第25話:ローワンの記憶
三日がたち、ステラは半日だけ仕事に復帰することになった。
なぜか朝ご飯だけは一緒に食べることになったローワンに、ステラは念のため声をかけた。
「では、今日から私は工房へ……」
「ダメです」
即答され愕然とするステラを、ローワンが冷ややかに見つめる。
「宝石の鑑別のような負担の大きい仕事はせめて一週間たってからにしてください」
「あ、じゃあお礼状を」
「こちらで出しておきました」
「では書類の整理を……」
「結構です」
何を提案しても断られ、ステラは途方に暮れた。
「で、では何を――」
「図書室で本でも読んだらいかがですか」
ローワンが素っ気なく言う。
もとより、仕事をさせる気はなかったようだ。
「わかりました……」
工房に行きたいのはやまやまだが、これでまた倒れたりしたらそれこそ宝石の仕事をさせてもらえなくなるかもしれない。
(確かにまだ本調子じゃないわ)
体にだるさが残っているし、頭もぼうっとしている。
「図書室か……いいかも」
ステラは本が大好きだったが残念ながら実家には図書室はなく、数少ない本を何度も読んで楽しんだものだ。
ステラはちらっとローワンを見た。
相変わらず朝食だけ同席はしているものの、ノエルの方を見ないし声もかけない。
(でも、家族で食卓を囲んでいる。進歩だわ。少しずつ家族らしくなれたらいいな)
朝食後、ステラはわくわくしながら図書室に入った。
「わ……あ」
広い図書室にはずらりと本が並べられている。
「素敵素敵!」
ステラは夢中で本の背表紙を見つめた。
こんなにたくさんの本を前にするのは初めてだった。
うっとりとしながら本棚を眺めていく。
「あら、宝石?」
奥の方に飾り棚が置かれていた。宝石の見本がずらりと並べられている。
かなり年季が入っていたが、どれも質がいい宝石だと一目でわかった。
ステラは何気なくエメラルドに手を触れた。
(あっ)
一気に宝石の記憶が雪崩れ込んできた。
(これは……ローワン様?)
まだ幼さの残る十二歳くらいのローワンが笑顔を浮かべている。
その視線の先には十六歳くらいのメイドの少女がいた。
栗色の髪とまん丸な青い目、笑顔が印象的なその少女に見覚えがあった。
(この人……! ノエルのお母さん! メイドだったの?)
<フィオナ! お菓子を持ってきてくれたの?>
<ええ、ローワン坊ちゃま。内緒ですよ。図書室では禁止なので>
幼いローワンの頬が上気している。
ローワンの表情を見れば、フィオナに夢中なのがわかった。
(ローワン様は……フィオナさんに恋していたの?)
<やあ、楽しそうだね>
図書室に入ってきたのは、ストレートの黒髪の少年だ。フィオナと同い年くらいだろうか。
その穏やかな面差しに覚えがあった。
(この人……写真に写っていたお兄様よね?)
黒髪の少年は、二人に優しく微笑みかける。
<僕も仲間に入れてよ>
<いいですよ、ケイレブ坊ちゃまもどうぞ>
フィオナが嬉しそうにお菓子の皿を差し出す。
三人の楽しそうな記憶が次々と流れた。
「つっ……」
こめかみがズキッと痛み、ステラはサファイアから手を離した。
病み上がりなのに、つい集中して力を使ってしまった。
「もしかして……三角関係だったの?」
いろいろ謎だったことが解けた気がした。
片思いをしていたフィオナが兄のケイレブと結婚。
ローワンはショックを受けただろう。素直に祝福できたのだろうか。
そして、公爵家の長男とメイドの結婚。とても認められるものではない。
もしかしたら身分違いの結婚をしたせいで、ケイレブは公爵家を継げなかったのかもしれない。
家から反対されて、駆け落ち同然の結婚をした可能性もある。
(ううん、きっとそう)
何もかも繋がってきた。
(ローワン様はノエルの顔をろくに見ない)
(養子にしたけれど、放置して家族として扱っていない)
(それって、やっぱり恋破れたせい?)
もしそうだとしたら、ローワンがノエルを可愛がることはないだろう。
(幸せな二人を見たくないから、写真立てを隠していたの?)
箱の奥底に押し込められた写真立てが浮かぶ。
ステラはいたたまれなくなり、図書室を出た。




