二人の未来2
次の日の夜、コンビニのバイトを終えた私がお店を出ると、栄一君はフェンスに靠れかかって相変わらず帰りを待っていてくれた。
いつもと同じ風景なのに、おとといも同じように待っていてくれたのに、なんだか妙に遠く感じて涙が出そうだった。
「お疲れさん」
にっと笑って、はいっと私の前にコーヒーを差し出す。
その姿に、妙にほっとしてしまった。
私、やっぱり栄一君のこと好きなんだ。
当り前のような日常。他の誰かじゃなくて、ここに立っているのが栄一君だから、素直に嬉しい。
思わず涙がこぼれてしまった私に、栄一君はぎょっとした顔をして「どうしたの!?」と慌てて聞いてきた。
「なんか、やな客でもいたの!? 同じバイトの奴になんかされたわけ!? どうしたの!!」
慌てて目つきが剣呑になった栄一君を見て、思わず吹き出した。
「……違うよ。なんか、いいなって思ったの。こうやって、帰りに待っててくれる人がいるって……」
なんだか、鈴木さんの言いたいことがわかった。
誰かが家でお帰りっていいてくれる日常を望む鈴木さんと、こうやって帰りを待っててくれる栄一君がいる日常を望む私と、きっと思いは変わらない。
私たちはただ、寂しいんだ……。
「え? なんで? 当たり前じゃん。俺、瑞希さんに会いたいんだから」
こともなげにそういう栄一君だから、きっと好きなんだろうな。って、慌てふためく栄一君の姿を見て思えるんだ。
「私も、会いたかったよ」
きゅっと栄一君の服の裾を掴んでいうと、栄一君の動きが固まる。
ん? と見上げると、栄一君が真っ赤になった顔を押さえていた。
「それ、反則……」
栄一君が、真っ赤になりながら言う。
「ほんッとに、人をその気にさせるの上手いよな……」
項垂れながら言う栄一君に、え? と首を傾げてみせた。
「今日は、何の勉強したの?」
「……」
むっとしながら、私を軽く睨む。それからすぐに空を仰いで、口を尖らせた。
「英語と、微分積分。マジ、意味わかんねえ」
意味が分かんないのが微分積分なのか、はたまた私のことなのかはすっとぼけて、ふうんと相槌を打ってみる。
それからごそごそとポケットを探ると、「あった」と小さく呟いた。
「あのさ今度の土曜日、智とこれ行かねぇ?」
はいっと渡されたチケットは、土曜日に公開される智の好きな「カメンガメレオン」の映画の前売り券だった。
「ライダーとどっちにするか迷ったんだけど」
智がカメンガメレオンを好きなこと、覚えていたんだ。
「覚えてたんだ、智の好きなヒーローもの」
「や、ほんとはカッコ付けたデートとかしたかったんだけど、智が喜ぶのが、瑞希さんも一番喜ぶかな、と思って。ムードも何もなくて、ゴメン」
鼻の頭を掻きながら、空を仰いで栄一君が言う。
「……」
ほんとにもう……。
言葉に詰まる。
何か話したら、声が震えちゃいそうだったから黙って首を横に振った。
そりゃ、私だってちょっとおしゃれなデートしたりとか、いつもはいかないようなところにおしゃれして出かけてみたりしたい。でも、それ以上に私の本当に大事なものを一緒に大切にしてくれようとする栄一君の気持ちが何よりも嬉しかった。
「いく! 絶対行く。智、絶対喜ぶ。ありがとう」
すると、栄一君はまた鼻の頭を掻きながら、「どういたしまして」と笑った。
二人で並んで歩きながら、ひんやりとする夜の空気を感じて、空を見上げた。日が出ているときは半袖でも十分なのに、この時間になると空気が冷えて、少し寒いくらいだ。そんな澄んだ空気の中で、雲一つない夜空には、月が輝いている。
月が、きれい――。
昼間の伊藤ちゃんとの会話を思い出していた。こうして横に並んでいることが、彼にとっていいことか。
今日会った学校でのこと、シンペイくんやアラタ君とのやりとりの話を面白おかしく話している彼の後ろにあるリュックに目を止める。
黒いこのリュックの中には予備校の教科書がたくさん入っているはずだ。
彼にはこれから、まだまだ選べる未来がたくさんある。
そう思いながら、月を見上げた。
「――瑞希さん?」
相槌のなかった私を不思議に思い、栄一君が顔を覗き込んでくる。
「あ、ごめん。少し考え事」
「栄一君は将来、何になりたいの?」
ぽつりと漏らしたその言葉に、栄一君が突然の話題の変更に少しキョトンとしてから、うーんと考えた。
「真面目な公務員?」
「え、意外!?」
「うん。冗談」
その言葉に、バシッと彼の背中を叩く。
「真面目に聞いてるのにー」
「ごめん、ごめん。いや、俺、設計技師になりたいんだよ。航空機の」
え? 意外なその言葉に驚いて栄一君の顔を見た。
「今、意外だと思ったでしょ?」
はい。思いました……。
「子どもの頃から飛行機好きでね、好きが高じて仕事にできればな……と。子供じみた夢なんだけども」
少し照れたような横顔に、思わずこちらも微笑んでしまう。
「すごい、素敵な夢」
心からそう思ったから、声が少し弾んだ。その様子に栄一君もふっと笑った。
その夢をかなえてほしい。
栄一君のなりたいものに、将来なれればいい。彼は、その夢に向かって精いっぱい頑張ってるんだ。
叶うといいな、栄一君の夢。
そして、そのためには私たちはやっぱり足手まといになるんじゃないだろうか……。
栄一君の笑顔に、自分の心のどこかで少しさびしい風が吹いたような気がした。




