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改札口の向こう側  作者: maruisu
第一章
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9/42

駅近コンビニ

 次の日、栄一くんが言った通りに彼は電車に乗ってこなかった。

 そして、メールもない。


 えーっと、昨日あんなこと言っていたから、昨日の仕事の帰りにはメールがないか確認してしまった。

 で、今日になってもメールが来ないので若干ふてくされ気味で電車に乗る。

 智はあたりをきょろきょろしながら、「きょう、えいいちこないねー」と私を見上げた。

「お兄ちゃんは忙しいんだよ。あんまり智の相手ばっかりしてられないよ」

 ため息をつきながら、自分に言い聞かせるように言う。


「ママ、おこってる?」

 私の顔を見上げたまま智が首を傾げるから、思わず智の顔を凝視してしまった。智はぱちぱち瞬きしている。


「や、怒ってはないよ……」

 いかん、いかん。子どもに見透かされてしまうとは……自分もまだまだ青いです。これはちょっと、母としてはマズイね。気合を入れ直さなければ。

「だったらいいよー」

 にこにこと笑顔になった智は、久々に電車のシートに座り、窓の外を眺めていた。走っていく車の色を一人で「くろ!」とか、「あお!」「しるばー!」と元気よく言っていた。

 

 いつもはえいいちーと叫んでいる智も、いないならいないで気持ちの切り替えができるみたいで、ちょっとうらやましい。


 いつも通り八王子駅で降りると、いつも通り北口の駅ビルの前で母と待ち合わせている。智はおばあちゃんと買い物をして帰るのを楽しみにしている。ばあちゃんが甘いのをいいことに、たまにおやつをねだったりしているらしい。おばあちゃんも智のおねだりなんてまだまだ可愛いもんだから、私よりも若干ゆるく買い与えている。だけど、私がダメと言うモノや言いそうなモノはちゃんと諌めているらしいから、そう言う点では理解のある親で助かっているんだけど。

 今日は智のおじいちゃん――私の父が久々に外出するらしく、夕食は智とおばあちゃんの二人になってしまうので、で外食する約束をしていたらしい。

 そのせいで、智は私と別れる時にすごく嬉しそうに、「ママ、ばいばーい」と手を振ってさっさと行ってしまった。


 なんだかなー。ママと離れてくれないのも辛いけど、にこにこ振り返りもしないで行ってしまうのも、母としてはちょっと寂しいのですよ、智君。フリでも、名残惜しそうにしなさいって、いうのは無理か。平日は一緒にいてやれないママだもんなー。


 一人寂しくなりながら、コンビニに行くと、コンビニは相変わらずの忙しさだった。今日はのっちが10時まで入ってくれるらしい。9時までが一番忙しいから、とても助かる。

 のっち様、感謝です。

 それでも、私、店長、のっちというハードな人数でこなさないといけないんだけど。

 

 いつも通り10分前にお店について、バックヤードで制服を上から着こむ。髪の毛だけ簡単にまとめると、すぐに店内に出た。簡単に棚だけ直して、レジに入る。

 レジに三人程度並んでいたのを、のっちとさばいていった。私と入れ替えに、店長は棚の整理と店内清掃を始めていた。


「いらっしゃいませー」

「ありがとうございましたー。またお越しくださいませー」

 コンビニ店員の決まり文句を二人でこれでもかと声を揃えて言いながら、ぱっぱとレジと袋詰めを行う。

 弁当、コーヒー、お菓子、おにぎり、ビール、つまみ、お弁当、お弁当、ジュース、デザート、パン、おやつ――


「お弁当、温めますかー?」

「温かいもの、袋お分け致しますかー?」

「お箸は何膳ご利用ですかー?」

 なんて口々に言いながら、袋に詰めていった。結構計算して入れないと袋に入りきらなかったりして、なかなかコツがいるんだよね。


 そんなこんなで、9時ごろ、ようやく人波が一段落した。


 で、この時間、よく現れるんだよね……最近。


 黒のスーツの男。この辺の会社に勤めている人みたいなんだけど、私がバイトに入っているこの時間によく缶コーヒーとガムを買いに来る。それだけじゃなくて、人がいないのをいいことに、

「南里さんっていうの? 下の名前教えてくれる?」

 なんて言ってくる。


 で、今日も、

「南里さん、今日何時上り? これから、ドライブとかいかない?」

 ってカウンターに肘付きながら言ってきた。9時35分。職場が近いならさっさと帰れ。

 11時に仕事終わってからドライブなんて、どんな罰ゲーム?

「あー、明日も早いんで」

「えー、学生? 一人暮らし? 待っててもいい?」

 とか聞いてくる。うんとか言おうもんなら、押しかけてくる気満々なのが恐ろしいよ。


 のっち~と目くばせをすると、のっちはごめんと手を合わせてカウンターの外に逃げていく。こいつ、以前のっちも口説こうとしてたんだよね。出会いを手短にコンビニに求めるんじゃないっての。こっちが優しく声をかけるのは、仕事だってわきまえなさいよね。と心の中で毒づくけど、客商売だから強く出れないところが難点。そして、店長もなんて声をかければいいかわからないから、スルーなんだよね。ほんと、頼りにならん。

 レジ休止中の札でも出して、奥に引っ込もうかと思った時に、黒スーツの後ろに人が立っていた。


「すいません、レジ空いてます?」

 後ろから缶コーヒーがずいっとレジカウンターに置かれた。男を押しのけるように、後ろから背の高い人がコーヒーと菓子パンを差し出してきた。

「あ、空いてます」

 慌ててコーヒーとパンを受け取ると、男が「なんだよー」とふてくされたような声を出しながら、レジを占領している自分がいけないのは分かっていたらしく、しぶしぶこちらを振り返った。だけどレジにいた男の人の姿を見ると、店外へ出て行った。


「すいません、ちょっと助かりました」

 レジ打ちをしながら、お礼を言う。視界の端に薄茶色の髪の毛が見えた。

「あ、いえ」

 レジの前に立った男性が短く返事をして、お互いが同時にぱっと顔を上げた。


 え?

 

 顔を見合わせた私たちは、お互いを見て動きが止まった。

 だって、目の前にいたのは――


「え、栄一くん!?」

「瑞希さん!?」

 

 声が重なった。


「え? え? なんで?」

 栄一君が驚いて、店内と私の顔をまじまじと見比べている。そして私の制服を見て目を瞠る。


「えっと、本屋の後、ここでバイトしてるの」 

「マジで!? 智は?」

 心底驚いた声を出して、私を見つめている。

 

「実家に預けてる。栄一君は?」

「俺、予備校。すぐそこの。今授業終ったところなんだけど」

 顎で右側を指し示す。そう言われてみると、道路挟んですぐのところに、よくコマーシャルで流れているような有名な予備校があったっけ。

 それにしても栄一君、予備校なんて通ってたんだ。あ、だから、今日一緒に帰れないって言ったのか。と思い至った。

 で、私服の栄一君は黒のシャツを着て、カーキ色のカーゴパンツをはいていて、制服の時とはちょっと違って大人っぽかった。


「何? 今のやつ」

 栄一君があからさまにむっとしながら髪の毛をかき上げていた。


「最近ちょくちょく来るお客さんなんだけど……」

 レジカウンターから身を乗り出して店の外を覗いて、その人がいないのを確認してから言う。


「ほんと困ってたの。栄一君、いいタイミング」

 両手を胸の前で拝むように合わせると、栄一くんが舌打ちした。


「っんだよ、口説かれてんのが瑞希さんだってわかってたら、あいつ蹴り飛ばしてやったのに」

 ダークな顔をしてそんなことを呟く栄一くんに、ちょっとやりそうだと、思ってしまった。


「口説かれてんなよー」

 ムッと口をとがらせて、それから栄一君は真顔になった。


「あいつ、待ってるとか言ってなかった?」


「……言ってたね」

 思い返してみると、栄一君が来るちょっと前に、待ってていい? とかぬかしてやがった。


「ったくよー。えー、瑞希さん、心配なんすけどー」

 舌打ちをしながら、栄一君がこちらを見る。


「やだー、私もちょっと心配なんだけど。帰りに待ち伏せとかされてたらどうしよう」

 本気でおろおろする私に、栄一くんはレジの画面に出された金額をお財布から出すと(しかも、バーバリー……最近の高校生って)、ふうと一つため息を吐いた。


「俺、これから自習して、10時半に終わるんだけど、何時帰り?」

「11時に上がる――けど」


「じゃあ、30分外で待ってるから、終わったら送っていく」

 断言するようにそういうと、袋に入れ忘れていた缶コーヒーと菓子パンを手に取って、私が何か言う前に店を出て行ってしまった。

 外にいた同じ年頃の子たちと合流する。きっと予備校の友達なんだろう。みんなで何か話して笑いながら、歩いて行ってしまった。


 その後ににじにじと寄ってきたのは、のっちだった。


「な、なに今の?」

「え? 高校生? 近くの予備校に通ってるんだって。知り合い」

「えー、みずっちの知り合い? 高校生!? なんでー?」

 のっちが大声を上げるたびに、店長がちらちらとこちらを見た。おっと、私語厳禁ですね。

 しーっと人差し指を立てて、のっちに言うと、のっちは慌てて口を押えた。


「本屋のアルバイト先の近くの学校の子で、この間たまたま知り合ったの」

 のっちに今までのいきさつを話すと、うるさそうなのでずいぶんと端折らせてもらいながら、かいつまんで出会いを話した。


「何その出会い!?」

 話しを聞いたのっちは衝撃を受けたってポーズを取って、よろよろとレジによろけるふりをして呻いた。芸が細かい。

「えっと、天狗が結ぶ恋? かも」

 首をかしげながら、眉間に人差し指を当てながら言う。いや、天狗は智と栄一君を結んだんで、私にご利益はありませんけどね。


「高校生と恋!? マジで!?」

 のっちが大声を上げ、店長がむすっとして姿を現した。


「野口さん、棚直してくれる?」

 ちょっと怒り声の店長はそれでも強く言えずにそういうだけで精いっぱいだった。店長……ちょっと情けないです。昼間の時間帯がおばちゃんたちの天下だっていうのっちの話に、信ぴょう性が増します。

「はいはーい」

 飄々とのっちは返事をすると、そう言ってレジを離れる。その間に、私は肉まんを補充したり、おでんを補充する。季節外商品だから昼間は動きが少ないけど、夜はまだ売れたりするのでちゃんと気を抜かないようにしておかないと。10時になると、深夜バイトの人が来るから、ちょっと気が楽だ。深夜バイトは立地的な面を考えて男性しかいないから、さっきみたいなことがあっても、迷惑客や酔っ払い客を追い払ってくれる。

 ……あの黒スーツ、それを分かってるからこの時間帯しか来ないのか。




 で、11時に外に出ると本当に外で栄一君が待っていた。フェンスに靠れかかりながら俯いている。私の姿を見つけると、

「お疲れ様ー」

 と言って栄一君が片手を上げた。


「栄一君もお疲れ様」

 冷たい缶コーヒーを差し出すと、栄一くんが黙ってそれを受け取った。


「行こうか」

 栄一君が自転車置き場にあった黒い自転車の鍵を外して、こっちに向かってきた。コンビニのある路地裏から二人で並んで、もう11時を回っているのに人が切れない八王子駅からまっすぐ続く大通りに出る。大通りには残業帰りのサラリーマンが俯いて歩いていたり、飲み帰りのサラリーマンが陽気にはしゃぎながら「あと一けーん!」なんて言いながら、歩いている。


 大通りを走っていく車のライトが、栄一くんの横顔を照らし出す。時折その横顔を確かめながら、二人歩いている不思議を思いながらいつもよりゆっくり歩いた。

 普段はせかすように智の手を引きながら早歩きをしていくのに。今だけは、わざとゆっくり歩かせて。

 

 智ごめん。

 少しだけ、帰りが遅くなってもいいかな……。


 おばあちゃんのおうちでもうすっかり寝てしまっているだろう智の寝顔を思い出していた。


 人を好きになることは、智を裏切ることになるのかな……。そんなことを考えたら、胸が締め付けられた。

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