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エピソード6:星に願いを④

3人で一服した後、ユカが「体が冷えたけん、お風呂入ってくる……」と言ってその場から離脱。そんな彼女の背中を見送りつつ、セレナはコーヒーメーカーのコンセントを抜くと、コードをまとめながら首を傾げる。

「中身、捨てたほうがよかやか……」

 コーヒーメーカーの中には、使用済みのコーヒー豆が入ったままになっている。処分して洗って返却したいけれど、果たしてコレは、どこに捨てていいのだろうか。

 3人分のカップや別添のコーヒー豆、スティックシュガーなどをまとめてお盆にのせていた政宗は、「とりあえずそのままでいいんじゃない?」とセレナへ声をかける。

「洗って返したいけど、それが出来る環境でもないからね。返却する時に一言聞いてみるといいんじゃないかな」

「そうですね。じゃあ、ちょっと下まで返してきます」

 セレナは手に持ったコーヒーメーカーをカップと同じお盆にのせて、まとめて持っていこうとしたのだが……彼女が動くより早く、政宗がお盆を持って立ち上がった。

「こっちは俺が持っていくよ」

「よかよ、ムネリン疲れとるし」

「疲れてるのは俺だけじゃないよ。急に仕事をしたのは3人全員だからね」

 だから自分ひとりだけ休めない。言外でそう語る彼にセレナは苦笑いで肩をすくめると、笑顔で隣に並ぶ。

「じゃあ、宜しくお願いしますっ」

「こちらこそ」

 こう言って笑ってくれる彼が、前よりもずっと近いように感じて……心がまた、嬉しくなる。

 セレナが出発しようとした次の瞬間、政宗が「あ、ちょっと待ってて」と言って、持っていたお盆を一度机に戻した。そして、食器類のバランスを整えた後、先程まで着ていたコートを着てから、改めてお盆を手に持って立ち上がる。

「ムネリン?」

 確かに廊下を出てしばらく進むけれど、暖房のきいた室内の移動であることに変わりはない。コートを着るなんて彼は寒がりなのだろうか。

 首をかしげるセレナを笑顔ではぐらかした政宗は「じゃあ、部屋に鍵をかけるから先に出てね」と言って、セレナに退室を促した。


 その後、1階のフロントにコーヒーセットを返却したセレナは、部屋へ戻るためにエレベーターの方へ移動しようとしたのだが……。

「セレナちゃん、セレナちゃん」

「え?」

 同じ方向に向かうと思っていた政宗が、なぜか、エレベーターとは反対方向の玄関へと自分を手招きしている。

「ムネリン……どげんかしたと?」

 首を傾げながら近づくセレナに、政宗は徐に自分が着ていたコートを脱ぐと、彼女の肩にそれをかけた。ワンサイズ大きなコートは、セレナの膝丈くらいまでの長さがあって……その重さとぬくもりで、思わず肩が熱くなる。

「へっ!? ムネリン、どげんしたと!? 私寒くなかよ!?」

 狼狽して目を丸くするセレナに、政宗はいつの間にか持ってきていたマフラーを自分の首に巻くと、ズボンのポケットから車の鍵を取り出す。そして、いたずらっぽく笑って彼女を見つめた。

「これから少し、寒いところに行こうと思って。ちょっとだけ、俺に付き合ってくれない?」

「寒いところ……?」

 セレナには何のことだかさっぱり分からないが、コートまで貸してくれた政宗の誘いを断わる理由は特にない。とりあえず靴を履いて外に出ると、澄んだ冷気が火照った頬を急激に冷ましていった。

 セレナは慌ててコートの前をしめようとして思いとどまり、スマートフォンの懐中電灯アプリで足元を照らし始めた政宗を見やる。

「む、ムネリン、私も自分のコート持ってくるよ。風邪引いちゃうよ?」

「俺は大丈夫。東北の人だから」

「えぇー……本当かなぁ……」

「本当だって。じゃあ、行こうか」

 こう言って自分の足元を照らしてくれる彼を、これ以上引き留めるわけにもいかない。

 セレナは首を傾げながらも隣に並び、目的地の分からないデートに繰り出すことになったのだった。


 車で移動すること10分程度。2人がやって来たのは、旅館街から少し離れた場所にある平野台高原展望所だった。20台ほど車が停められる駐車場には、この時間にも関わらず、2~3台の車が止まっている。

「ムネリン、ここは?」

「平野台高原展望所っていって、景色が綺麗なところなんだ。本当は明日連れてくるつもりだったんだけどね」

「景色? でも……今はもう……」

 セレナはそう言って外を見つめた。民家の旅館もなく、最低限度の明かりしかないこの場所は、漆黒の闇に包まれている。確かに晴れていればロケーションとして最高かもしれないが、こんな暗闇で一体何が見えるというのか。

 エンジンを切った政宗が車から降りてしまったので、セレナも首を傾げながら後に続く。そして、彼の隣を歩いて移動すること十数秒後……彼が自分をここに連れてきてくれた理由を、全身で感じた。


「う、わぁ……っ……!!」


 感嘆が意味のない言葉になって、口の端から漏れる。

 言葉を発することすら無粋な世界が、目の前に広がっていた。


 上空に広がるのは、満天の星空。

 余分な明かりが一切ない空間で、全ての星がキラキラと瞬いている。

 冬の澄んだ空気の中、優しくも力強く輝く星たちに圧倒されて……セレナはしばし、息をするのも忘れて見入ってしまった。


「凄いね……俺も初めて見たけど、これは……圧巻だ」

 隣に並ぶ政宗もまた、目を輝かせながら空を見上げる。セレナはそんな彼にも視線を向けながら、自分をここに連れてきてくれた理由を尋ねた。

「ムネリン……なして私を?」

「さっき、ケッカと帰ってきてるときも、すっごく星が綺麗に見えたから。それで、昼間のセレナちゃんの言葉を思い出したんだ」

「昼間の、言葉……?」

 政宗に言われたセレナは、昼間の自分の発言を慌てて引っ張り出してみる。


「食べてすぐ昼寝したら、夜まで寝るっちゃなかとー? この辺は星空もすっごく綺麗らしいけんが、起きたら丁度いいかもしれんねぇ。お昼寝したユカは、夜になったら私を星空の下へエスコートしてくれるっちゃか。友達思いやねぇ……」


 今日の昼間、食事終わりに何となく発した言葉。

 あの時の言葉は本当に他意のないものだった。政宗はそれを思い出して、実行に移してみたということなのだろう。

 でも、こんなに綺麗な星空を二人だけで楽しんでいいのだろうか……旅館に置いてきてしまったユカに対する罪悪感が募り始めた時、政宗が何かを思い出したのか、苦笑いで頬をかいた。

「ケッカにも声はかけたけど……もう星も寒いのも十分って断られてさ。セレナちゃんと2人で行ってこいって」

「ユカ……もうちょっと一緒に思い出作って欲しいなぁ……」

 親友のさっぱりした態度がすんなり予想出来るセレナは、苦笑いを浮かべる。そして改めて、頭上に瞬く星を見上げた。

 黒い画用紙に上品なラメ入りの絵の具を全力で散りばめたような、星が輪郭から輝いているのが肉眼でもはっきり分かる。ふと、視界の端にオリオン座を捉えた。3つ並んだ星がまるで、今の自分達のような気がして……少しだけ、胸が苦しい。

 セレナが無言で頭上を見上げていると、政宗は自分の指先に息を吐きかけながら、セレナに笑顔を向けた。

「冬だから星がはっきり見えるね。寒くない?」

「私は大丈夫だけど……ムネリンこそ寒いっちゃろ?」

「流石にずっとじっとしてると寒くなってくるね……でも、思わず見とれちゃうんだよなぁ……」

「うん、分かる。本当に綺麗やね。流れ星とか沢山見えそう」

 この夜空は、どれだけ見ていても飽きることはない。ユカも来ればよかったのにと思いつつ、セレナは彼に一歩近づいて、こんなことを尋ねてみた。

「ムネリンは、流れ星が見えたら何を願うと?」

 何となく聞いてみた問いかけに、政宗は「そうだな……」と少し考えてから。

「やっぱり……『仙台支局』が軌道にのりますように、かな」

「だよね。トーチ君と2人で学生しながら用意しよるっちゃろ? 特に今は大変そう……」

 昨日と今日、彼が1人で作業をしていたことを思い出したセレナは、顔をしかめて正直な感想を口に出した。しかし彼は首を横に振ると……真っ直ぐに、星空を見上げる。

「でも、おかげさまで充実してるよ。約束を1つ果たせそうだし」

「約束……?」

「ああ。もう8年以上前になるのかな……仙台に居場所を作るって、約束したんだ」

「居場所……」

「そう。俺たちの居場所を作る。全てを繋げる、俺達の居場所を作るって……まだ本当の達成には程遠いけど、でも、ようやく第一歩を踏み出せそうなんだ」

 彼はそう言って、まるで少年のように目を輝かせ、無邪気に空を見上げているから。

 つい、その横顔を目線で追ってしまった。

 そして昨日、思わず見惚れた瞬間を思い出して……セレナはそっと視線を逸らす。


 心がざわつく。

 自分はこれから、とんでもないことをしようとしている気がしたから。

 惹かれている。自分でもはっきり分かるくらいに。

 これ以上彼を見ていると、きっと――


 次の瞬間、静寂だった空間に、唐突な鐘の音が鳴り響いた。予想していなかった音にセレナは全身をビクリと反応させて、キョロキョロと周囲を見渡す。

 しかし、ただでさえ明かりに乏しいこの空間で、すぐに音の出処を特定することは出来なかった。

「え? えっと……い、今の音、何……?」

 訝しげに首を傾げるセレナに、政宗は特に動じることなく説明する。

「あぁ、多分、この展望台に設置されてる鐘じゃないかな」

「鐘? こげなところに?」

「確かココ、『恋人の丘』って呼ばれてるらしいよ。2人で展望台の鐘を鳴らすと、幸せになれるんじゃなかったっけ」

「そ、そうなんやね……」

 セレナは相槌をうちながら、暗闇に慣れてきた目を凝らした。すると確かに、2人がいる場所から少し離れたところに展望台らしきやぐらが組んであり、そこから降りてきた人影が見える。先程の鐘は彼らが鳴らしたのだろう。

 事情が分かったところで、改めて隣にいる彼を横目で見た。こんな場所に2人きりでやって来て、驚くほど下心を感じさせない姿は尊敬に値する。

 それだけ、自分のことは……彼は何とも思っていないのだろう。

 分かっている、分かっているけど……胸が、少しだけ痛んだ。


 見上げる空に煌く星は、2人の様子を見守っているだけ。

 セレナの心がどれだけ動いても、ただ、静かに。


 2人でいるのが少しだけ辛くなってきたセレナが、そろそろ戻ろうと提案しようとした時……政宗が空に向けて白い息を吐きながら、こんなことを呟いた。

「これだけ星が綺麗だと、明日は晴れるかな」

「そうやねぇ……雲も見えんし、晴れるとよかね」

 セレナが瞬く星に目を細めると、政宗はそんな彼女の横顔を見て、言葉を続けた。

「『セレナ』って確か、スペイン語で『晴れ晴れとした』って意味だったよね。セレナちゃん見てると、ピッタリだなって思うよ。明るくて、一緒にいると安心出来るっていうか……」

「へっ!?」

 政宗からの怒涛の賛辞に、セレナは思わず目を見開いた。

 この場が暗くて良かった。もしも明るければ……耳まで真っ赤になっていることに、気付かれてしまう。

「そ、そうかなーもームネリンは褒め上手なんやけんがー。お世辞でも嬉しいです、ありがとうございますっ」

 動揺を隠したくてテンションを上げると、政宗は「本当にそう思ってるよ」と告げた後、こう、続けた。


「だからこれからも……ケッカのこと、宜しくね」

「え……」


 政宗の言葉を受けたセレナは、自分でも驚くほど、感情のない返事をしていた。

 どうしてここで、ユカの話をするの?

 隣にいるのは、ユカじゃないのに。

 そう、聞いてしまいたかった。


 答えなんて、最初から分かっているのに。

 そう、最初からこの恋に勝ち目なんかないのだ。

 だって、彼がずっと見ている女性は――



「……ムネリンは、本当に……」

「セレナちゃん?」


 小声で呟いた言葉が聞き取れず、政宗が訝しげに問いかける。セレナはそんな彼に対して人知れずため息をついてから……静かに、空を見上げた。

 今、下を向くと……涙がこぼれてしまいそうになるから。

 とても綺麗な星空に感動した、そんな話で全てを誤魔化してしまいたかった。


 知りたくなかった。

 気付きたくなかった。

 けれど……知ってしまった、気付いてしまった。

 

 政宗は、セレナのことを見ていない。

 いつも……セレナの隣にいる、ユカのことしか見ていないこと。

 その事実を、政宗本人がどこまで自覚しているのやら。きっと自覚していないから余計にタチが悪い。


「セレナちゃん、俺がどうかした?」

 どこか不安そうな声音で問いかける彼に、セレナはゆっくり頭を振る。

 そして……空を見上げて、動く気配のない星を見つめた。 

 その場から動かずに輝き続ける星は、願い事の象徴でもある流れ星とは対照的。


 星は、動かない。

 今、隣にいる彼の気持ちと……同じだ。


「ムネリンは……本当に、ユカのことが好きなんだなぁって……思っただけ」


 星に願いをかけられないまま。

 セレナはその日、彼を好きになって――同時に、失恋した。



「じゃあ、ユカのことは……どげんすると?」

「ケッカの、こと……!?」

 西公園のベンチに座り、自分の言葉に戸惑いの表情を浮かべる彼から、セレナは静かに視線をそらした。

 ユカの話をした途端、彼の表情に今まで以上の隙が出来たことに……気付いてしまった。

 これは決して、自分だけでは引き出せない、そんな彼の本心を垣間見てしまったから。

 ……彼の本心なんか、2年前に知っていたはずなのに。

 親友の態度を利用して、彼の甘さにつけ込んで、曖昧な片思いを楽しんでいたのは自分だ。


 決着を、つけよう。

 流れ星には頼らない。願いを叶えるなら、何かを成し遂げるならば、自分の力で。

 彼らはずっとそうやって、セレナの前を歩いているのだから。


「だってムネリン、ユカのことずっと好きなのに、いっちょん告白せんやんね。ユカが仙台で仕事をするようになって……寂しかったけど、でもこれで、2人は幸せになれるって……私、そう思ってたんだよ?」

 ユカの仙台赴任を聞いた時は寂しかった、けれどこれでようやく、政宗とユカは夢を1つ叶えることが出来る。

 そう思ったら嬉しくて、諦めもつく。

 だから素直に送り出すことが出来たのに……現実は、なかなか上手くいかない。

 ユカから話を聞く度に、全てが歯がゆかった。

 好きな人の好きな人になれる可能性が一番高い親友が、いつまでたってもそのポジションになってくれない。彼もまた、彼女に告白しようとすらしていない。


 期待してしまうじゃないか。

 もしかしたら、唐突に流れた流れ星が……自分の願いを叶えてくれるかもしれない、って。


「セレナちゃん……」

「なして気付かんと? ユカはずっと……ずっと、ムネリンのことが好き(・・・・・・・・・・)なんやけんね!!」


 これを自分(セレナ)から彼に告げるのは、ルール違反かもしれない。

 でも……本当に政宗が気付いていないのであれば、セレナが知っている『状況証拠』を全て話すつもりだった。


 福岡で、古い携帯電話に残った画像を見て。

 福岡で、彼からもらったSuicaを使い続けて。


 ――ねぇレナ、北の空って……どっちか分かる?


 福岡で……北の空を見つめ、時折泣きそうになって歯を食いしばっている横顔を何度も見てきたのだから。


 セレナからの言葉を受けた政宗は、しばし沈黙した後……口元を抑え、静かに俯いた。

 肩が、小刻みに震えている。

「ムネリン……?」

 予想外の反応に、セレナが彼の横顔を見ると……目尻に涙を浮かべている様子が分かった。

 これまでずっと前を見据えてきた彼の、決して見たことのない横顔。

 政宗は嗚咽を噛み殺しながら、震える声で言葉を紡ぐ。

「……知ってるんだ」

「え……?」

「俺は……知ってるんだ。ユカの気持ちも、全部知ってる。それに、ユカ自身も……けど、駄目なんだ。今の俺には、何も……何も出来ない……」

 こう言って肩を震わせる彼は、今までよりずっと小さくて……脆い存在に思えて。

 強がりな弱虫、彼の本質が初めて見えた、そんな気がした。

 人里から離れると、星が本当に綺麗に見えますよね。平野台高原展望所もそういうスポットの1つです。(http://www.tabirai.net/sightseeing/column/0008021.aspx)

 ……行ったことないんですけど。(遠い目)

 あと、厳密に言うと星は一晩かけて動いてるんですけど、この短時間では動いていても分からないので「動いてない」という表現を使っております。


 霧原も昔、阿蘇で星空を見たことがあって。その時の凄まじさを思い出しながら書いておりました。

 しかし政宗が天然たらしで困る……あと、誰よりも泣いてますねこの子。まさに『強がりな弱虫』。

 セレナより先に泣いてどうするんだお前はと思いながら書きました。(笑)

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