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改札口の向こう側  作者: maruisu
第一章
8/42

各駅停車

 それから私たちは、何度か電車帰りに一緒に帰った。お互い同じ駅で乗り、同じ駅で降りる。

 メールでやりとりする日もあれば、当たり前のように乗り合わせることも多かった。

 智は毎日、「きょう栄一いるかな!?」と嬉しそうだった。


 その日も普通に栄一君がホームに立っていて、智が栄一君のところに駆けて行った。

「えいいちー!」

 とつないでいた手を解いて、とことこと一生懸命走っていく。

「おう、智」

 栄一君が智に掌を差し出すと、智がぱちんとその掌を叩いた。


 そして私に笑顔を向けてくれる。

「瑞希さん、おつかれー」

「栄一君も、お疲れ様ー」

 声をかけて、二人ホームに並ぶ。


 智はえいいちーと言いながら、周りにまとわりついている。

「あのね、きょうはね、どんぐりこうえんにいってきたんだよー。すべりだいしたんだー」

「へえ、お前、遊べていいな。俺は今日はマラソン。5キロはきっついぞ」

 なんて相手をしている。


「栄一君て、この前も聞いたけど慣れてるよね。子どもに」

「あー、そう? 俺、妹いるんだよ。結構年が離れてて、その相手をしてるからかな」

 栄一君の答えに納得した。年の離れた妹か、なるほど。


「だからか。納得。妹さん、栄一君に似てる?」

「んー、あんまり似てないかな。俺どっちかっていうと父親似で、妹は母親似だなー」

 顔を上げて、思い出すように栄一君が言う。栄一君似のお父さんかー、ちょっと見てみたいな。

「妹さんって何歳?」


「四歳」

「え?」

 四歳って言えば、智と一歳しか変わらない。


「今、幼稚園の年中。智といっこ違いか」

 栄一君がえーと、と思い出しながら話す。


「それはずいぶん、年が離れてるんだね」

「あー、だから、俺、妹めっちゃ可愛がってんの」

 栄一君が笑う。


「だから、智も可愛んだよね」

 そう言って、智の頭をぐりぐりと撫でた。

 

 ――もしかして、栄一君は純粋に智が妹さんと年が近いから、気にかけてくれてるだけなのかも。


「……もしかして、智に会うの楽しみにしてる?」

「うん。そりゃね」

 栄一君が笑った。


 やっぱり!


 ってことは……。


 とんだ勘違いじゃん。

 ……もしかしたら、栄一くんは私に気があるのでは、と思ってた。正直、もしかしたら……なんて思ってました。


 だって、栄一君がメールで「返信があって舞い上がってる」とか、送ってくるから。

 ちょっとだけ、期待しちゃったじゃん。

 楽しみにしてたとか、会えて嬉しいとか――私じゃなくて智に向けて言ってたのかも……なんて考えたら、勘違いしていた自分は穴があったら入りたいぐらいだ。


 いきなり、恥ずかしくなって顔が真っ赤になった。

 なに私、おしゃれとかしちゃってんの!


「どうしたの!? 瑞希さん、顔真っ赤!!」


「えっと、ちょっと、自己嫌悪……かな」

 もしかしたら、万に一つぐらいは、一緒にいたいって思ってくれているのかも――と考えてしまった自分が恥ずかしい。

 考えてみたら、栄一くん、クラスに好きな子がいるって言ってたのに。


 栄一君はあくまでも智が懐いてしまったから、相手をしてくれているだけだったんだ。


「え? なんで? どしたの?」

 下から覗いてくる栄一君の顔に、ますます赤くなる。

 心配そうな栄一君が、ポケットに入れている手を出して、そっと私のおでこに触れる。


 わ! 

 驚いて、思わず一歩引いてしまった。


 やばい、ドキドキする。


「なに、なに? 変なの」

 驚いて後さった私に、行き場のなくなった手を下ろして、びっくりした顔をしている。


「いきなり触るから、ちょっと、びっくりしちゃって……」

「ごめん、体調でも悪いのかと思って。熱があるのかなと」

 困ったような顔をしながら、首の後ろに手を当てる。その栄一君のいつものしぐさを見ながら、跳ね上がる心臓の音が聞こえないように胸を押さえた。


 やばい……。

 さっきおでこに触れた、温かい栄一君の手の感触がまだおでこに残っている。

 ふわふわするような、むずむずする感触に胸が締め付けられる。


「大丈夫! いや、ちょっと、自分の勘違いが恥ずかしかっただけ……」

 うつむいて口ごもりながら言うと、栄一君は「何が?」と問いかけてきた。そりゃ、そうだよね。勝手に期待して、勝手に落ち込んで、訳が分からないよね。


「んー、栄一くん好きな人がいるって言ってたのをすっかり忘れてたっていうか?」

 あはははーと笑いながら、努めて明るく言う。


「え?」

 栄一君が動きを止める。困ったように目を逸らすけど、その耳が赤かった。


「えーっと、それって……」

 栄一君が困っている。

 やば、こんなこと言ったら、次から会えないよね。栄一君、そんなこと言われても困るよね。


「なーんて、冗談だよ。智が栄一君に付きまとって、うるさくしてるの分かってるから。ごめんね、図々しくて」

 慌てて打ち消すように笑うと、足元で智が「ぼくうるさくないよー」とむっとしていた。

 智に笑いながら「ごめん、ごめん」と返すと、智が「もう」とむくれた。


 その時に電車が入ってきて、栄一君は無言で電車に乗り込んだ。そして、私と智がそれに続く。

「ママー、えーいちー、どしたの?」

 いきなり無言になった私たちを見て、智がきょろきょろと二人の間を見回している。栄一君が自分の顔を見られないように、智の頭をぐりっと私の方へ向ける。

 電車が動き出す。

 ごとんごとんと、規則正しい音を立てて、いつもと同じ景色を流しながら、電車は走っていく。

 窓の外を見ている栄一君の顔は見えなかった。


「あのさ、瑞希さん、確かに勘違いしてると思う」

 栄一君が短く言う。

 そう言われて、やっぱり……。と、俯いた。

 これ以上追い打ちかけないでよ……。


「いや、ごめん、分かってるから大丈夫!」 

 ぶった切るようにそれだけ言うと、窓の外を見てごまかした。ごまかそうと思えば思うほど、自分の顔が熱くなっていく。

 うわー、これじゃあ挙動不審な人だよ。


 ぱっと顔を上げた時、車両の向こうでこちらを見ている視線を感じた。ふと、そちらの方を見てみると、栄一くんと同じ高校の制服を着ている女の子が立っていた。ボブカットの可愛い顔立ちの子は私と目が合うと、ぱっと顔を逸らして、何事もないように持っていた単行本を読んでいた。

 あらら、もしかしてうるさかったかな。


 いや、それよりも、制服姿の栄一君がこんな子ども連れときゃっきゃやっていたら、そりゃ目立つよね。

 もしかして……じゃなくても、やっぱり私と栄一君の姿はそぐわないのかもしれないな。智と一緒に窓の外を見ている栄一君の、少し屈んだその後ろ姿を見つめた。



 電車が八王子駅に着いて、私たちはやっぱり無言で電車を降りる。智が話しかけてくる言葉に、それぞれが答えるだけで、私と栄一君は言葉を交わさなかった。

 

 ホームを歩いていると、栄一くんがそうだ、と突然声を上げた。

「瑞希さん、俺、明日は同じ電車乗れないんだけど、メールするから! 絶対するから!」

 同じ時間の同じ電車に乗っているのが、私たちの唯一の一緒にいる時間。それがなくなったら、当然栄一くんとの接点は無くなってしまう。


「絶対するから」

 栄一君が念を押すようにそう言ってきた。


「了解、了解」

 受け流すように笑って言うと、栄一くんはこちらを信用してなさそうに、少しむっとしていた。


「好きな人と進展したら教えてね。私も、高校生の子の恋愛事情聴くの、ちょっと楽しみ」

 いひひ、と笑うと、栄一くんが項垂れた。


「何、そのネタ的扱い」

「えー。職場のお姉さまなんて、高校生の恋愛話したら、絶対飛びつくよー」

 伊藤ちゃんの顔を思い浮かべながら言うと、栄一くんはますますむっとする。


「俺、告白されたんだけど、きちんと断ったんですけど? 好きな人がいるって」

 栄一君がむっとしている。


「えー、モテてんじゃーん」

 腕でつんつんと指すと、栄一くんは俯きながら智の手を引いて歩いている。


「ママー、モテるってなに?」

 智が二人の顔を見回しながら聞いてくる。おっと、お子様に聞かせる会話じゃないか。

「智は耳を塞ぐー」

 笑いながら智の耳を塞いで歩くと、智が「あるきづらいー」とぶーたれた。


 栄一君が一つ、ため息を吐いた。

「どうしたの?」

 と聞くと、横目でこちらを見られた。


「瑞希さんて、恋愛スキル低くない?」

 栄一君に言われ、ずきっとした。

 えーと、私、智の父親が初彼なんです……。ということは、初めて付き合う男が、ダメ男だったわけで……。恋愛スキルが低いことを、高校生の男の子に指摘されるとは……。えーと、再び自己嫌悪です。

「わかる?」

 ちょっとしょげながら言うと、栄一くんが吹き出す。


「うっわ、そんな人が恋愛相談に乗るとか言うわけ? それはやばいって」

 うう、ダメ出しまでくらってしまった。笑いながらダメ出しされて、ちょっとへこむ。


「あのさ、何とも思ってなかったらメールなんて送らないし、一緒に電車も乗らないんだけど?」

 そういうと、栄一君はさっさと改札口を抜けて行ってしまった。

 私と智も一緒に改札を抜ける。


 栄一君が足を止めて振り返った。


「だから、瑞希さんにメール送るんだけど。って、ちゃんと気づいてた?」

 そういうと、「じゃ」と言って、背を向けて歩き出した。

 さっさと足早に歩いていく栄一君の後姿を見送りながら、動けなかった。


 え、ええーっ!!


 しばらくしてから、栄一くんの言葉を反復して、顔が真っ赤になった。

 それって、それって。

 私が期待している通りに、栄一君も私の事を考えてくれるととってしまうんだけど――。

 それでも、いいのかな。

 さすがにそれは、図々しいのかな……。

 むしろ期待してしまうんだけど。


 智が無邪気に「えいいちー、ばいばーい」と手を振っているのに、どうしていいかわからずに、その場に立ち尽くしていた。

 そんな私の顔を、智がキョトンと見上げていた。

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