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第4話 円計算尺と弟子


「今度の海外出張、行くか?」


「あ~行きたいんですけど、弟たちの卒業式と被るんでパスで」


「岩橋さん、弟さんいるんだ」


「そうなんですよ。おまけに双子。やーっと、高校を卒業してくれるんです」


「結構、年下の弟なんだな」


「ほんと、今も昔も私が母親代わりみたいなもんですよ。なので、またの機会にします」


 ――まさか、交通事故に遭うなんて。


 

 *


 身体が潰されるような重苦しさに息を吐く。

 ゆっくりとベッドから起き上がって、鏡を見た。


 黒髪から明るい色へ。瞳の色も日本人とは程遠く、十七歳らしい幼い顔立ちだ。

 詩織の頃を夢見るなんて久しぶりだった。

 それでも、今は“フィーナ・シルヴェリ”として生きている。それが全てだ。


「おはよう、フィーナ!」


「おはよー」


 学校に向かう道すがら友達と出会った。

 学生寮から学校まではアルフヘイムのメインストリートを歩いていく。

 世界中の優れた魔術士を生み出す『魔術学校アルフヘイム・ヴェリタ』は都市の最奥にそびえたつ、まるでお城のような学校だ。けれど、増築と改築を繰り返し、だいぶ歪な城へと変貌しつつある。それでも、無秩序な建物が街全体に多いため、あまり違和感がない。

 

「ね、昨日、リヒャルト・ブルーム先生の工房に行ったんでしょ? どうだった!?」


「えー……っと、魔術は最高だった、よ」


 生活環境は最悪だったけれど。

 あの後、キッチンの荒み具合に辟易して、何とか使えそうなお皿を取り出すだけでも一苦労した。

 水場だからって、魔石の精錬作業をキッチンでやるのはやめてほしい。あと「パン、カビないといいなぁ」なんて不吉なことも言わないで欲しかった。


「いいなぁ、天才錬金術師の魔石研究の手伝いだなんて、羨ましい」


「まぁね!」

 

「キーッ!」


 ゲラゲラと笑い合って、学校を目指す。

 

 ――私は、詩織だった頃から石のために生きてきたのだ。


 前世の記憶は、今ではもう詳細な事柄は忘れかけてきている。けれど、すぐ近くに山がある田舎に生まれて、農作業で忙しい両親の代わりに双子の弟たちと野山を駆けまわったり、時には勉強を教えたりしたことは覚えている。

 近くの山はその昔、銀山だったらしく、その他にも多数の鉱石やメノウが取れたらしい。小学校の学習体験で資料館を訪れた際に、一目ぼれしたことがきっかけだった。


「でも、フィーナの魔石好きは今に始まった話じゃないもんね。薬草よりも魔石の名前の方がすぐに言えるんだもん」


「うっ……。だって、葉っぱの違いとかわからなくない?」


「逆になんで、魔石の方がわかるのよ」


「それは……ねぇ?」


 ショーケースで輝く宝石よりも、地層で眠り続けていた石の方が私は何倍も好きだった。

 どうしてその色になるのか、形になるのか。突き詰めていくうちに、果てしない時間と化学変化の世界に飛び込んでいた。

 ダイヤモンドは炭素で出来ている。けれど、産地や地層によって変化する。それを見極める裏方を通して、私は地球の歴史に触れてきたのだ。


 メインストリートに立ち並ぶ、様々な魔術道具店。その中にも当然、魔石専門店もある。

 私がこの世界に生まれて、一番、感動したのは当然『魔石』だった。

 魔素と呼ばれるエネルギーが固まって、変化して、様々なものに応用される。現代で言えば、レアアース以上の優れものだ。しかもまだ、未知の部分が多いときた。


(研究のし甲斐があるってことじゃない!)


 おまけに実家は貧乏ながらも錬金術工房を営んでいたため、普通の子どもよりも魔石に触れる機会が多かったのも幸いした。

 前世の記憶があるとはいえ、魔石に関しては素人そのもの。私は腕をふるって、研究に勤しんでいる。

 学校では基礎課程がほぼ終わり、あとは個々の進路に合わせて授業を選択していくため、先生の家に訪ねるのは週に三回ほどだ。けれど、あの家の荒み具合から今日も行く予定になっている。最低限、人が住める状態にはしておきたい。


「そういえば、同じ天才で思い出したけど。ほら、ちょっと前まで同級生だった、あのドルガスアの……」


「あー……シルヴィオくんね」


「飛び級でサクッと卒業して国に帰っちゃったけどさ。あのプライド高くて口の悪い天才に普通にダメ出ししてたの、フィーナくらいだよ」


「だって、天才だからって何言ってもいいってワケじゃないでしょ。ほんと、無神経すぎるんだもん」


「今でも忘れられないよ。神童の頭をひっぱたいたの」


「あれは……うん。でも、ほら、あの一件で少しは丸くなったじゃない」


 言えない。生意気な弟たちと被ったなんて。

 赤銅色の意志の強い目を打ち消すように、潮の匂いと汽笛の音が聞こえてくる。


 学校の周囲は深い海に囲まれ、陸地とは太い連絡橋一本で繋がっている。一種の治外法権な『出島』だ。

 アルフヘイムは貿易港でもあり、多くの荷物や人が行き交う。そのため、魔術道具の一大マーケットがあり、魔術士の登録や特許などを扱う魔術ギルドや研究施設など、地区全体が魔術の総本山を兼ねている。

 世界中の魔術士が一度は訪れ、アルフヘイムの街並みに魔術の未来を感じていくのだ。


(なのに、その最高位が生き倒れていたなんてなぁ……)


 先生の家を訪ねる前に日持ちしそうなご飯を探しておこうと心に決めて、巨大な門をくぐった。



 *



 放課後。

 私は、オソーノさんところに寄って、パンドカンパーニュを購入。丸くて少し大きい硬めのパンで、日持ちがするし、カビにくいパンだ。それからオーブンのお礼に、と小さなクッキーもおまけでもらって、私は先生の工房を訪ねた。


「先生、こんにちはー」


 先生の工房は自宅も兼ねているのだけど、自宅側の入り口は草で覆われて入れない状況だ。

 カウンターを抜けて作業場を覗けば、先生は台座付きの暖炉の灰掃除をしていた。


(掃除……できるんだ)


 単純にやらなかっただけで、出来る人なんだと、安堵できたのは一瞬だけだった。

 灰が舞うというのに口や鼻を布で覆わないせいで、くしゃみを連発。すると当然、灰が吹き飛んで、集めたものが飛び散る。おかげで、床は薄汚れた雪原に変わっていた。

 私は廊下で深呼吸してから、ハンカチで口を覆うと「先生、掃除を一旦、やめてください」と部屋に入る。

 すると、先生は「あ、フィーナ」と真っ黒な手で顔をこすって、見事に整った鼻梁を台無しにした。


「あ、フィーナ。じゃありませんよ、先生。灰掃除をするときは、ちゃんと掃除用の恰好をしないとダメですよ。それか、魔術で固めるとかしてからにしてください」


「固める?」


「……水よ、我がもとに、幾千万の粒となりて塵を抱け——(ネーベル)


 手を掲げて灰の上に細かな水を降りかける。霧状にした理由は、水分が多すぎるとドロドロになって、台座にこびりついてしまうからだ。灰は金属を溶かす際に使ったりするので、まとめたあとは木の樽に入れておけばいい。


「すごいですね、フィーナ! いつも僕、まき散らして大変だったんです」


「…………そうでしょうね」


 その頭脳をどうして日々の生活に生かせないんだろうと、頭が痛くなってくる。

 持ってきたエプロンと手袋を装備して、口を布で覆ったら、準備が完了。灰ならしのトンボとほうきでかき集めると、床に置いた古布の上に落としていく。


 その途中、カツンと硬い何かに当たった。

 お皿かと思って、灰山から出してみれば、懐中時計より少し大きい真鍮製のものが出てきた。時計と違って、その板面は細かな数字と目盛りがびっしりと並び、一巡している。時計の針代わりに、赤い一本の線が引かれたガラスの回転盤が、複雑な数字を指し示していた。


(……これって、もしかして、もしかしなくとも、円計算尺!?)


 慌てて袖口で薄汚れた表面を磨き上げると、煤の下から刻まれた数字がキラキラと輝きだす。

 指を震わせながら、その先でガラス板を滑らせる。

 カチ、と小さな歯車が噛み合う手応えと共に、赤い線が滑らかに数字の上を移動した。


「っ、先生!」


「は、は、はいっ! なんでしょうか!?」


 本を片付けるといっておきながら、明らかに読みふけっていたところは黙認するとして。

 今はこの手に持った、パソコンに匹敵する計算機がシンデレラになっていたのかを問いたださなくてはならない。

 一刻も早く、本来の用途の世界に連れ戻さなくては、最上級の頭脳が失われてしまう。


「どうして、これが、こんなところにあるんですか」


 怒鳴ってしまいたくなるところを抑えつつ、もしかしたら探していたのかもしれないという可能性に賭ける。

 錬金術でも物質を変化させる際は、計算した方がより純度の高いものに仕上がるからだ。


「…………あぁ、学校長からもらったものですね。使い方がわからないから、そのまま放ってしまって……フィーナ?」


「っ、これ! 円計算尺って言って! 金貨三十枚分の超貴重な道具なんですよ! なんで、本っ当、もう……信じられない!」


 下手をすれば家一軒分くらいの価値がある代物だ。

 それを魔術学校の学校長から直々にもらったということは、最高位錬金術師としての証明として贈ってくれたに違いない。

 なのに、使い方がわからないからって、よりにもよって暖炉に投げるとか、気が狂いそうになる。ここまでヒドいとは思ってもみなくて、帰りたくなってきた。手を振るわせていると、先生は急にその眼差しを変えてきた。


「差し上げます」


「はっ?」


「それ、僕じゃ宝の持ち腐れみたいです。だったら、フィーナに使ってほしい」


「なに言って……」


 いくら使い方がわからなかったとはいえ、こんな価値のあるものを簡単に手放していいわけじゃない。

 けれど、その有無を言わさない真っすぐな視線に、思わず足を引いてしまう。

 先生は挑戦的な目で「ただし、条件があります」と指を一本立てた。


「フィーナには、錬金術のお手伝いだけをお願いする予定でした。ですが、これからは僕の弟子として、生活面もお願いします。その前金、というのはいかがでしょう?」


 本格的にリヒャルト・ブルームの“弟子”として、先生の生活全般のサポートをする——。

 その重みに言葉が詰まった。

 私の性格上、この工房の惨状を見過ごすことはできなかったし、この計算機があれば私の研究にも生かせる。何より、(イリス)の弟子だ。世界中の魔術士が目指すトップから、直接、学ぶことができる。錬金術師を目指す者として、これ以上にない破格の待遇だ。

 身体が震えた。

 こんな機会を断る錬金術師なんて、この世にいるはずがない。


「……引き受けます」


「交渉成立ですね」


 ホッと顔を緩ませて、大仕事を終えたかのように大きく息を吐く先生。

 そこまで緊迫した空気ではなかったはずなのに、なぜか先生の緑の瞳は、絶対に私を逃さないとばかりに真剣だった。よっぽど、家政婦がほしかったに違いない。


(どうしようもない、先生だなぁ……)

 

 手に持った円計算尺はツヤツヤと照り輝き、ようやく地表に出た原石のように愛らしく見えた。




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