エピソード3:熱烈歓迎・七夕まつり①
仙台七夕まつりは、毎年、8月6日~8日の3日間開催されている。
曜日は関係なく日付固定なので、全て平日になってしまうことも少なくない。今回もまた然りで、セレナ達の滞在は6日の水曜日から9日の土曜日まで。七夕まつりを最初から最後まで堪能して土曜日に福岡へ戻り、日曜日に体調を整える……というスケジュールになっている。
そして、いよいよ彼らがやって来る……その前日、仙台市内では七夕まつり前日恒例の花火大会が開催される8月5日の16時過ぎ、『東日本良縁協会仙台支局』の事務所は……とても、人口密度が高かった。
「今年もこの季節がやって来たっすねー!!」
応接用の椅子に陣取った名倉里穂が、ポニーテールを揺らしながら麦茶を一気飲みした。部活で日焼けした肌が、白い半袖のTシャツと膝丈のジャージから飛び出している。どうやら部活終わりらしい。
そんな彼女の隣に座っている柳井仁義が、眼鏡の奥に苦笑いを浮かべつつ……近くにあった麦茶ボトルを手に取ると、そっと、里穂のコップに継ぎ足した。銀髪が彼の動きに合わせてサラサラと揺れる。里穂は仁義に「ありがとうっすー!!」と告げた後、その中身を再び一気飲みした。
机を挟んでその様子を目の当たりにしていた少年――森環が、隣に座っている名杙心愛を横目で見やり、淡々と問いかける。ちなみに2人は生徒会活動からの直行なので、秀麗中学の夏服を着用していた。
「……名倉さんには専用ボトルで渡した方がよくないっすか?」
「まぁ、りっぴーは部活終わりだから……」
フォローになっているんだかそうでもないんだか、自分でもよく分からない言葉と共に、心愛はツインテールを揺らしながら両手でコップを持って、自分のお茶をすすった。
学生組が集められているのには、立派な理由がある。程なくして奥から出てきた『5人』は、それぞれに椅子を持って、学生組と内向きの輪を作るように陣取った。
政宗が5人の真ん中になるように、右側にユカと統治、左側には事務担当のアルバイト・片倉華蓮と、お盆休み明けから正式所属になる支倉瑞希の姿がある。
華蓮は肩につくくらいのウィッグを装着しており、グレーのポロシャツに膝丈のスキニーパンツ、足元はデッキシューズという出で立ち。一方の瑞希はグレーのスーツ姿で、両手に持った資料らしき紙を、折り目が付きそうなほど強く握りしめていた。
ちなみに空中には分町ママがビールジョッキを片手にたゆたっており、全体を見下ろして……中身を一口煽る。
去年の今日は、政宗、統治、仁義、里穂と、分町ママ……そして、桂樹がいた。
今、色々あってこの場に桂樹はいないけれど……でも、人数としては去年の倍以上になった。今年は去年より『ローテーション』が楽になりそうだ。
「今年も……何事もなく終わるといいわねぇ」
ジョッキから口を外して呟いた言葉は、今は誰にも届かないけれど。
でも、明日からの3日間が……無事に終わりますように。一足早く願掛けをした後、ジョッキに残った残り半分を飲み干すのだった。
ジャケットを脱いでネクタイを外し、ワイシャツのみの政宗は、自分の手元にある資料の枚数を確認した後……ビクビクしながら座っている瑞希に視線を向ける。
「支倉さん、それを一部ずつ、仁義君達に配ってくれるかな?」
「は、はいっ!! 分かりましたっ!!」
瑞希は背筋を正して立ち上がると、少し折り目のついた資料を、学生4人に配っていった。
環は自分の手元にやってきた資料をマジマジと見つめた後……ボソリと呟く。
「曲がってる……」
「ごっ、ごめんなさいっ……!! わ、私のと交換しますか?」
咄嗟に自分のものと交換しようとした瑞希に、環はゆっくり首を横に振った後、無言で内容に視線を向ける。
瑞希はスゴスゴと自席に戻り、椅子に座ってため息を付いた。
すると、隣で見ていた華蓮が……眼鏡越しに彼女を見やり、静かに指摘する。
「資料……敷いてますよ」
「あぁぁぁっ!!」
椅子の上に置いた自分用の資料の上に座ってしまった瑞希は、慌てて立ち上がってそれを回収した。
顔を赤くして座り直す瑞希に、3杯目の麦茶を飲み干した里穂がエールを送る。
「ミズちゃん、ドンマイっす!!」
里穂の言葉に何度も頷く瑞希を確認した政宗は、「そろそろ始めるよー」と苦笑いで場を仕切った。
「みんな、お疲れ様。さて、今年は新しく加わってくれた人がほとんどだから……ちょっと丁寧に説明するか」
こう言って全体を見渡す政宗は、どこか感慨深げに目を細めた後……一呼吸置いて、スイッチを切り替えた。
「毎年、6日から8日まで開催されている七夕まつりだけど……実は、『仙台支局』が1年で1番と呼んでいいほど、忙しくなる……かもしれない日なんだ」
政宗の言葉に、経験者の統治が静かに頷き、里穂と仁義が苦笑いを浮かべる。一方、ユカ含む残りの未経験のメンバーは、ちょっとビクビクしながら――環と華蓮は特に表情を変えずに――政宗の説明を待った。
「仙台七夕まつりは、元々……鎮魂のためのお祭りだからな。今日の夜の花火を旗印に、『痕』が里帰りしてくるんだ。『仙台支局』はそのために備える拠点になる」
刹那、隣に座っているユカが「へっ!?」と間の抜けた声を出して、彼を凝視した。
普通……死者の里帰りといえばお盆。些細な差ではあるけれど、もう少し遅いのが一般的だから。
「ちょっ……ちょっと政宗、早くなか!? まだお盆じゃなかとに!?」
「悪いなケッカ、仙台では『痕』の盆休みがちょっと早めなんだよ。と、いうわけで……ココにいるメンバーで、今年もローテーションで対応にあたりたいと思っているんだ。事前に予定を聞いて組んでみたから、資料を確認してくれるかな」
政宗の言葉に、全員が手元の資料に目線を落とした。ユカもエクセルで作られた3日間のローテーション表を見つめて……仙台は仙台で大変なんだなぁという結論に至ると同時に、少しだけ申し訳なくなってしまう。
『仙台支局』が忙しいと分かっていたら、セレナ達の来仙を、少しズラしてもらったのに。
資料に記載されているローテーション表は、午後【12時~15時】【15時~18時】と、珍しく【18時~20時】という時間配分になっていた。
それぞれの時間帯には、祭りの町中を巡回する機動組と、事務所に待機して連絡調整をする、場合によっては応援に向かう待機組がいる。
まず、初日の8月6日、【12時~15時】の機動組は里穂と仁義、待機は統治。
続く【15時~18時】も機動組は里穂と仁義、待機は統治と華蓮だ。そして、【18時~20時】の機動組は政宗と統治、待機組は瑞希とユカになっている。
翌日、8月7日の【12時~15時】、機動組は心愛と環と仁義、待機組は統治と華蓮。
【15時~18時】の機動組は心愛と統治、待機組は政宗と華蓮、(研修)として環の名前もある。そして、【18時~20時】の機動組は政宗と統治、待機組は瑞希と、補佐として透名櫻子の名前があった。
最終日、8月8日は、【12時~15時】の機動組には統治と心愛と環、待機組にはユカと政宗と華蓮。
【15時~18時】は、機動組に統治と里穂と仁義、環、待機組に政宗と瑞希。最終【18時~20時】には、機動組にユカと政宗、待機組に統治と瑞希の名前が記載されている。
「この資料は持って帰らないで欲しいから、各自、己の担当区分を確認して、写真を撮影したり、アプリのスケジューラーに登録したりしてくれ。勿論、事務所には3日間常に分かるように掲示しておくから」
政宗の言葉に全員がスマートフォンを取り出して、それぞれの方法で入力を始めた。
その様子を確認しながら、政宗は簡単な説明を続ける。
「資料に書いているけど、機動組がやることは、仙台駅から勾当台公園にかけての巡回だ。何かあれば待機組か、分町ママから連絡してもらうようにする。『痕』を見つけたら観光客のフリをして写真撮影の後、待機組に送信してくれ。『縁切り』をするか否かを俺が判断して、すぐに返信するようにするから、その指示に従って欲しい」
政宗の言葉に各々が頷いていると……ここで華蓮がスッと片手を上げて、政宗を見据えた。
「1つ伺いたいのですが……7日の夜、透名さんのお名前があります。彼女は部外者なのではないですか? その理由を教えてください」
確かにここは、ユカを含む全員が驚いたところだろう。まさか部外者である櫻子の名前が記載されているとは思わなかったのだ。
とはいえ、政宗としてもこの指摘は想定内のこと。彼女の方を見つめて、その事情を説明する。
「確かに、片倉さんの言う通り、透名さんはここの人間じゃないし、『縁故』でもない。けど、俺の方針として、18時以降は正規職員か、成人のみでの担当にしているんだ」
確かに政宗の言う通り、18時以降に学生メンバーの名前はない。これが、彼なりの線引なのだろう。
「7日はちょっと、ケッカの都合がつけられるか分からないから、こういうことになったけど……透名さんは将来的に名杙と関わるかもしれない人物だし、何かあればケッカに入ってもらう。勿論、名杙の許可も取ったけど、ケッカもそのつもりでいてくれ」
「分かっとる。流石にこげな事情聞いたら、協力せんわけにはいかんけんね」
帽子の位置を整えたユカが首肯したことを確認した政宗は、全員を見つめて……この場をまとめる。
「情報は全て、この事務所にまとめたい。必ず『絶縁体』を携帯して、何かあったら個別に判断しないで、すぐに連絡してくれ。明日からの3日間――何事もなく楽しんでもらおう」
彼の言葉に、全員がそれぞれの表情で頷いた。
ひとしきり説明を終えて、学生組が確認や雑談を始めた頃……ユカは政宗を事務所の奥に引っ張ると、手元のローテーション表を突きつけて問い詰めた。
この話は、ついさっき、初めて聞いたのだから。
「政宗、仙台が七夕の時期にこげん忙しかとか……聞いとらんかったよ? あたし、7日の有給も取り消してよかけんが……」
セレナ達の来仙に合わせて、ユカは祭り二日目となる7日に有給休暇を申請して受理されていた。当然ながら、仙台支局がこんなに忙しくなるとは思っていなかったからである。
自分一人だけ休めない、そんなユカの言葉に……政宗はゆっくり首を横に振った。
「いや、ケッカはそれでいいんだ。むしろ、それが狙いでもある」
「は? 狙いって……どういうことなん?」
彼の考えが読めないユカが顔をしかめると、政宗は苦笑いを浮かべて頬をかいた。
「ご覧の通り、何とかローテーションを組んでいるとはいえ……午前中は、学生メンバーが忙しくて割り振りをしていないんだ。この時間帯に何かあった場合は、俺達で対処することになる。7日と8日の午前中は、ケッカもセレナちゃんや一誠さん、瑠璃子さんと、祭りを見て回ったりするだろ? そこで誰かが異変を感じたら……俺に知らせて欲しいんだ」
要するに政宗は、来仙する福岡組の能力さえ、情報として活用しようとしているのである。
彼の策略を察したユカは、肩をすくめてため息をついた。
「……呆れた。最初からそのつもりやったとね」
「勿論、それに関しては明日、3人に説明した上で了承を得られれば……って話になるけどな。まぁ、去年も3日間祭りに張り付いたけど、対処したのは3日で2件くらいだったし。とはいえ、『痕』は日毎に増えていくから……油断だけはしないで欲しい」
「分かった。政宗も……無理せんでね」
「あぁ、ありがとな。金曜日の勤務が終わったら打ち上げで飲みまくるぜ」
こう言ってニヤリと笑う彼に、ユカは「ハイハイ」と愛想笑いを返しつつ……常に忙しそうな政宗と、彼のことが好きなセレナを、どうやって2人きりにしようかと思案して……一人、途方にくれるのだった。




