駆が戻ってきた。その手には先程持っていなかった茶封筒を持っており、表情が少しだけ険しい。
ユカと仁義の視線に見送られた駆は、真っ直ぐに衝立を越えて政宗の方へ向かった。
「政宗さん、ちょっといいですか?」
彼の声のトーンで真面目な内容だと察した政宗と瑞希が表情を引き締める。近くで作業をしている統治も、手を動かしながら話には耳を傾けていた。
駆は持っていた封筒からクリアファイルを取り出すと、席についた政宗の机上に置いて、用件を伝える。
「お盆前に頼まれていた身元照会が終わりました。この少年だと思いますよ」
「ありがとう。助かるよ」
政宗は机上にあるファイルから中身を引っ張り出すと、ざっと内容を確認した。
添付されている顔写真は、先日、七夕まつりの最終日に政宗が『関係縁』に触れただけで消えてしまった少年と同じもの。写真の中は生前の彼なので、あの時見た顔よりも表情が明るい。
政宗は名前や年令などの個人情報を確認しながら……最も知りたかった『死因』のところで目を留めると、自分の予想が間違っていなかったことに、一度、長く息を吐いた。
そして……ポツリと、その名を呟く。
「やっぱり彼、あの災害の時――名波華さんと一緒にいたんだね」
名波華。
統治の父親の弟の娘、という名杙直系でありながら、色々なことが重なって本家の家系図から抹消され、分家であり母親の実家でもある名波家で育ってきた女性だ。
そして、4年前の災害で……近隣住民を避難所に誘導したのだが、その避難所ごと津波で流されてしまい、彼女の行動に賛否両論が巻き起こった人物でもある。
その名前を聞いた統治が、思わず顔を上げて立ち上がった。ユカもまた衝立の向こうから小走りで合流すると、政宗が持っている書類を覗き込む。
駆が持参したその書類は、新聞社が独自にまとめたものの一部。あの災害で亡くなった人の情報が記載されており、先日の彼もその中の1人だったのだ。
「お姉さん……知らない?」
「お姉さん?」
「うん。僕と……この間まで、一緒にいてくれ、た、お姉さん。手を、つないで……くれて、公民館、か、ら、走って……怖くないよ、大丈夫だよって……」
ユカは少し顔をしかめて、先日、政宗が彼と交わしていた会話の内容を思い出す。
あの時彼が語った『お姉さん』が、名波華だとすれば、彼に残っていた『関係縁』は、名杙直系との縁だ。ましてや彼女は名杙直系よりも更に異質な存在。普通よりしぶとく残っている可能性は十分考えられる。
そして、脳裏に蘇る少年の発言が、もう一つ。
「まさか……こげなところで繋がっとるとは思わんかったね。じゃあ、あの時『弟』って言ってたんは……」
「おまつり……お姉さんも、弟と来たことあるって……話……」
虚ろな眼差しで彼が語った内容を脳内で反すうしていると、ユカの言葉を聞いた駆が、訝しげに首を傾げる。
彼もまた、記者として災害に関する報道は敏感にキャッチしており、華の件も、彼女自身のことも、それなりに知っていた。
だからこそ――こんな言葉が、口をついて出る。
「弟……? 確か、名波華さんに『弟』はいませんよね?」
時刻は少し戻って14時過ぎ、屋外は真夏の太陽が容赦なく地上を照らしており、黙って立っていると汗を吹き出してしまう――そんな、真夏の真昼に。
諸々の経過報告という名目で名杙家に呼び出された名波蓮と伊達聖人は、敷地内を並び歩き、名杙本家を目指していた。
車を停めた入口付近からは、砂利の敷かれた道を5分ほど歩かなければならない。たかが5分、されど5分……真夏の昼間にジワジワと照りつける太陽は、一向にその力を緩めてはくれないのだ。
ポロシャツにチノパンというラフな格好の聖人が、半袖の白いワイシャツとジーンズという格好の蓮に、いつもの調子で話しかける。
「いやぁ、今日も熱いねぇ蓮くん。自分、溶けて消えてしまいそうだよ」
「そうですか。どうぞどうぞ」
「そんな寂しいこと言わないでよ」
といういつものやり取りを続けていると……2人がこれから向かう方向から、1人、男性が歩いてくるのが見えた。
年齢は50代くらいだろうか。少しざんばらの髪に無精髭、着流しの着物を身にまとい、口にはタバコを咥えたまま、コチラへ歩いてくる。
顔が逆光でよく見えないけれど、蓮が知っている人物ではなさそうだ。歩きタバコをする大人は正直好きではないけれど、ここは個人の敷地内なので、蓮が特に文句を言うことは出来ないし、最初からそんなことをするつもりもない。
無言で軽く会釈して通り過ぎようとした聖人の対応を真似して、蓮もまた、彼とは何事もなくすれ違おうとしたのだ。
彼の、言葉を、自分の耳で聞くまでは。
「――やぁ、名波蓮君。『娘の』華が、随分お世話になったそうだね」
場所と時間は戻り、『東日本良縁協会仙台支局』にて。
駆の指摘に口をつぐんだユカは、「そういえばそうでしたね」と曖昧に言葉を濁しつつ……書類から目を逸らした。
華と蓮は姉弟のように過ごしていたが、実際はただの親類だ。華の本当の弟は名杙桂樹だが、その事実こそ、表には出回っていない。
どうして今になって、華に関する『痕』が出てきたのだろうか。単なる偶然か、それとも――
考えても疲れるだけで何も分からない。ユカはこめかみを押さえて頭をふった。その様子を見ていた瑞希が、オズオズとユカに問いかける。
「山本さん……お疲れですか?」
この言葉に、全員の視線がユカに集まる。特に政宗が険しい表情で自分を見ている事に気づいたユカは、努めて明るい声を出しながら苦笑いを浮かべた。
「んー、なんかちょっと、目の奥の疲れが取れにくくて……福岡ではここまでデスクワークをやってこなかったので、その疲れだと思います。支倉さんが入ってくるの、待っとったんですよ」
「そ、そうなんですね……!! ご期待に添えられるよう頑張りますが、山本さんも無理はしないでくださいね」
「はい、ありがとうござ――」
ユカが笑顔でそう言った、次の瞬間。
彼女の目の奥で――糸が一本、プツリと切れたような、そんな強烈な違和感があった。
そして――世界から、光が、全てが、消える。
「……え?」
急に光を、全てを無くした世界に、ユカは息を飲んで両手を震わせた。
震えているのはよく分かる。だって、自分の体なのだから。
ただし――自分の両手を見下ろしても、何も、見えない。
音は聞こえる、嗅覚も触覚もある。ただ……視覚がない。
現実を理解した鼓動が、急激に早くなった。
自分の体に……一体、何が起こっている?
「嘘……」
ポツリと呟いた瞬間、誰かに肩を叩かれた。唐突な刺激に心臓が飛び出すような驚きを感じて、全身が大きくビクリと反応する。
「ひゃっ……!!」
「おい、ケッカ……お前……!!」
その声で、目の前にいるのが政宗だということは分かった。しかし、彼の顔を見ることは出来ない。
――否、顔が、見えないのだ。
「ケッカ、俺のことが見えてるか? ケッカ?」
政宗が意識してはっきり言葉を発すると、ユカがその声のする方へぎこちなく手を伸ばした。
しかし、その指先は完全に迷っている。政宗を見るユカの黒目は光を無くし、一切の焦点が合っていなかった。
「政宗……そこに、おると?」
「っ!!」
この反応で確信した。
今のユカには――世界が、何も見えていない。
政宗の脳裏に、10年前の苦い思い出が蘇る。
目の前で倒れた彼女に、何も出来なかった……その時のことを思い出し、体が、意識が、硬直した。
――どうして君だけ、こんなことに。
後悔が、募る。
やはり彼女を外にだすべきではなかった、全てが落ち着くまで、どこかに隔離しておくべきだったのに。
政宗は反射的にユカの手を掴むと、そのまま力任せに彼女を抱きしめた。
こうしないと、彼女が消えてしまいそうな気がしたから。
なりふりなんて構っていられない。ユカの存在を繋ぎ止めたくて腕に力を込める。
震える彼女が自分を探しているのに、自分の方を見ていない、そんな姿を……見たくなかった。
「何でだよ……お前、どうしてそんなに無理して……!!」
「……」
違うと伝えたかった。けれど、今の自分は、ここ数週間の様々な違和感が積み重なってこんなことになってしまっている。今は何を言っても言い訳にしかならない。
――悔しい。
何も分からないことが。
彼を悲しませてしまったことが――悔しい。
自分のシャツを握る指が白くなっていることに気付いた政宗は、我に返って腕の力を少し緩めた。そして彼女の耳元で「大丈夫だ」と一度だけ呟くとそして統治を見据え、懇願するように指示を出す。
「統治……伊達先生に、伊達先生に連絡してくれ。ケッカの目がオーバーヒートしてやがる……!!」
「分かった。山本の『縁』で異常が発生している場所が分かれば教えてくれ」
「ああ」
政宗はとりあえず腕を解いた後、ユカをゆっくり誘導して自分の席の椅子に座らせた。
そして、突然の事態に狼狽する瑞希と困惑する駆を見つめ、買い出しを頼む。
「支倉さん、駆君……悪いけど、薬局でアイマスクを買ってきてくれないかな。保冷でも保温でもどっちでもいいけど、無香料のものを3箱ほど。あと、ケッカが食べて喜びそうなお菓子も、エスパルあたりで見繕ってきて欲しいんだ。領収書、忘れないでね」
唐突な指示に困惑する瑞希に代わって、駆が「分かりました」と端的に返事をする。彼が2人にこの場から出ていって欲しいと思っていることを、すぐに察したから。
「ミズ、行こう」
「う、うん……」
慌てて自席に置いた財布入りのカバンを取った瑞希は、政宗へ向けてペコリと一度礼をした。そして、駆の後について事務所を出ていく。入れ違いで仁義が近づいてくると、膝をついてユカの右手を握っている政宗の隣に立ち、膝をついて視線を合わせた。
「政宗さん、山本さんは……」
「……仁義君、確か過去に『縁』が見えなくなったことがあったよね? その時、視力そのものが奪われたりした?」
仁義は、4年前の災害の時……ひたすらに『遺痕』への対応を続け、一時的に『縁故』としての能力が喪失した経験がある。
その時は政宗が聖人から聞いたアドバイスに従って対応することで解消出来たが……それも、それなりの時間を要した。
そして、その時は……こんなに状態が悪いわけではなかった。
「そうですね……最初の時は視力そのものが低下した感覚はありましたけど、失明状態までは……」
「だよね……とにかく伊達先生に診てもらわないとな」
色々考えても同じ結論に達してしまう。政宗は観念して肩をすくめると、ユカの手を握ったまま、彼女に向けて問いかけた。
「ちょっと、『縁』の様子を見ておきたい。帽子、外すぞ」
「……分かった」
距離感が上手く掴めないユカに代わって、立ち上がった政宗が彼女の頭から帽子を取り去る。そして、瞬きをして――視界を切り替えた。
一方、2人の足音が遠ざかったことを確認した統治が、自分のスマートフォンから聖人に電話をかけるが……普段、何事もなければ3コール以内に出てくれる彼の応答がない。3回かけなおしてみたけれど、全て同じ結果だった。
今日は仕事だったかもしれないと思案した統治が、櫻子に彼の所在を聞いてみようかと思った次の瞬間……今日は聖人と蓮が名杙家に出向する日だったことを思い出した。もしかしたらそれが長引いているのかも知れない。
統治は思案した後、母親・名杙愛美に取次を頼むために電話をかけた。時は一刻を争うのだから。
母親のスマートフォンに電話をすると、2コール目で反応があった。
「――もしもし、統治、どうしたの?」
電話の向こうにいる愛美の声には、珍しく若干の焦りが感じられる。統治は訝しげに首を傾げつつ、こちらの動揺は悟られないように意識して声を作った。
「母さん、今日、そっちに伊達先生がいると思うんだが……至急取次を頼みたい。伊達先生の携帯電話が通じなくて困っているんだが、名波君に関する報告は、まだ時間がかかりそうなのか?」
「伊達先生……!?」
電話の向こうにいる愛美が、とても困惑した様子で言葉を選んでいるのが分かる。
嫌な予感が、した。
根拠は何もない。ただ、強烈に――嫌な予感が膨らんでいく。
「母さん……何かあったのか?」
統治の言葉に、愛美は静かに息を吐くと……どこか疲れた声音で、少し前に発生した『事件』を、端的に語った。
名杙にやってきた名波蓮が、名杙慶次を殺そうと襲いかかって、名杙から拘束されたこと。
そして、その場に居合わせた伊達聖人にも連帯責任が課されるため――今日は恐らく連絡がつかないだろう、ということを。
これで第5幕も完全に終わって……ないですね!!
驚くほど終わってないですね!! ですが、物語としては一旦ここまででございます。
ちなみにこの蓮に関する一悶着、既に外伝で結末まで書いております。(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/11/)
そのため、第6幕ではこの外伝の詳細までは書きませんので、お時間ある時に読んでいただければ幸いです!!
さて……長々と書いてきました第5幕も、これで本当に終わりです。トータル39話は第3幕と並びましたね。あぁ良かったなんとか完走出来た……!!
セレナを中心に、恋愛ばっかり書いていたエピソードでした。統治と櫻子も付き合いだして良かった本当に良かった。セレナも駆で救済出来て本当に良かったです。
第5幕は上記のように人間関係を整理するエピソードの集まりだったかもしれません。特に統治と櫻子は時間がかかってしまいましたが……その分じっくり距離を詰めてくれたと思うことにします!!
次なる第6幕は、蓮と華の名波姉弟がピックアップされます。実際の姉弟ではないんですけどね……あ、ユカに発生した問題も忘れずに解決したいと思います。(忘れないで)
コレまでとはちょいと毛色が違った……かもしれない第5幕、少しでも楽しんでいただけたのであれば嬉しいです!! お付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました!!
それでは次回「エンコサイヨウ第6幕:絆」でお会い出来ることを祈って……!!
このあとがきを書いているのは2018年年末です。リアルタイムで追いかけてくださった皆様、良いお年をお迎えください。




