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華と剣―fencer and assassin―  作者: 鋼玉
第五章 流転黎明
50/50

五十、剣戟舞踏

すっごく久しぶりの投稿です。

土下座しても足りないくらいに放置してしまいました。

今回は戦闘一辺倒。

なかなか書くのが難しいです。


――二つの影が対峙する。


皓州の一角。ある寂れた妓楼にてその舞踏は幕を開けた。

衝突するは二人の女。

剣を右手に握った黎と双戟を構えた幽鬼と名乗った女

二人の影がぶれたかと思った瞬間、ぶつかり合った影の間に銀閃が走り風が生まれた。

眉ひとつ動かさずに黎は左へ飛び、さらに剣を片手に突貫を仕掛ける。

瞬間彼女のいた場所を戟の穂先が貫き、彼女の動きを追うようにそのまま戟が振るわれ戟の横刃が彼女を追い、黎は攻撃を中断せざるを得なくなる。



間断なく繰り出される連撃に初めは余裕の色を見せていた黎の顔からは余裕の色がみるみる消え失せていった。

『強い』

舌打ちする間にも追撃する戟の穂先を二本の刃を交差させて受け止め、これは本気で掛からないと危険と判断する。

……殺せ

彼女の内の本能がゆっくりと首をもたげて行き瞬間、黎の動きががらりと変化する。

手戟を女の首を目がけて投擲し黎の姿がまるで霧のように揺らいだ。

女は冷静に手戟と、人間離れした動きで間合いを詰める黎の姿を捉え、戟を振るった。

黎の眼の端がピクリと動くが、それ以上動揺を表面に出すことはなかった。

身を低くして手戟を払った勢いで弧を描く戟を掻い潜り、手近な卓子にかかった布を女の方へ投げつける。一瞬にして視界を奪われた女は全く動揺を見せず、一歩引きながら戟を振るう。

しかし、這う蛇の如く飛来した手戟に気を取られ一瞬ではあるが隙を生んでしまった。


――黎が彼女の懐に飛び込むには十分すぎる隙を


黎の口角が吊り上がった。

次の瞬間には火花でも散りそうな勢いで二本の刃と戟の柄が合わされていた。

戟の柄は軋んではいるものの、刃を柄の金属装飾で防いでいるため折れることはない。

「ちっ」

女はすさまじい力の攻防戦にやっと表情を歪めながら舌打ちする。

その目は四十半ばという歳にもかかわらず、戦士そのものである。

黎の方も、手戟を放り出し、剣を両手で押し込んで防御を破らんとする。

「何者だ? 」

先ほどまでの驚愕はすでになく、黎はすでに目の前の女を油断ならぬ敵として見ていた。

長柄の武器をここまで上手く使いこなす人間はそうそういない。

槍などの長柄は義慶などの例で散々味わせられたが、間合いと遠心力を利用した破壊は脅威である。しかし欠点として戦術の幅が狭くなり、間合いを詰められるとかなり戦況が悪くなる得物でもある。ましてや戟は矛に横に突き出した枝がつき機能性が上がっているが、いかんせん器用貧乏。

ここまでの柔軟性をもって、速さを武器とする黎に立ち向かうほどに操るには相応の技術が必要なのだ。

「貴様こそ、噂に違わぬ化け物ぶり」

女は黎の呆れとも称賛とも取れぬ言葉に口角を上げて僅かに柄をひねりつつ腕に一気に力を加えた。

「わっ! 」

急に加えられた力に引きずられるように黎は体勢を崩し立て続けに突きだされた石突を反射的に後ろに飛び退くことで回避しようとする。

瞬間、脇腹に重い衝撃が突きぬけた。

一瞬早く動いた石突が彼女の脇腹をかすったのだ。

……折れてはいない

すばやく間合いを取った黎は鈍痛の走る部分に指先を当てて確認する。

そして次の瞬間には放り出していた手戟を回収し、再び地を蹴った。



息もつかせぬ緊迫した状況の中、舜水はあまりに現実離れした光景に溜息をつき口を開いた。

「さすがというか……女といえど侮れんな」

「女は怖いぞ、力で押せぬ分」

声をかけられた青翡は実にのんびりとした様子で軽く欠伸をした。

「しかし、どっちか死にゃしないかね? 」

三人の中で黄梅だけは非常に不安そうである。

青翡はそんな彼女に大丈夫だよと笑うが、舜水はそこまで楽観視できずに小さく頷く。

「鈍りきった身体鍛えなおすにゃいいが……さすがにありゃ、な」

さすがに舜水も相手があれほどの実力を持っているとは予想しなかった。夜哭や黎の様な天才肌ではなく、義慶のような力強さも持たぬ女。そんな彼女が黎と渡り合っている理由は唯一つ。

戟を振るうためにただただ磨かれた技術に依るもの。

そして辿ってきた血路が築き上げたもの。

「しかも黎が苦手な長柄の玄人」

「助太刀するかい? あんたのコレなんだろう? 」

心配を隠しきれない舜水に青翡はピンと小指を立てて笑う。

「いや……それは黎の矜持を傷つけることになるからな」

それに舜水自信この手合わせを望んでいた故に止めように止められぬ事情があるのだ。そもそも実力と悪運を兼ね備えた黎がこんなところで死ぬかと言われれば……否としか言いようがない。

「……危なそうだったら助太刀するさ」

そう思いつつも舜水はぽつりと呟き、視線を目の前で繰り広げられる剣戟に戻した。


剣槍演武。

刃が走り、剣花が咲く。

手戟が蛇のようにうねり、双戟が龍のようにしなる。

まるで演武を見せられているかのように派手で芸術的でありながら、その実、戦場にいるかのような人を殺すために振るわれるどこまでも泥臭い殺し合い。

それが、花庁(おおひろま)をほとんど傷つけずに行われているのもまた驚くべきところ。

しかし、二人ともその表情はその状況を明らかに楽しんでいる様子であった。



「実力を見せる間もなく叩き潰すといったのはどの口か? 」

「……この口だが」

挑発とともに螺旋を描いて突きだされる穂先を手戟で軽くいなし、戟の刃をかいくぐり、陽動を行いながら黎は攻撃の手を緩めない。

本来の彼女の強さは、力よりも早さとその変幻自在さにある。

彼女にとって多少のことなら力で押し切れる戟や槍、大刀は嫌な相手であるがそれに打ち勝つ策を練るだけ。

殺せ殺せ殺せ

彼女の中に眠る殺人鬼としての本能がもたげるが決してそれに身をゆだねることはしない。

全てを乗り越え再び舜水と共にいる、それが殺人鬼から剣客に彼女を変化させたから。

そして何故だろうか、それとは他に目の前の女には何か奇妙な感覚を覚えていた。

年齢も、容姿も全く異なる。

得物も戦い方も。

しかし、何故か彼女が己と同じであるように感じた。それは鏡像とはまた違う相似に近い存在といった感覚なのであろうか。

知らない相手であるはずなのに昔から彼女の後ろを追いかけていたような感覚。

『ああ、そうか』

この瞬間、黎は女の名を悟る。

ならば……早く決着をつけよう。

決意を宿した瞳がすっと閉じられ、そのまま黎はまっすぐ女に突っ込んでいった。





「愚か者」

覚悟の特攻……期待はずれだ。

これで決着とばかりに呟き、女は間合いを詰める黎に刃を突き入れる。

黎は横に動きつつ目を閉じたまま手戟を彼女に投げつけるが、女には届かず黎を追うように横薙ぎに戟を振るった。

黎ならば避けられたはずであった。

しかし、彼女は瞼をわずかに動かしたのみ。瞬間、鈍く重い音とともに彼女の身体に戟の刃が叩きこまれた。黎は吹き飛ぶように卓子に背中を打ちつけ、ピクリとも動かなくなった。






「黎! 」

動かなくなった黎の姿を映した舜水の双眸が大きく見開かれ、剣の柄を握り締め地を蹴り女に肉薄する。

音もなく抜かれた剣が女の腕に吸い込まれるが、いつの間にか戟を短く持ち替えた女によって阻まれた。

「お前……話が違うぞ」

「何を言う。義慶殿からの話を一分たりとも違えてはおらん」

女はそう言って彼の剣をいなし後ろに飛んで戟を長く持つ。

「じゃあ何故黎は倒れている? 」

「は? 軽く殴った程度だが?! 」

倒れこんで動かない黎の様子に話が違うと怒る舜水。

それに対して憮然とした様子の女は、ふと気付く。


いつの間にか黎が倒れ伏していた場所には先ほど黎が目くらましに使った布にすり替わっていた。

まさか……

さすがの女でもこの隙は致命的なものであった。

「動かないでいただきたい」

刹那、背後から女の鼓膜を冷たく慇懃な声が震わせ、首に押し当てられた冷たい感触が走った。

ゆっくりと眼球を動かした先にわずかに映るのは、先ほど倒れ伏したはずの黎の深い闇を思わせる眼差し。

「私の勝ちだ。多少卑怯な方法を使わせてもらったが」

「認めよう」

心底愉しげに笑う黎に、女は年相応の疲れ果てた溜息をつき戟を床に放り投げた。そして黎もゆっくりと刃を下ろす。

「黎」

あえてやられたふりをすることで早期決着に持ち込んだ、それを悟り彼は安堵のため息を吐く。

「舜、私があの程度でやられるほど弱いとは思っていないだろう? 」

「心配させるな、馬鹿」

「すまん」

相当心配したのだろう、安堵に満ちた表情の舜水にぺしっと頭を叩かれた黎はくすぐったそうな笑みを浮かべた。


そう、黎は戦っているうちに相手の正体に気付き、そして彼女を殺すつもりがないことに気がついた。

先ほどの舜水の言葉からおそらく義慶からはこう言われたのだろう。

黎の実力を試せ、と。

それは黎にとって、そして女にとって『壁』を突破するために必要不可欠な儀式。

ならば、あえて思い切り攻撃をくらい攻めに転じようと黎は考えたのだ。

うまい具合に舜水が女に食ってかかってくれたこともあり見事に成功したというわけである。

「いやいやなかなかに良い見世物じゃった」

「満足いただけて光栄至極」

いつの間にか黎たちの傍に歩み寄り、ぱちぱちと手を打ち笑う青翡に向かって黎は皮肉を込めた言葉をかける。

「まあ、言わなんだのは悪かったじゃて」

「構わん、そうしなければここまで本気を出せなかった」

そう言いつつ黎は剣を鞘に納めて女に向き直る。


交わされる二つの瞳。

「約束だ。名乗ろう」

女が静かに口を開くが、黎は首を左右に振る。

「不要だ」

己はこの女を知っている。

会ったことはない、あるはずがない




だが彼女はこの女のことをよく知っていた。

舜水や雪娥から聞いたこの国の歴史、旅芸人の語る多くの英雄譚。

その中で聞いた一人の女の物語。

時は黎が生まれた時分。荒廃した国は西の大国からの侵略により最大の窮地に晒された。

またたく間に楼、寧の二州が落とされ、八州国は一丸となり二州の奪還に向けて動き出した。

その中で最も重要な局面となる楼州州都奪還の際に女の身でありながら、戦場に身を投じ敵の将を討ち取った英雄の物語を。

『ねえねえ舜、またあのお話して』

『またかよ……好きだなぁ』

『だって女の人でもここまで強くなれるってかっこいいじゃない! 』

楽しかったあの日々。か弱い女であることを拒んだ彼女にとって、その女傑の物語はどんな素晴らしい英雄譚よりも憧れを抱いた。

『私も……みたいに強くなって舜の傍に』



「風車蓮……生きていたとは」

その英雄には通り名以外の名が無かった。

しかし、その名は黎にとって憧れを感じざるを得ないものであり、名を告げるその声は緊張の色がありありと表れていた。

「もう、死んでいるさ。もっとも守りたいものを守れなかったその名に価値はない」


かつて高潔と謳われた英雄はそう自嘲気味に笑った。


長い文章をお読みいただきありがとうございました。

長らく放置してしまい申し訳ありません。

今回は舜の出番はあんまりなく、相変わらず黎は妙な戦い方をしています。

女の正体は得物が戟であることからかなりバラしていた部分がありますが、以前花小説企画で出した風車蓮の主人公こと風車蓮、紅雨。一応世界と時代が黎たちにわずかに掛かり、そして黎にとってはおそらく小さい頃に聞き、憧れを抱いた英雄のひとり。

彼女がなぜ黎との戦いに臨んだのかは次で語られます。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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