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最終話「変わった世界の変わらない日々」

「あ、これなんていいんじゃないですか?」

「そうだな」


 あれから数ヶ月。

 異世界王国は変わりない毎日を謳歌していた。


 崩れた壁、上の階が見えるようになった天井、その他もろもろの設備は城の持つ自動修復が全て綺麗に直してしまった。

 直らなかった物といえばこの世界で購入した備品くらいのものである。

 生活に必要な物はほぼ揃っていた為、買いなおす物はそう多くはなかった。


 すぐに元の生活が出来るようになり、また帝国も何も接触してこず平和な時間を過ごせている。


「こんなものですかね。それじゃ会計してきますね」


 今日は近くの街で買い物である。

 一足先に店の外へと出た望は空を見上げた。


 青い。

 びっくりする程に。

 元の世界の空はフィルターでもかかっていたのではないかと思ってしまう程に突き抜けた色をしている。


 海のように青い空は綺麗で、慣れたと言えどいつまでも見続けられる。


「どうしたんですか? 空なんて見上げて」


 店から出てきたアルタも釣られるように空を見る。

 アルタにとっては何の変哲もない、いつもの空。


「いや、何でもないよ。それじゃ城に戻るか」


 視線をおろしそのままそれをアルタへ向ける。

 最初の頃と変わってないようで、変わったと望は思う。


 他人に気を配る性格はそのままだが、たまに見せるわがままな一面。

 何故だか自然と許せて、なにより人間らしいと望は好感を持つ。


 目が合うとアルタは空に浮かぶ太陽のように明るい笑顔になる。


「それじゃ帰ったらお昼ご飯にしましょう」


 城に戻ると残っていたメンバーが出迎えてくれる。


「ノゾムー、ニナと遊ぶのです」

「いいえ、ミイと遊ぶ約束ですよー。いや、本当はしてませんけどあーそびーましょー」

「お、にーちゃん達おかえり。腹減ったよ、昼ご飯なに?」


 それぞれが明るく話しかけてくれる。

 こんなやり取りをしていると若干昔の事を思い出す。

 学生時代はこうして帰宅するとよく遊び相手をせがまれた。

 そして子供というのはこと遊びに関してはとんでもなくタフだという事も。


「昼はー……なんだっけ、忘れたからアルタに聞いてよ。ニナとミイは何してたの?」


 遊ぶ事になれば依頼を受けるより大変そうだ、と思いながら歩く自分に付いて来る子供三人と話しながら談話室へ向かう。

 そこにはやる事がなかったのか大人メンバーがのんびりしていた。


「よう戻ったか」

「おかえり。アルタは買い食いしなかった?」

「おかえりなさぁい。今日の晩ご飯の当番はわたしですから期待してて下さいねぇ~」


 フォティスとアリーシャはいなかったが、いつものように薬作りと研究なんだろうと予想しつつソファーに腰を下ろす。

 アリーシャはあの一件以来しばらくの間ボーッとしていたが、最近ではまた研究室に篭っている。


「二人足りないね。部屋にいるの?」

「じーさんはそう言ってたぞ」

「アリーシャさんもいつもの場所だろうね」


 帝国の異常な実験は幕を閉じたが、歪み自体は未だこの世界で発生している。

 まともな手段で帰る事が出来ない以上歪みはどうにかしなければいけない、という考えからアリーシャは更に魔道具の改良を行っている。

 とはいえ以前のように没頭しすぎて食事も睡眠も忘れてしまうという事はなく時間になれば自分で切り上げている。


 些細なことではあるかもしれないが、自分の事、父親の事しか考える余裕のなかったアリーシャもまた成長していた。


「しっかしよぉ、最近退屈すぎねぇか?」

「言い換えれば平和じゃん。俺は今の生活好きだけど」

「そりゃあ悪くはねぇさ。ただ討伐依頼も最近受けてねぇからなぁ」

「最近はフォティスさんが薬を大量に作ってくれているからね。それを店へ卸すだけで結構な金額になるんだよ」


 テーブルに行儀悪く足を乗せ天井に向かって愚痴を吐くブルーガイ。

 相変わらず依頼を受けて資金を稼ぐ事はしているが、フォティスが以前よりも薬を作るようになったのでダラけないようにと習慣的に街へ行っている感じとなっている。


「そういやまだ行ってない場所あったよな?」

「転移でってこと? 確かなんちゃら火山となんとか樹海って場所は行ってないんじゃない?」


 転移部屋にはラウラがメモした張り紙が張ってあり、どこに飛ぶ事が出来るのか一目見れば分かるようになっている。

 とはいえ普段使う場所は限られており全てを覚えている者はいない。

 あやふやな記憶で答える望だったが、ブルーガイはそれに食いつく。


「いいじゃねーか! 強ぇー魔物もいるだろうしな、昼飯食ったらそこに行こうぜ!」

「え、今日? 流石に急すぎない?」

「そうだね。危険な場所ならしっかりと準備しないと」

「面白そうなのです。ニナは今日でもいいのですよ」

「同じく、同じく今日でもおっけー」

「ふ、我の手にかかれば悠久の時を生きる竜の王であっても童子を相手するかの如く捻り潰してくれよう」


 そうこうしているとアルタが談話室へとやってくる。


「ご飯できましたよー!」

「お、飯だ飯だ! 腹減ったぜ!」


 我先にと飛び出すブルーガイ、それについて行く子供三人。


「全く、相変わらず落ち着きがないね」


 ゆっくりと歩き部屋を出ていくラウラとアルタ。

 小言は言いつつも表情は柔らかい。


 すっかり馴染みとなったこの光景。

 家に居るような安心すら感じる。


「ノゾムー? 食堂行かないんですか?」


 部屋の外からアルタの声が聞こえる。


「すぐ行くー」


 思考に耽っていた望も急いで立ち上がると小走りで部屋を出た。





「最近ボーッとしてることが多いですね」


 昼食も終わり、望が廊下の窓から外を眺めているとアルタがそう言った。

 元の世界らしき景色を見てからというもの、望はつい考える事が多くなっていたからだ。


「え? あー……んー」


 言われてふとそうかもしれないと思った望だったが、自分でもよく分かっていない感情でアルタに何て言えばいいか分からず口ごもってしまう。

 悩む望の様子にアルタが不安を感じたのか笑顔ではあるが恐る恐るといった感じで追加の言葉を発する。


「ま、まさかここから出て行きたいとか、そういうアレですか……?」

「いや違う違う」


 手を左右に振り苦笑とともに否定するとポツリ、ポツリと話し出す。


「この前さ、帝国の人達が来たじゃん?」

「襲撃があった時ですね」

「そうそう。そんで歪み閉じる時に色々と景色が映ってて、最後の景色がどうも地球っぽかったんだよね」


 今も鮮明に思い出す事が出来る。

 コンクリートで作られたビル。

 そしてそれが多数ひしめき合う様に集中して並ぶ。


 車や人が道をゆき映像の端には山があり、その反対側の端には僅かながら海も映っていた。

 地球でもあれは日本で、更に言えば自身が住んでいた場所だったはずだ。


「えっと、チキュウっていうのはノゾムが住んでいた世界の名前ですよね? もしかして、その、帰りたいって思っちゃいましたか?」


 悲しそうに、覗き込むように上目遣いでたずねるアルタ。

 こういった表情を見せる事がなかった為か少しドキりとするも普段見ない一面を見る事が出来て少し嬉しくも感じた。


「うーん、自由に行き来出来ないからさ、少しはそういった気持ちもあるのかもしれない。でもここに残った事に関しては全く後悔してないんだ」

「そうですか、良かったぁ」


 胸に手を当てホッとするアルタ。


 望は自分がここに居るかどうかで誰かの感情をここまで動かせるということに気づいた。

 そして同時に今感じているなんともいえない自身の心境にも検討が付いた。


「城ってさ、いい場所にあるよね。毎日天気なのに植物はすくすく育つし水不足の心配もないし」

「え? あ、そうですね。一年中丁度いい気温ですし魔物も弱いのしかいませんし、とても過ごしやすい地域だと思います」


 唐突に話題を変えた望にアルタは疑問を感じながらも話に乗る。


「前の世界はその日によって色んな天気で、それも良かったんだ。明日はどんな天気かな、これから暑くなる、寒くなる。半袖で過ごす時期もあればあれこれ着込んで暖かさを求める時期もある」


 この世界に来てそこそこに時が経った、と望は思っている。

 だが地球で過ごした時間に比べればそれはとても短い。


「って、何度も話したから知ってるか。まぁそんな感じでずっと暮らしてきたからさ、あの時歪みに飛び込まなかったのは何か裏切った感じがしちゃったんだよね、前の世界を」


 言葉に表せないもやもやしたもの。

 自分で自分の人生を選択していくのが当たり前で今回もそうした。

 それでも変な感じになったのは恐らく今の言葉が正解だろう。


(分かったら何かスッキリしたなぁ)


 今一緒に暮らしている皆を大切にしたい、共に苦労を乗り越えてきた皆と一緒にこれからも暮らしたい。

 前の世界の人達ともたくさんの思い出があるが、過去の事である。

 特にお世話になった人もいる。

 お礼の一つも言えないのは残念だったが、あれもこれもは贅沢だ。


 自分は今やれる事をしっかりと見つめ、決めた道を進んでいく。


「さっきも言ったけど後悔はしてない。この世界に来てから助けられてばっかりでまだ恩返しも出来てないからね」

「恩返しだなんて……。私だってノゾムにはたくさん助けられてますよ! 本当に!」

「そう? それなら俺も嬉しいよ。この世界に来てアルタに拾われてなかったらと思うと本当に……本当にどうなってたんだろうね。あ、怖くなってきた」


 語尾は弱々しく若干の恐怖も感じ取れる。

 既に戦闘経験も豊富でちょっとやそっとでは倒れない自身もあるが、最初は剣すらまともに持ったことの無い状態だった故にどこかで野たれ死んでいた可能性もあった。

 そう考えると自然とブルッと体が震える。


「いえ、きっと大丈夫ですよ! どこかで私達に出会って一緒に暮らしてたはずです!」


 アルタはグッと手を胸のところで握って望を励ます。


「そっかそっか。そうだよな。でもまぁ感謝してるんだよ本当に。で、唐突だけどこれがその印、はい」

「これは?」


 望がアルタの手のひらの上に小さな箱を置く。

 この世界では珍しく綺麗にラッピングされている。

 そういった事が出来る店は限られる為、奮発したのが見て取れる。


「前々から思ってたんだよ。料理も洗濯も任せてるしね」

「それは女性全員になっちゃいますよ?」

「そうなんだけど、休みの日とかにちょっと街に出たいってなると送って貰ったりしてるだろ? 俺だけじゃなくて皆の分だってしてるんだからたまにはアルタがいい思いしてもいいんじゃないかな」

「……いいんですか? ほんとに?」


 両手の上にちょこんと箱を乗せて呟くようにたずねる。


「貰ってよ。いいの見つけたんだ」

「えっと、開けていいんですか?」

「もちろん」


 リボンを解き、包装を丁寧に剥がし箱を開く。

 ドキドキなのかふわふわなのかよく分からない感情を胸にアルタがその中を見ると、入っていたのは小さなリング。


「これ……指輪?」


 アルタがそれを確認したのを見て望が嬉しそうに喋る。


「それさ、身に着けてると魔力が勝手に回復していくんだって。少量だって言ってたけどそういうのってこっちの世界でも珍しいんだな。ゲームじゃ結構重宝されがちだし回復魔法使うアルタに丁度いいかなって」


 饒舌な望に対し、指輪を貰ったアルタはその言葉が耳に入るようで入らない。

 アルタの世界ではただのプレゼントだとしてもそれは特別な意味が込められているし、指輪となればそれは人生を左右する一大イベントである。


 望も元の世界であればその重要性には気づく。

 しかし文化が違う相手、そして魔法が関わってくることによって自分の価値観ですら見失ってしまう。


「えと、その……ノゾム?」

「何?」


 アルタはというと望が気軽にプレゼントを贈ると知っていても期待せずにはいられなかった。

 これが自分にとってどういう意味か伝えてしまいたいという衝動にすらかられた。

 そしてその上で受け取りたかった。


「これはそのー、えっとですね……」

「あれ、もしかして気に入らなかった? 性能はいいはず……あ、デザイン?」


 口ごもるアルタにハッとしたようにたずねる望。

 気心知れたとはいえ身に着ける物は好みがある、と少しズレた点に着目した。


「そうじゃなくて、えっと、こういうのですが私のせか――」

「おぉーい! 明日なんちゃら火山に行くぞぉぉぉ! 今から作戦会議すっぞぉぉぉぉ!」


 アルタが意を決し口を開くと階下よりよく響く声がする。

 この城でそんな大声を出す人物は一人しかおらず、そしてその内容に二人は一瞬目をしばたたかせた。


「えっと、行きましょうか?」

「いいの? 何か気になることあるんでしょ?」


 気にせずいいなよ、と望が促すが邪魔が入ったことにより冷静になったアルタは顔を真っ赤にしてそれを遮る。

 顔は俯いておりアルタより背の高い望にはその表情は見えていない。


「いえ、いいんです。これありがとうございます。大切に使いますね。それじゃ行きましょう」


 若干早口になり不自然さは残ったが強引に話を切り上げ身を翻す。


「俺も行くよ。ところで今日の晩ご飯は何にする予定?」

「んーそうですね、何が食べたいですか?」


 疑問に思いつつも気を使った望が話題を変え、アルタもそれに気づき話に乗っかる。


「そうだなぁ。久々にカレーがいいかな」

「いいですねっ! じゃあカレーにしましょう」


 住む世界は変わったけれど、変わらないものもある。


「カレーはどの世界で食べても美味いよなぁ」


 そんなどうでもいい事を考えながら思わず口から考えがこぼれる。


「何か言いました?」


 少し前を歩いていたアルタは振り返る。

 赤かった顔はもう引いていた。


「あー、いや、何も」

「ふふ、変なノゾム」


 二人は顔を見合わせて笑う。


 世界は変わった。

 生活も最初こそ戸惑いはあれど既に慣れ、「いつもの生活」といえばこちらでの日々を思い浮かべる。


 変わった世界の変わらない毎日。

 望は心の中でこれからもこの世界で過ごしたいと思っている。

 今、隣に居る太陽のように明るい笑顔を見せてくれる女の子と、そして階下にいるであろうかけがえの無い仲間と共に。


「あ、止まってましたね。行きましょうか」

「遅かったら文句言われそうだしね」


 再び笑いあう。


 そして二人はもう集まっているだろう皆の元へと歩き出した。

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