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改札口の向こう側  作者: maruisu
第一章
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14/42

夏とナンパとお弁当


 プールに着いて、水着に着替えて、入口の前でまた合流した。

 智はしっかり膨らませた浮き輪を持って、飛び跳ねている。ちびっこプールの滑り台に行きたいと、入口の案内図を見て大はしゃぎだった。


「お、着替え終わったー?」

 先に着替え終わっていた栄一君が入口側の柱に靠れかかって待っていた。通り過ぎる女の子たちが、少し顔を赤くしながら栄一君をちらちら見ている。


「おわったー!」

 空気も読まず、栄一君に突進していく智に、おい! と心の中で突っ込みながらも、グッジョブとも思わずにいられなかった。


「やだー、子連れ? うそー、ずいぶん若くない?」

 なんてこれ見よがしな言葉も、聞こえませんけど? ってふりをする。栄一君に至っては本当に聞こえてないようでまるきりスルーだった。


「ごめんね、お待たせ」

 手を振ると、栄一君が顔をほころばせてこちらに向かってきた。さり気なく私が持っていた荷物を持つと、智と手を繋いで歩き出した。


「……あのさ、なんか、俺、見られてない?」

 栄一君がおもむろにそんなことを言う。今更!? とびっくりして栄一君の顔を見上げると、驚いている私の顔を見た栄一君が「自意識過剰?」と小声で呟いた。

 いいえ、それは、見られてるんですよ。思いっきり。自覚、あるでしょ? モテモテでしょうが! と突っ込みたくなるのをとりあえず我慢した。


「狙われてると、思いますけど?」

 耳に手を当ててひそひそ話をするように言うと、栄一君がむっとした。


「あー、そういうの、ほんっとやなんだけどね。友達とかと遊んでるときとか、迷惑じゃね? 俺は今日は、瑞希さんと智といるんだから、他の女は寄ってくんなって感じだよ」 

 イーッと舌を出す栄一君に、迷惑だと思うほど女が寄ってきたことがあるんですね!? と思い、「やだねー、余裕発言!」と茶化した。私の視線をまともに受けて、栄一君が不思議そうな顔をしてん? と首を傾げた。天性のタラシですね。君は。女が寄ってくるのが当たり前だと思っているな……。


「そっちこそ、ナンパされんなよ」

「はい? あるわけないでしょうが」

 思わずツッコんだ。子連れでナンパはありえないし、まして私は恋愛スキルが低いもので、このかたナンパなど、この間のコンビニのスーツ男だけだ。ほんとに……泣ける。

 でも、こうして歩いていても女の子同士のグループで来ている子たちが栄一君を見てきゃあきゃあ言っていたり、カップルの女の方がすれ違いざまに見て行ったりして、なんか、落ち着かなかった。


 ……ほんっとにモテるんだなぁ。


 荷物を置くためにレジャーシートを引く場所を探す。一番奥の競泳用の人気がないプール脇の少し奥まった日影の部分がかろうじて空いていて、そこにシートを引いた。シートで体育座りをして、プールサイドでじゃれ合う栄一君と智を見つめながら、そんなことを考えていた。

 まあ、確かに顔がいいよね。茶色い少し長めの髪はサラサラで手触りがよさそうで。ワックスで少しはねさせている。背も高いし、体も鍛えているのか無駄な肉もついていないし、むしろ適度な筋肉があって引き締まっている。スポーツやっているねってわかるような体だった。ってぐらいなので見た目はどこかの芸能人ですか? 状態だ。そりゃモテるよね。いざとなれば選り取り見取りだと思うんだけど……なぜ、こんな天気のいい休みの日に君は子守りをしているんだね? って一緒にいる私の方が思ってしまう。


「瑞希さーん、ちびっこプール行こうぜー」

 こっちを見て、満面の笑みで智と一緒に手を振っている。

「行くー!」

 と立ち上がった。智が走り出そうとして栄一君に捕まっている。走るな、と怒られてゆっくり歩くように足に力を入れている姿が可笑しかった。


 智はプールで散々はしゃいで遊んだ。栄一君がその智の相手をしてくれて、浮き輪を回してくれたり、軽く持ち上げて水面に落としたりして、思いっきり遊んでくれた。そんな二人の姿を見ていたら、同じく子供連れのお父さんと目が合った。

 その人はすぐに目を逸らすと、何もなかったように前を見つめている。

 

 なんだろ?

 

 不思議に思ったけれど、智が「ママー」と呼んで手を振ったので、そっちを見て手を振り返した。


 あっついなーと、空を見上げる。


 私と智の生活に、こんな日が訪れるなんて嬉しいなあ。としみじみ感じる。

 でも、いいのかな。

 あんまり深入りしない方がいいんじゃないかなという不安も、一緒にいて楽しければ楽しいほど、湧き上がってくる。


 もしも私が栄一君のことを好きだと言ったら、彼はどうするんだろう……。

 そう思ったら、これ以上は引き返した方がいいという警告音のようなものが頭の片隅で鳴っているような気がした。


 一緒にいられて、嬉しいくせに――。


 しばらくプールで遊んでいた。智がはしゃいでプールから上がらないので、プールサイドでパーカーのフードをかぶって二人を眺めるのもいい加減飽きてきた。それもそのはずで時計を見るともう12時をとっくに過ぎていた。もう一時間プールに浸かりっぱなしだ。智、お腹空かないのかな、と一瞬思ったけど、子どもの遊びに掛ける集中力の半端なさを思い出し、お腹がすいていることも気がつかないで遊んでいるんだろうね、と分かった。でも、母と多分栄一君はおなかが空いていると思うぞよ。ということでそろそろお昼にしようかと立ち上がった。

「智――」

 と呼びかけて、あっと小さく声を出した。思い出した。水筒忘れた……。さっき、脱水回避に水筒を取りに行こうと思って忘れているのに気がついたんだ。朝確かに水筒にお茶を入れたのに、多分お茶の入った水筒は我が家のダイニングテーブルに鎮座しているのだろう。 

「栄一君、飲み物買ってくるから、智連れて先戻っててくれる?」

 声をかけると、栄一君が「わかったー」と答えた。


 飲み物が売っている自販機は入口近くの売店に集まっているから、一番奥のシートからは少し距離がある。


 智がプールから出ないってわがままを言って上がるのに時間がかかるであろうから、ちょうどいいか。

 カラフルな水着を着た女の子たちの集団とすれ違ったり、泣きながら歩いている家族連れを追い越したりして、自販機に向かって急いで歩いた。急ぐ必要はないんだけど、一人で歩いているとなんだか妙に気がせいて、自然と早足になった。

 売店に近づくと、ラーメンの醤油の香りと、油っぽい匂いが漂ってきて、食欲を刺激する。やっぱり、お腹空いた。智連れてこないでよかった。一緒に来たら、ポテトたべるー、だとかアイスーとかってうるさかっただろう。でも、このチープな匂いをかぐと、夏のイベントって感じがして好きだなぁ。そんなことを考えながら、自販機にお金を入れてお茶を三本買って振り返った。


「ねえねえ、君、さっきちびっこプールにいた子だよね?」

 振り返るなり、声をかけられてびっくりして顔を上げた。


 誰?


「ずっとちびっこプールにいた君を見てたんだけど、気がつかなかった?」

 ん?


 まったく気がつかなかったけど……って言おうとして、思い出した。さっきちらちらとこっちを見ていた子連れのお父さんだ。


「はあ、気がつきませんでしたけど?」

 向こうが話しかけてきた意図が全くわからなかったので、とりあえず無視することにした。


「あのさー、この近くに住んでるの?」

 と気安く声をかけてくる。なんだ、この人。スーツの男と同じ匂いがする。何で、私って変な人に目を付けられやすいかなー。そんなに餓えているように見えるのかな。いや、餓えているかもしれないけれど。伊藤ちゃんに言わせると、恋愛成分皆無なのでね。いいんだけど。


 しかもお前は、子連れだろ? と突っ込みたかった。ってことは家族で来てるんでしょうが。他の人に声をかけたら、修羅場にならないのかい?

 あわよくば、あわよくば! って思っているのか!?

 

「あー、違うんで」

 軽くあしらおうとすると、なんだか付いてきた。ちょー、勘弁してよ。


 プールサイドは走っちゃいけません、を子どもの頃から守っている私は、早足で戻ると、その男は後ろでまだなんか言いながら諦めずについてきた。


 えーん……しつこい。


 ちょっと半べそになりながら、しつこい男を振りきれずにシートまで戻ると、栄一君と智がもう戻ってきていた。


 助かったー!

 

 助けてーと目で合図しながら、足早でシートに向かうと、こっちを見て手を振っていた栄一君が真顔になった。

 後ろの男を凝視して、私の後ろを覗き込むように顔を向けると、睨みつけていた。その表情が、こっちまで怖かったので、とりあえず後ろの人は逃げて行ってくれたらしい。


「何やってんだよ! なんで飲み物買いに行っただけで変な奴付いてきてんの!?」

 栄一君が怒ったようにそう言うので、素直に頷いた。


「わかんないー! いきなり話しかけられたー! ついてきて怖かったんだよー、ほんと、助かった……」

 すると、マジですか? というあきれた表情をされた。で、思いっきり腕を引かれてシートに座らされました。


「ママ、あのおじさんだれ?」

 お弁当の入った袋を漁っていた手を止めて、智が素直にそう言った。

 うん。ママも知らない人だよ。

 

「やー、謎。それよりも、ご飯にしよっか?」

 座ったら説教が始まりそうなほど、栄一君の顔がお怒りだったので、なるべくそちらは見ないようにして、智に向かって声をかけた。


「おにぎりたべる」

 智が頷く。それから栄一君の顔を見て、首を傾げた。お弁当を入れてきた袋を開けると、中からおにぎりが入っているタッパーと、おかずが入っているタッパーを出した。ふたを開けると、智がキャーキャーと喜んでいる。お腹が減っていたんだね。


「なんでおこってんの? えいいちー?」

 子どもって空気を読まなくてステキ……。母は、なるべくその話題を避けたいのだよ。お願いだからツッコまないで……。智は私と栄一君の顔を見比べて、視線が行ったり来たりしていた。


「怒ってない」

 むすっとして言う栄一君に、智がキョトンとする。

「うめ、きらい?」

「好き」

「しゃけがきらい?」

「好き」

「こんぶは?」

「……好きだよ」

「たまごやき?」


「……智、俺はお前と違って、弁当の中身に嫌いなものが入っていても怒らない」


「えー、さとるはおさかなきらい……」

 そうそう、小さいころから魚が嫌いでね。骨が入っているのを知らないでそのまま食べてのどに刺さっちゃったんだよね。それからすっかり魚嫌いに……。って話じゃない。


「ママは人参ー!」

 はいはーいと手を上げて続いた。


「大きくなれません」

 怒り顔のまま栄一君に返された。怒っていても答えるのが律儀だね。


「もう成長しませんケド」

「残念ですね」

 ため息をつかれました。


「栄一君も、食べてください」

 一応、みんなの分を作ってきました。メシマズじゃないとは思うんだけど。そっとタッパーを勧めてみる。すると割り箸を持って両手をパンと合わせた。


「いただきます」

 ぺこりと頭を下げてお弁当を食べだした。……無言で。

 おにぎり半分食べて、卵焼きを一口食べたら、栄一君が動きを止めた。


「た、卵のからでも!?」

 もしかして……お約束をやってしまったか!? と心配になると、栄一君が目頭を押さえた。


「う、うまい……」

「十万〇饅頭」

 と続けたら、軽く睨まれた。お、お約束じゃないかー! としょんぼりしながら、上目づかいで栄一君を見る。しかも、ローカルすぎて知らないらしい。そっか。いや、私も生まれも育ちも都民なんだけどなー。


「何そのノリ?」

 吹き出しながら栄一君が言う。

「ご飯のときは、ぷりぷりしてると楽しくないでしょ?」

 智と二人のごはんの時は片方が怒っていると食事が楽しくなくなっちゃうから、よくそんなふうに言う。それを持ち出して、澄ました顔で言うと、「そりゃそうだ」と栄一君が答えた。


「瑞希さんは一人でどっか行くの禁止!」

 ズバッと栄一君に言われた。

 はい、そうします……。何せ、変な人に絡まれるの二回目なので。

 しょんぼりしていると、栄一君が「俺の側にいて」とちょっと顔を赤くして言った。……照れてる。

 

 あー、もう。何でそんなこと言うかな。言うのかなー。もう……こっちまで気恥ずかしくなって、照れて爆死しそうじゃないか。


 絶対、私の顔が赤くなってると思って、両手で頬を押さえた。


 三人でお弁当を食べた。食べ盛りの栄一君にはちょっと足りないらしく、あっという間に食べちゃって、ペットボトルのお茶を飲んでいる。智はおにぎりを二個と卵焼きとウインナーを食べて満足していた。食べ終わった後にさっそくプールに行く! と言っていた。

 少し休憩してから今度は流れるプールに浸かった。泳いだとは言い難い、人ごみだった。さすが、土曜日のプールってぐらい人がいて、流れるプールはイモ洗い状態だった。それでも、楽しかったんだけどね。


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