152.いよいよ
ガゼボでのお茶会から、2日が経った。
この日の夜中、シルフィーナはモリエール侯爵夫人の腹の中に定着する。
前日にアレクシウスとフローリアが夫人の様子を見て、決めた。
夕方、先に目が覚めたのはガイだった。
ガイの腕の中にはシルフィーナがまるで今日は何の日なのか分かっていないかのように心地よい寝息をたてている。
アベルに、寝不足で定着に入らないように、と言われている。
腕の中の女神を起こさないようにそっと抱きしめる。
こうやって抱きしめるのもこれが最後。
次にシルフィーナに触れられるのは実体では約9か月後、神霊体ではたぶん10か月後。
抱っこして眠るのは、きっと定着したシルフィーナが生れ落ち、成長し、実体の人生を終わった後になるだろう。
そう考えるとこみ上げてくるものがあるが、ガイは今日一日を泣かずに終えることと決めている。
いつまでもシルフィーナに、泣き虫、と言われないようにするつもりだ。
ふわふわと目の前に漂っている銀糸の髪をつかんで接吻をしたかったが、動くとシルフィーナが起きてしまうかもしれない。
じっと主の目覚めを待つガイだった。
それから数時間後、主の目覚めがやってきた。
少し動いたかと思うと、動きが止まり、しばらく待っていると、首筋に接吻をしてきた。
「お目覚めですか?」
お決まりの目覚めの確認の言葉を発すると
「・・・がぁいぃ・・・おきたくない・・・」
「え?」
「・・・がいから・・・はなれたくない・・・」
首筋に廻された腕にギュッと力が入った。
「シルフィーナ様」
「がい、ガイ、ガイィィ」
起きたところだというのにシルフィーナが泣き始めた。
つられそうになるのを必死でガイは堪えてシルフィーナに語り掛けた。
「どうしたのですか?シルフィーナ様。そんなに泣いては目元が腫れてしまいますよ」
女神は答えず、泣きじゃくっている。
「今日は定着の日じゃないですか!もうすぐ実体を手に入れることが出来るんですよ」
女神の頭を撫でて、頬を女神の頬に摺り寄せると、熱くなった頬に涙が伝ったのだろう、濡れていた。
「実体を手に入れられると、自分の体でお菓子を食べることが出来ますよ」
「お、お菓子は、食べたい・・・けど・・・ガイの・・・腕の中で、もっと眠りたいの」
涙をこらえてガイはシルフィーナをギュッと抱きしめた。
「ダメですよ、シルフィーナ様。ご自分の意志で地上界に降りてこられたのでしょう」
シルフィーナの腕が緩んで、ガイは女神の泣き顔を見ることが出来た。
「さあ、私の女神様。涙を拭いて差し上げましょう。9か月だけ我慢をして、実体でお生まれになるのを私は待ちます。何ならお産に立ち会って一番にシルフィーナ様をお迎えします。だから、そんなに泣かないでください。私は泣きませんよ。だって、シルフィーナ様に、泣き虫、って言われるのは嫌ですからね。さあ、綺麗なお顔のシルフィーナ様。泣かないで」
ガイがシルフィーナの唇に接吻をしたが、女神の美しい紫色の眼からは、後から後からと涙があふれる。
ガイは涙をこらえ、笑顔を作ってその涙をぬぐったのだった。




