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改札口の向こう側  作者: maruisu
第一章
11/42

リサの話2


 栄一とどこかへ遊びに行く約束をして、しばらくが過ぎた。

 もうすぐ試験だからそんなことも言ってられなく、私たちは勉強に追われた。っつてもリサは勉強はしないんだけど。


 リサは試験勉強したことがない。これ、ほんと。勉強は授業以外でしたことがない。だって、学校ってそのために行ってるんじゃないの? ってのがリサの持論なんだけど。――まあ、持論通りにやってたら当然成績悪いよね。リサが「試験勉強? しないよ~」って言うと、「またまた~」って言われることがある。だけど、成績表見せると、みんな納得するんだけど。


 え? リサがバカすぎるから?


 それでもいいけどさ。ま、勉強しないって言ってる人ほど勉強してるんだよ、って訳知り顔で言うやつも、勉強してるのに「え~、私勉強してないから、マジ、今日のテストやばい~」とか言ってるやつはいっぺん地獄に落ちろとは思うけどね。


 で、グループの皆さんはと言うと、マキは意外に勉強しちゃうタイプ。チャライ外見なんだけど、侮れないのがマキさん。

 同じタイプのハヤト。こっちも同じく侮れない。

 で、シンペイとアラタは見たまんま。あんたら、その外見にぴったりの出来具合だよって感じで、先生に一目も二目も全く置かれずに、馬鹿扱いされているテンプレな人たち。

 で、リサはどっちかっていうとそちらの仲間入りかな……。いや、アラタ程じゃないよって力説したいくらいだけど。


 んで、栄一は、ほんとにさ~、頭来るくらい。

 外見よし、勉強できる、運動神経も結構いいって、どういうこと? 人前じゃ絶対勉強しないし、遊びにも付き合ってくれるけど授業はサボらない。だけど知らないところでちゃんと勉強している。

 うちの学校学期末考査は順位が50番以内が張り出されるんだけど、いっつも学年で15番程度、クラスではトップ5以内に食い込んでる。


 ほんっとマル良物件でさ、そりゃモテますよねってのを地で行ってるんだよ。小憎らしいったらないよ~。

でも好きなんだけど。


 で、その栄一が試験期間中の放課後に、またあの三人に呼び出された。

「田所君、放課後ちょっといいかな?」

 ボブカットに気の強そうな栄一と同じクラスの竹中さんが声をかけてきた。この竹中が、前栄一のこと屋上の踊り場に呼び出して三島さんの告白のお手伝いしていた子。三島さんも栄一と同じクラスだったりする。竹中さんと三島さんと、もう一人、大野さんっていうのが栄一と同じクラスの仲良し三人組。

 私とマキと栄一で話していた時に、竹中さんがそう言ってきた。栄一は三人を交互に見ると、「何?」と聞いた。


「ちょっと話があるんだよね」

 私とマキの様子をうかがうように竹中さんが言う。マキと私はお互い顔を見合わせた。

 栄一はちょっと困ったように三島さんを見る。三島さんは竹中さんの後ろで俯いていた。


「あー、分かった」

 栄一は首の後ろに手を当てると、ちょっとうんざりしたように頷いた。

 三人はそれだけ言うと、三島さんの席に戻っていった。

 ちょいちょい、こんな試験の最中の呼び出すって、どんな用なわけさ? 試験中も色恋のこと考えてるなんて、なかなか余裕だね、三人とも。


「栄一、何? あの三人」

 マキが突っ込む。

「ああ、大したことじゃない」

 口調を変えずに、栄一が俯きながら少し笑う。

「ふーん、なら断っちゃえば?」

 マキは何も気にしてなさそうに、一言言うと、今まで話していた話題に戻した。ちらっと視線を上げながら栄一を見ると、栄一はマキと一緒に今話していたお祭りの話に戻っていた。

 そんなこと言われても、栄一は断らないだろうな。三島さんの告白を断ってる負い目があるから。そこら辺を栄一はたぶん、気にするんじゃないかな。


「でさ、アラタがバイトしてるコンビニでお祭りの日に出店出すんだって。アラタも手伝いに入るらしいから、見に行こうよ」

 マキがマニキュアの剥げを気にしながら栄一に言う。

「何アイツ、コンビニでバイトしてるの?」

 コンビニでバイトに、栄一が食いついてくる。

「そうだよ。家の近くの店だって」

「へえ。俺の知り合いもコンビニでバイトしてるんだけど、やっぱ祭りの日は出店出すのかな。聞いてみよ」

 栄一が笑っている。この頃機嫌がいいみたい。


「お祭りかー、えいいち、行く?」

 いっちゃん自信ありの顔の上目づかいになるように首を傾げて栄一を見ると、栄一は「まだわかんねえ」と笑いながら答えた。


 でも期末が終わればもうすぐ夏休み。お祭りまであと一か月。その前に今年は花火大会もある。


「あ、そうだ。花火も今年は早いんだよね?」

 栄一の顔を見ながら言う。マキが「あー」と頷いた。

「マキは、シンペイと行かないの?」

 マキとシンペイは付き合っている。高1の時からだから、もう結構長い。そのシンペイは今は、担任に呼び出しを食らっている。

「んー。行くよ」

 剥げているマニキュアの部分を丁寧に塗り直している。周りの子たちが教科書を開いて、ちゃんと机の前にいるのに、私らだけずいぶん能天気。


「おまえ、教室でマニキュアはやめれ」

 きつい匂いに、栄一が顔をしかめる。


 花火大会かー、栄一と行けたらいいけど……。ちらりと栄一の横顔を見る。栄一はくっせ、と言いながら顔をしかめてからマキに何か言われて、笑いながら言い返していた。


 

 その日の試験は栄一と花火に行くことばかり考えて、あんまり手につかなかった。

 あ、そんなこと言ったら担任の藤田ちゃんに怒られるかも。

 今日の科目は微分積分と、日本史。

 微分積分て、よくわかんないんだよね。難しい。でも私文系だからあんまり関係ないかなーなんて舐めている。


 あー、絶対赤点。今回赤点取ったら、補習。マジ勘弁。


 で、放課後になったら担任の藤田ちゃんに呼ばれてしまった。

 みんなが帰っていくざわざわした音を聞きながら、試験期間中は職員室は生徒立ち入り禁止になっているので、わざわざ進路指導室まで行って説教を食らう羽目になった。


 何で説教くらっているかというと、以前出した進路志望の欄すべて未定と書いたから。

 藤田ちゃんに、ふざけるなと言われちゃった。

 ちなみに、私の前に呼ばれていたシンペイはお婿さんと書いたそうだ。嫁の来てはあるんか? と先生は真顔で聞いたらしい。「マキちゃんが来てくれたら、ラッキーっす」と彼は返したらしい。

 うん、そりゃ愚痴りたくなるよー、藤田ちゃん。でも、シンペイはバカだからあきらめて~。

「お前らは、揃っておれを舐めてるだろ?」

 40代の藤田ちゃんはちょっと薄くなっている頭のてっぺんをがりがりと掻いた。その手触りが気になるらしく、掻くときに一瞬手が止まったの私は見逃さなかったけどね。


「舐めてないよー、大じょぶ」

 ぐっと親指立ててにこやかに藤田ちゃんに言うと、「だったら真面目にやれ」と言い返された。

 あれれ?

 慰めたつもりだったんだけどぉ。

 それで、延々藤田ちゃんに説教という名の愚痴を聞かされ、進路指導室を出たのはもう帰りのホームルームが終わってから一時間もしてからだった。

 学期末のテスト期間中は部活もないし、学校に残っている生徒はほとんどいなかった。




 

 教室の前に来ると、中から話し声がした。

 扉のガラスから中を見ると、栄一の姿が見えた。そして、その向かいには三人の女の子たちが並んでいた。私のところからは後ろ姿しか見えないけど、昼間栄一に声をかけてきた、竹中、三島、大野のトリオだった。

 またか――と思いながらも、教室には入れる雰囲気ではなかった。カバン取れないじゃーん。早く帰りたいのに。


 扉を開けてやろうかと思った時に、中の声が聞こえてきて、手を止めて慌ててしゃがんで見えないように扉に耳をそばだてた。


「私、見たんだよ」

 竹中さんの声が聞こえる。

「田所の好きな人って、あの人なの?」

 食って掛かるような言い方に、栄一が眉をひそめている。

 告白したのは三島さんだったよね。ってことは、栄一を好きなのは三島さんってことだよね? なのに、前回も今回もこの竹中さんの方がヒートアップしている。

 

 でも、栄一の好きな人――それが聞こえて、尚いっそう聞き耳を立てる。


「そうだよ」

 栄一は机によりかかりながら、両手をポケットに突っ込んでいた。


「なんで?」

 竹中さんが怒り口調で言い返す。

「なんで、何であの人なの? あたし、この前見た時も思ったけど、あの人子どもいたじゃん。そんな人が高校生なんかと、真面目に付き合うわけないでしょ!?」

 断言するような竹中さんの言葉だった。

 

 そう言われた栄一はぱっと顔を上げて竹中さんを見ていた。

 その表情が、普段見たこともないくらいむっとしていた。


「は? なんでそんなこと言われなきゃいけないわけ?」

 栄一が竹中さんを見る。見るというよりも、睨むと言った方が正しいかもしれない。

 竹中さんは、すぐには言い返せなかったようで、一瞬間があった。


「だって、あの人、子ども連れじゃん!?」


「それの、何が悪いわけ?」


「だって、あんなの――田所よりも全然年上じゃん」


「年上だからって、あんたに関係あんの?」

 なんか、いつもと全然違う怖い感じの声。


「俺さ、いまいちわかんないんだけど。何でお前にそんなこと言われなきゃならないわけ?」


「だって紗枝ちゃんの方が、ずっと田所のこと好きだよ! 田所のこと、ずっとずっと見てたもん。それなのに、あんな人と……ひどいよ」

 竹中、最後震えて、涙声だった。紗枝ちゃんとは三島さんのことだ。三島紗枝ちゃん。背が低くて、ハムスターぽい顔をしている子だ。


 えっと、でも、田所が好きなのは三島さんなんだよね? んで、竹中さんがこんな、怒って泣いてるんだろう?


「ひどいって、何が? あんな人って、あんた、なんも知らねえくせに、何言ってんの?」


「紗枝ちゃんが諦めたのは、田所があんな子持ちの人と付き合うためじゃないもん。よっぽど紗枝ちゃんの方が田所とお似合いだし、田所のこと好きだよ。なのに――田所騙されてるんだよ。目を覚ましなよ!?

 紗枝ちゃんだって心配してるんだから!」

 

 栄一は、しばらく黙ってた。

 ただ黙って、竹中さんを見ている。竹中さんも栄一の方を見ているようだった。

 

「はあ? 何、それ?」

 栄一の眉間にはしわが寄っていて、目が吊り上っている。

 こんなあからさまに怒っている栄一の声を聴くのは、初めてだった。



「三島が諦めた? なにそれ? 俺は三島が諦めたお情けで、他の人と付き合ってるとか思ってんの? 三島が諦めようが、諦めまいが、俺はお前が言う子持ちの年上の人の方が好きなんだけど?

 俺が誰かと付き合うのに、三島の許可がいるワケ? 意味わかんねんだけど?」

 吐き捨てるような栄一の言葉だった。


「しかも、なに見下しちゃってんの? 子持ちで年上だからって、なんでお前みたいなやつにぼろくそ言われなきゃなんねえの? ふざけんなよ」

 栄一が竹中さんの横の机を思いっきり蹴とばした。

 がしゃんと倒れた机の音が誰もいない教室に、廊下に、響いていた。その音に驚いて、三人の肩がびくりと跳ね上がる。

「百歩譲って、三島がそれを言うなら、俺は好きになれなくて悪かったとは思うけど。

 なんで第三者のあんたがしゃしゃり出て、エラそうに説教たれてるわけ?」

 栄一が立ち上がって、一歩前に出た。そして、竹中さんの顔を覗き込む。

 

「あんた、俺のこと好きなん? 好きになった権利とかって思ってんの?」

 栄一に真顔で覗かれて、竹中さんは俯いた。

 あんな間近で栄一の顔、しかも怒ってる栄一の顔なんて、直視できないよね。

 あたしには無理だー。


「三島が告白したから、その友達の自分にも口出す権利があるとかって思ってる?

 バカじゃね―の?

 次ふざけた事言ったら、マジで女だからって容赦しないから」

 そういうと、栄一は竹中さんの後ろの机を思いっきりばしんと叩いた。その怒りの剣幕に、竹中さんと三島さんが肩を震わせる。その奥にいた大野さんは動きがなくて、どう思ったのか全く分からなかったけど。

 栄一は何事もなかったように自分の机の上に置いたカバンを手に取ると、怒り顔のまま、私のいるドアの方に歩いてきた。


 やばい! 


 隠れようとして、背を向けたところ、ガラっとドアが開く音がした。


 ――まったく間に合わなかった。


 そのまま足を止めて、くるっと振り返った。

 逃げるよりか、潔く言っちゃったほうがいい。

 すると、リュックを右手で持って背負わずに肩にかけた栄一は、顔を上げた途端、私が立っているのを見つけて、驚き顔で立ち尽くしていた。


「――っくりした……」

 多分、びっくりした――て言いたいんだよね、栄一。

 

「あははは、また見ちゃった。ごめん」

 笑ってごまかそうとして、笑顔を作り両手をばしんと顔の前で合わせた。


「聞いてた?」

 栄一が静かに言う。

 怒ってるわけでもなく、焦ってるわけでもなく、真顔だった。

  

 黙って頷くと、栄一は一つため息を吐いた。


「あ、聞こうと思ってたわけじゃないよ! 藤田ちゃんに呼ばれて、説教されてて、帰ってきたら入れない雰囲気だったの!」

 慌てて手を横に振って、違うというジェスチャーをしてみせる。まったく嘘じゃない。それはその通り。

 話が終わるまで廊下で待ってただけで。待ってた時にちょっと小耳にはさんじゃっただけで。


「ああ、呼び出されてたっけ、そういや」

 栄一が頬をぽりぽりと人差し指で掻いた。私はその言葉に大きく一つ頷いた。


「じゃあな」

 栄一が帰ろうとしたので、慌てて教室に入り、カバンを手に取ると、栄一の後を走って追いかけた。

「待ってよ、栄一!」


 栄一が階段を下りて、昇降口へ向かう。その三歩後ろを私も追いかける。

 独特の昇降口の埃っぽい匂いの下駄箱から、慌てて自分の靴を取ると急いで履き替える。

 靴を履きかえて外に出ても、その距離は変わらなかった。


「栄一、あのさ」

 声をかけると、振り返りもしないで「何?」と栄一が答える。

 返事があったから、小走りで追いついて隣に並んだ。


「さっきの話のあの人って――もしかしたら、グウちゃんあげた子?」

 私が尋ねると、栄一が押し黙った。それから三秒ぐらいしてから、


「俺はショタロリか?」

 と吹き出した。


「あ!? っと、違った! グウちゃんあげた子のお母さん、そっち、そっちの人の方!」

 わー、肝心なところで間違えた!! 


「そう」

 栄一がきっぱりという。思わず横顔を見たけど、何事もなかったように栄一は歩いている。


 そっか、あの人か。

 一回しか見てないからあんまり印象には残ってないけど、確かにかわいらしい人だった。ちょっとピンクっぽい赤みの入った茶色い髪の毛をくるっとお団子にしてた。くるっとした目で、肌の白い人だった。化粧っけがなかったから、私らとそんなに年が変わらなそうなのに、子どもがいるんだ、って思ったのを覚えてる。

 一緒にいた子も素直そうで、にこにこ笑顔がかわいかった。あの親子か~。

 そういえば、あの時、栄一は確かに良く笑ってた。


「あのさー、付き合ってんの? その人と」

「んー、俺は好きだって全面的に押してるけど、相手はどうだかは分かんねーなー。だけど、一緒にいてくれるから、ちょっと期待はしてるんだけど」

 そう言いながらポケットに手を突っ込むと、肩をすくめてにひっと笑った。


 はあ、栄一にこんな顔させるなんて。

 ずるいなー。ほんと。


「子どもがいて、ダンナさんとかいるんじゃないの?」

 もちろんいるんだよね、っていう意味で尋ね返すと、栄一が真顔になる。


「シングルマザーなんだってよ。俺も詳しいことは知らないんだけどさ」

「聞かないの?」

「必要があれば、向こうから言ってくるんじゃね?」


 何ともあっさりした言葉だった。普通そういうのって、聞きたいもんじゃないのかな? 相手がどういう恋愛してたかって、気にならないのかな?

 リサはすっごい気になるタイプなんだけど。

 でも、聞かないのが栄一らしいのかなと思うと、歩調を緩めて栄一の後姿を見た。


「えー、栄一、私の過去は気にならないの?」

「は?」

 素っ頓狂な声をあげられた。ひどい、栄一……。

「全く気にならねえな」

 ぷっと噴出したのを堪えながら栄一が言う。


 私と同じ高校生の栄一が、そんな人のこと好きになってるとは全然思わなかった。

 おんなじ頃、私は同じ学校の同じグループの、高校生の男の子に恋していたのに。


 その栄一は、シングルマザーの年上の人と恋に落ちていた。

 その間に、埋められない溝のようなものを感じて、栄一が遠く感じられた。

  

「――お願い、栄一」

 私は足を止めた。一歩先に踏み出した栄一が振り返る。


「何ー?」


「えっと、あのさ。前にした、一日だけデートしてくれる約束」

 すると、栄一が瞬きをする。

「ああ。決まった?」

 思い出したように言ってから、栄一が笑顔になった。


「あのさ、花火大会を一緒に行ってくれる?」

 私たちの住んでいる街でやっている一年に一度の花火大会。それを、二人で見に行きたい。


「うーん」

 栄一は考える。

 即答じゃなかったから、もしかしたら好きな人と一緒に行くのかもしれない。もう約束しているのかな。

 

「まあ、仕方ないか」

 思いっきり溜めた後、しぶしぶといったように、栄一が呟く。

「約束、したしな」

 栄一が私を見る。さっきとは全然違う、優しい顔だったから嬉しかった。


「えへへ、約束」

 そう言って栄一を追い抜いた。帰り道は、梅雨の雨が上がって、草が湿った匂いがむっと立ち上っていた。梅雨が明ければ、もうすぐ夏だ。


「帰ろう、栄一」

 振り返ってそういうと、栄一が笑った。

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