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エピソード7:フタリボシの告白④

 40分程度のプログラムの上映が終わった時、時刻は20時を過ぎていた。

 中からゾロゾロと出てくる人々と共にオープンスペースへ戻ってきた2人は、互いに顔を見合わせて……笑顔を交換する。

「駆っち……私の顔、ひどくなか?」

「へっ!? いや、普通に可愛いと思うけど!?」

「そ、そうじゃなくて……もう、そうじゃないんよぉ……」

 セレナの質問に対して絶妙にズレた答えを返す駆に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 こんなに真っ直ぐな好意を向けられたことなんか、今まであっただろうか。

 彼の言動は予測できなくて、その都度毎回真っ直ぐに自分を射抜こうとしてくるから……本当に強いなぁ、と、肩をすくめるしかないのだ。

 次の瞬間、駆は不自然に「あ!!」と声を上げた後、「ちょっと待ってて!!」と、セレナをこの場所に留まらせる。何だろうとセレナが目線で彼を追いかけると……駆は奥にある売店へと足早に近づいていき、店頭をぐるりと一瞥した後……すぐにスゴスゴと戻ってきた。

 先程までの勢いはどこへ行ってしまったのか。セレナが何事かと彼を覗き込むと、顔を上げた駆が、申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせる。

「セレナちゃん、ごめん……アースキャンディ、売り切れてた」

「アースキャンディ?」

 聞き慣れぬ固有名詞にセレナが首をかしげると、駆はスマートフォンを操作して、とある画面をセレナに見せる。

 そこには彼がウェブ検索した画像が表示されており、綺麗な青いキャンディーに、雲を表現した白い模様が入っている。まるで手の中に小さな地球があるかのような精巧な作りに、セレナも思わず画面を覗き込んだ。

 そして、顔を上げて……売店を見つめ、「なるほど……」と理解を示す。

「画像で見るだけで気になるけんね。今日は時間も遅かったし……しょうがなかよ」

 このアースキャンディは、仙台市天文台でも屈指の人気アイテム。日々補充をしていたとしても、今の時間には売り切れてしまうのもしょうがないと思う。

 しかし、駆はどこか納得出来ていない表情でスマートフォンを片付けつつ、こんな妥協案を提案した。

「政宗さんに頼んで、いずれ福岡に送ってもらうね」

 しかしセレナは彼の言葉に首を横に振ると、提案を断られて狼狽する駆を見つめ、その理由を告げる。

「わざわざそげなことせんでよかよ、駆っち。またいつか……今度はもっと早い時間に一緒に来て、その時買えばよかやんね」

「へっ!?」

 セレナからの意外過ぎる提案に、駆が目を見開いて「そ、それはつまり……」と未来の皮算用を始めると、彼女はそんな様子を楽しそうに笑って、少し下から上目遣いで彼を見上げた。

「さて、駆っち……これからどげんするとですか?」

「そ、そうだね……とりあえず、お腹空いたとは思うんだけど……」

 駆はそう言って、どこかきまりが悪く視線をそらした後……セレナを見て、申し訳なさそうに提案した。

「実はもう、この周辺から仙台に出てるバスがなくてさ……電車を使って仙台まで戻らなきゃいけないんだ」

「あらら……そうなんやね」

「駅までタクシーで行って、コンビニで何か買ったりしつつ、仙台に戻ってからちゃんと夕食を食べたいと思ってるんだけど……それでもいいかな」

「了解ですっ!! じゃあ、早速移動しよう!!」

 駆の了承を二つ返事で引き受けたセレナは、まずはタクシーをつかまえるため、出口へ向けて歩き始める。そんな彼女に呆気にとられた駆もまた、我に返って後に続いた。


 天文台の入り口に居合わせたタクシーに乗り込んだ2人は、仙山線の愛子(あやし)駅までやって来た。時刻表で電車の時間を確認すると、あと15分ほど。少し離れた大通りのコンビニへ行って戻ってくるには、若干微妙な時間でもある。

 駅員もおらず、他に乗客もいない駅の待合室。ベンチに腰を下ろしたセレナの前に立ち、駆が壁にかけられた時計を見上げた。

「セレナちゃん、どうする? 俺が走って何か買ってくる?」

 その問いかけに、セレナは首を横に振る。

「自動販売機で飲み物だけ買っとこうかな。駆っち、仙台で何食べると?」

 この問いかけに、駆は目を泳がせつつ……苦笑いでセレナに尋ねた。

「ど、どうしよう……何か食べたいものある?」

 駆自身も、彼の地元は石巻のため、仙台の飲食店には明るくない。ましてや女性と2人で行けるような場所の情報も特に持ち合わせていない。

 セレナであれば、ファーストフードでも笑顔で了承してくれそうだとは思うけれど、これだけ振り回しておいてそんな終わり方をするのは申し訳ないとも思う。

 いつもであればこんな時は、政宗に助けを求めるところなのだが……今日、セレナは政宗にフラれたばかりだ。彼女を悲しませた人物の助けを借りるのも……今は少し、気が引けてしまったから。

 とはいえ何も浮かばない。とりあえず自動販売機に行くことを決めた駆は、セレナの希望を聞いてその場から離脱。フラフラと自動販売機の方へ歩いていく。

「……あ、そうだ」

 何かを思い立ったセレナは、カバンの中から財布を取り出した。そして、その中から名刺を1枚取り出すと、そこに記された番号へ思い切って電話をかける。

 2度の呼び出し音の後――電話が繋がる、ブツリとした音が聞こえた。

「――はいもしもし、江合です」

 電話越しに聞こえてきた女声は、昨日の夜聞いた声。セレナは一度呼吸を整えた後、意識して口角をあげると、ワントーン明るい声で言葉を紡ぐ。

「あ、もしもし、突然スイマセン……昨日、『仙台支局』でお会いしました、福岡の橋下ですけど……」

 こう名乗って様子を伺うと、電話の向こうにいる女性――江合なるみが、すぐに明るいトーンで切り替えしてくれた。

 なるみであれば仙台に明るいので、今からでも十分楽しめそうなオシャレなお店に詳しそう。そんな当たりをつけたセレナは、思い切って、昨日もらった彼女の名刺を頼りに連絡をとってみたのである。

 忘れられていたらどうしよう……と、少し焦っていたことは事実だが、なるみはすぐにセレナを下の名前で呼んだ。

「あぁ、セレナちゃんこんばんは。昨日はありがとう」

「こちらこそありがとうございました。なるみさん、今大丈夫ですか?」

「えぇ大丈夫。むしろ……すっごく丁度いいタイミングかも」

「すっごく丁度いい……?」

 なるみの言葉にセレナが首を傾げると、彼女は電話の向こうで楽しそうに笑った後……自分と一緒にいる、意外な同伴者を告げる。まさかそこに彼らがいると思っていなかったセレナは、口をぽかんとあけたまま……とりあえず、あと1時間後くらいに合流しても良いかを確認した。

「私も駆っちも、ちゃんとご飯食べれてなくて……そっち、空いてますか?」

「2人くらいなら問題ないわよ。分かったわ、じゃあ、場所をメールで『送ってもらう』から、何か分からないことがあったら連絡してね」

「はーいっ、ありがとうございますっ!!」

 明るいトーンでセレナが電話を切った頃、缶コーヒーと缶紅茶を買った駆が戻ってくる。

 そして、セレナに紅茶を渡しながら……電話の相手を問いかけた。

「セレナちゃん、電話?」

「そう。駆っちはなるみさん知っとる? ムネリンの元カノの江合なるみさん」

「あ、うん知ってる元カノ!?」

 次の瞬間、駆は目を見開いてコーヒーを落としそうになり、慌てて握り直した。一方のセレナは「軽率に余計なこと言ったかな……」と内心で反省しつつ、缶のプルタブを開ける。己を落ち着かせた駆もまた、セレナの隣に腰を下ろして……缶コーヒーを開けると「そうだったんだ……」とボソリと呟いた。

「やっぱ政宗さんはモテる人だなぁ……あ、それで江合さんがどうかしたの?」

「昨日会った時に、名刺をもらってて……仙台のお店でオススメはないですかって聞いてみたの。そしたら今、一誠さんや瑠璃子さんと一緒にお酒を飲みながら食事してるって話を聞いて……」

「えっ!? どうしてそんなことに!?」

「そこまではまだ聞いとらんっちゃけどね、とにかく、そこに私と駆っちも入れてもらえることにしたっちゃけど……それでよか?」

 セレナの問いかけに、駆は「勿論、むしろありがとう」と笑顔で謝辞を述べた後、缶コーヒーを飲んで一息つく。

「じゃあとりあえず、仙台まで行っていいんだよね」

「うん、お店の場所は瑠璃子さんからメールで……あ」

 会話の途中でセレナの携帯電話が振動し、内容を確認した彼女が、駆にその画面を見せた。

「駆っち……ここ、分かる?」

 画面を確認した駆は、自信に満ちた顔で首を縦に動かした。

「うん、目の前の方だね。了解、そこまではしっかり案内出来るから」

「ムフフ、頼りにしとるけんね」

 セレナは彼に笑顔を向けた後、缶紅茶を一口すすった。そして……長く息を吐いてから、隣に座る駆を見やり、少し躊躇いがちに口を開いた。

「駆っちも……あの時、星空を見たと?」

 先程見たプログラムに起因する話だということに気付いた駆は、一度、静かに頷いた。

「うん、俺も……あの日の夜、避難所が窮屈に感じて、外に出てさ。何の気なしに空を見上げて……驚いたんだ」


 その日――故郷が死滅した日、石巻は全ての電気系統が駄目になっていた。

 非常電源も津波の海水で駄目になったものが多く、使えたのはほんの一握り。でも、それらは官公庁や病院が使っており、一般の人が集まる間に合わせの避難所には行き渡っていなかった。


 昨日まで当たり前に見ていたテレビも、インターネットで世界と繋がっていたスマートフォンも、全て、使えない。マンガ本やポータブルゲーム機等を持ってくる余裕などもなく、圧倒的に情報が足りない中……自宅を追われ、寄せ集められた人々は……パーソナルスペースもなく、明日に、未来に怯えていた。

 貴重品は手放せない、家族が行方不明の人も多い。そんな……緊張感で息が詰まるような空間に耐えられず、駆は両親に断って外の空気を吸いに出た。


 入り口に追いてある、非常用のランタン。その明かりを頼りに外に出ると……文字通りの真っ暗闇が駆を出迎える。

 今までに見たことのない漆黒の世界に、思わず、背筋がゾクリと震えた。


 世界が、こんなに暗かったなんて。

 いつもであれば、24時間可動している製紙工場の明かりや、海の向こうに見える船の明かり、住宅街の明かり……色々な光が集まって、世界を照らしてくれているのに。

 その全てが奪われた世界は、全てが暗くて……遠くで聞こえるサイレンの音が、余計に不気味に感じた。

 しかも、季節は春の入り口。夜ともなると冷え込みが厳しくなる。駆は肺に入ってくる冷たい空気に顔をしかめながら、中に戻ろうかと思って、何となく顔を上げた。

 すると、そこには――


「凄かったんだ。星が落ちてきそう……って表現が合ってるかわからないけど、1つ1つの星が本当に近くて、キラキラ瞬いていて……凄く、綺麗だった」

「そうなんやね」

「あの時は『星が綺麗だったよ』、なんて、言って良いのか分からなくて……結局、誰にも言えずにここまで来たけど、今日、セレナちゃんに聞いてもらえて、見てもらえて、良かったよ」

 駆がそう言って、笑顔でセレナを見つめる。セレナもまた「そっか」と笑顔を返し……心の中に浮かんだ正直な感想を口に出す。

「宮城の星空、すっごく綺麗やった。見せてくれてありがとう、駆っち」

 セレナのその言葉に、駆は静かに頷いて……少し真剣な表情で、彼女を見据えた。

「……少しは、政宗さんが見せた景色を越えられたかな」

「駆っち……?」

「俺、少しは……セレナちゃんの中で、印象に残ることが出来たかな」

 大丈夫だよ、そう言おうとしたセレナは……今の駆が求めている言葉は、そんなことではないということに気付いた。

 今の彼は求めているのは、セレナからの査定。自分が政宗を超えることが出来たのかという評価だ。

 両手に握った紅茶の缶を、反射的に握りしめる。

「私の、中で……」

 こう呟いた瞬間、自分の鼓動が早くなったのが分かった。


 ――俺はですね、セレナちゃんに一目惚れしてしまって……。


 数時間前に聞いた彼の言葉が、脳裏をかすめた。

 ここまでしてもらったことは、とても嬉しい。彼と一緒に過ごす時間も、心から楽しいと思うけれど。

 それは……どうして?

 彼が自分のことを好きだから、都合よく、利用しているだけなんじゃないの?

 一目惚れなんて、見た目から入ったこの恋は――上手くいくの?


 ついさっき失恋したのは、誰?


 生まれた迷いを胸の奥に隠すには、少し、時間が足りなかった。


 次の瞬間、駆はセレナを置いて立ち上がると、戸惑う彼女を見下ろして……笑顔を向ける。

「そろそろホームに行こうか。乗り遅れたら大変だからね」

「あ……」

 何か言おうとしたセレナを遮り、彼はポケットから財布を取り出した。そして、財布の中に入ったICカードを改札の所定の場所にかざして、ゲートをくぐる。そして、戸惑うセレナを見つめ、彼女を手招きした。

「ほらセレナちゃん、行こう」

「あ……うんっ!!」

 セレナも慌てて立ち上がると、彼に倣って改札口をくぐった。そこから彼に追いついたところで、電車がホームに滑り込んでくる。

 仙台と山形を結ぶ仙山線は、4両編成。近いドアから一番後ろの車両に乗った2人は、7人がけの席に並んで腰を下ろし……顔を見合わせて、自然と笑顔になる。

 駆は財布を片付けながら、セレナをからかうように笑う。

「仙台は終点だから、疲れたら寝ても大丈夫だよ」

「寝ないよ。だって……寝たら駆っちと話が出来んやろ?」

 そう言って彼を見つめ返すと、駆が気恥ずかしそうに視線をそらした。そんな彼の反応が面白くて、思わず笑ってしまう。

「ムフフ、駆っちは分かりやすかねぇ……」

「そりゃあ好きな女の子に見られたら誰だってそうなるよ!?」

「好きな……そっかそっか、ムフフ……」

 セレナはどこか満足そうに呟いた後、周囲をキョロキョロと見渡した。車内は閑散としており、人がポツポツと点在して座っている。今、2人の周辺には……誰もいない。


 前に一歩、踏み出せるタイミングがあるとすれば……今かもしれない。

 1つ前の恋愛は、ある程度、結末が分かっていたけれど。でも、今回は――


 頭上に並ぶ車内広告を見ていたセレナは、不意に……隣に座る駆の手をそっと握った。

「っ!?」

 案の定、駆は目を見開いて彼女を凝視して……自分を見る彼女の笑顔に、息を呑んだ。

「せ、セレナちゃん……?」

「ムフフ……顔が赤かよ、駆っち。分かりやすかねぇ……」

「そ、そりゃあ……そりゃあ……!!」

 反論しようとした駆は、ここで自分がどんな言い訳をしても語るに落ちることを悟った。

 セレナはそんな彼を楽しそうに見つめた後……目を細めて、楽しそうに笑う。

「もっと教えて、駆っちのこと。あと、私のことも……色々聞いてくれてよかよ」


 一目惚れに苦い思い出がある今は、目の前の彼をすんなり好きだとは思えない。

 だから、ちゃんと理由を探そう。

 もっと彼のことを知って――ちゃんと、好きになりたい。


「じゃあ駆っち、スリーサイズから言ってみよう!!」

「そ、それって俺が言ったらセレナちゃんも教えてくれるってこと!?」

「ムフフ……どげんやかねぇ。あ、あと、好きな食べものと嫌いな食べ物と、中学校の部活と……」

「ちょ、ちょっと待って覚えられない!! えぇっと、え……俺、体重何キロ? え? 体重ってスリーサイズ? え?」

 矢継ぎ早に問いかけるセレナに、駆が必死で答えを探し続けていると……重ねた手を離す間もなく、電車はあっという間に仙台へ到着した。

 一誠と瑠璃子、なるみの食事会は……ボイスドラマを製作予定です。ので、小説では割愛します!!

 ちなみにアースキャンディってこんなのです。(https://www.starfive.co.jp/cgi-bin/cart/cart.cgi?mode=detail&no=000066)画像検索してみてください。食べるのが勿体無いかもしれません!!

 ムーンキャンディーやジュピターキャンディーとセットで買って帰りたいですね……!!

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