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50話「一つの終わり」

 飲み込まれたコアが胸部から顔を覗かせる。

 ルルイドの魔力、そして更にその周囲の魔素すら取り込もうとしている。


「アリーシャさん、あの人は助けられますか?」


 答えは既にほぼ分かっていた。

 それでもアルタはアリーシャへと問いかける。


 アリーシャは少しの間目を瞑り、どう答えるか考える。

 本当の事を言えば相手が誰であろうとアルタは悲しむだろう。

 だが、嘘を言った所で結末は変わらない。


 スッと目を開き、唇を動かす。


「例がないですし私自身コアを研究した訳ではないですが、助かりませんね。そう時間も掛からない内に身体が限界を迎えて朽ちるでしょう」


 そう告げる。

 普段ならば「恐らく助からない」や「助からない可能性が高い」と言った言葉を選んで喋っただろう。

 しかし鎧にコアを付けた兵士ですら助からなかったものが多く、アリーシャの脳は「ルルイドは助からない」と告げていた。


 コアをポケットから取り出した時の感情を読めない顔つき、飲み込む直前の目つき、それらはある種の覚悟を決めた研究者達と同じだったというのもある。

 あれは自分でどうなるか理解していたのだろう。


「そうですか」


 アルタは静かにそう言うとフォティスからマナポーションを受け取る。

 効果は高く、また味も飛躍的に改善されたそれは飲む度に思わず感心していたが今回ばかりは何の感情も湧かなかった。


 前線に出ている望、ブルーガイに補助魔法を掛ける。


「後少しです。後少し頑張れば終わります」


 二人はアルタの言葉に問いに言葉を返すことなく頷く。


「分かった、任せてくれていいよ」

「オレがいるんだ。何の問題もねぇよ」


 前を向いたまま答える二人に頼もしさを感じながらアルタは僅かに下がった。

 下がりきらないのはいつでも回復魔法を掛けられるように、である。


「ウゥ……ア……カエ、ラナ……ケレ、バ」


 途切れ途切れに、それでも譲れない想いなのかルルイドは主張を変えない。

 ギョロりとした目は白目が黒に、黒目がより濃い黒に変色しており尋常じゃない気味の悪さが現れている。

 視線の先にいる望とブルーガイ。


 二人が気づいた時には既にルルイドが目の前に迫っており考えるよりも早く防御姿勢を取った。


「くそっ」

「チッ」


 変則的な、というより最早人の関節を無視した動きで二人は被弾する。


 防御した望の腕は折れ、ブルーガイはクロスさせた腕の防御からでも内臓にダメージが通ったのか口から血を流す。

 即座にアルタの魔法によって傷は癒されたが、二人の表情は芳しくない。


「もうこれ赤ん坊対大人って例えじゃきかないね。そういうレベルじゃない力の差だ」

「それでもまだ反応出来てんだろうが。上出来だぜ」


 望は治った腕を確認するように回す。

 ブルーガイは残った血を地面に吐き出す。


 そんな二人をよそにルルイドは続けて魔法を放つ。

 二人は何度も見たことがある『フレイムカヴィオール』。


 望は覆いかぶさるように迫る炎の絨毯から逃れるように大きく横へ跳躍した。

 しかしブルーガイは魔法に正面から突っ込む。


 炎が全身に絡みつく。

 ぶすぶすと皮膚が焼けてゆく痛みを感じながらも突破する。


「オラァ!」


 そして望に追撃しようとしていたルルイドを思い切り殴りよろめかせる。


「割と暑いのは平気でな」


 「熱血」という言葉とは裏腹な火に対しての防御系スキル。

 元の世界では気にしたことなかったが、ブルーガイにとってこれは非常に有用なものだった。

 炎の中でも常人の限界を遥かに超えて生存出来るのは相手の意表をつくのに十分だったからだ。


 故にブルーガイは例えどんな場面でもこの力に頼らないように生活していた。

 今まではほとんど必要なかった、という事もあるが。


 だが、今は多少の無理は押し通さなければ勝てない。

 例え自分が努力して得た力ではなくても使えるものは全て使うつもりだった。


「はあぁっ!」


 ブルーガイのお陰で出来た隙に望は攻撃に出る。

 これまでは大きく腕を振る斬撃の型でのみ剣閃を使う事が出来た。


 望の手に持っている剣の刀身に魔力が宿る。


 刺突はギディオンが得意としていた技である。

 帝国式の構え、そしてギディオンの癖が僅かに入った動きで望は貫くように突く。

 一瞬キラリと光ると剣閃は一直線にルルイドへと伸びた。


「グォオ……」


 剣閃は表面に出ていたコアに直撃し、ルルイドが苦しそうに唸る。

 崩れるように膝をつき片手を地面へとつく。


「アレ弱点なの? よし、捕まえろ!」


 ドラクがスケルトンを召喚しルルイドを羽交い絞めにさせる。


 ヴァンパイア化した事により以前の自分とは比べ物にならない力を手に入れた。

 身体能力、自然治癒力、そして死して初めて効果を発揮する自己蘇生。

 その全てを使ってドラクも今の居場所を守ろうと奮起する。


 そして城の中から急激に魔力を高ぶらせている人物が歩いて出てくる。

 後ろにはアルタもいる。


 ローブは汚れ、破れ、そして血が至る所に付着している。

 だが本人は至って元気そうである。


 手には黒い魔力がその存在を主張するかのように、何かを我慢しているかのように激しく渦巻く。


「ラウラ、これを」


 アルタに声を掛けられ、通常より高い効果を発揮するフォティス作のマナポーションを飲み干す。

 そして更に魔力が追加された。


「んく……ふぅ。ありがとう、もう大丈夫」


 空になったポーションのビンを地面へと落としいつもの冷静な表情でルルイドを見る。


「痛かったよさっきの。一人だったらあの一撃でやられていたかもしれない」


 ラウラは身体能力こそ悪くないものの、防御力はただの人とそう変わりない。

 故にたった一発で致命傷となってもおかしくなかった。


 ただの人と違うのはスキル「月の輝き」を持っている事。

 太陽がそばにいれば能力が上がるというものである。

 そのおかげで大ダメージは受けたが、何とか生きのびアルタに回復してもらったのだ。


 手の魔力は暴発しそうな程に荒れ狂い味方のアルタ達でさえ僅かに不安を感じる程となった。


「あなたの身体能力は凄い、けれど魔法は未熟。使った事がなかったんだろうね。ノータイムで撃つというのは確かにメリットではあるけれど、種類によってはしっかりと溜めをしておかないと本来の威力を出ないものだってあるんだ」


 相手に届いていないだろう言葉をラウラは続ける。


「そんな物を飲み込んでまで目的を達成しようとする意志は認めるよ。けれどこちらも自分たちの場所を守るために全力を尽くす」

「ア……アァ。マ……テ……イロ……スグ…………カエ……ル」


 ルルイドの声の変化は聞いただけでは元が誰だったか分からないくらいに激しい。

 その言葉にどんな思いが込められているのか既に知ることは出来ないが、ラウラ達にも譲れない。


 ラウラは感情の読み取れない目でルルイドを見ながら今にも勝手に発動しそうな魔法に語りかける。


「お待たせ。思う存分暴れるといい『デモリションブリンガー』」


 黒の波動が一瞬全ての者の視界を覆う。


 望は思わず腕で顔を覆う。

 触れたものを消し去るように周辺の木々を飲み込みながらルルイドへと魔法が走る。


「ア"ア"ア"ア"ア"ァァァー!」


 ひときわ大きく黒の魔力が広がった。

 これもコアの力かラウラの放った魔法と拮抗するように大きく手を広げて押さえ込もうとする。


 しかし少しずつ魔法の波がルルイドを呑み込んでいく。


「ワ……タシ……ハ……マチガ……いタ……のカ? あァ、スマ……ナ……い……」


 抵抗が少なくなったのか猛威を見せ付けるかのように魔法がルルイドを襲う。

 黒く染まった瞳は一瞬元の人間のそれに変わり、誰にも聞こえない呟きを残す。

 そして、ルルイドは完全に呑み込まれた。



------



「あッ! 良かった、全員無事だったのね」


 ルルイドとの戦闘が終わり、異世界王国メンバーが呼吸を整えているとロリューヌとその部下達がやってきた。

 アルタを見つけると小走りでやってくる。


「来てくれていたんですね、ありがとうございます」

「いいのよ、気にしないで。……それにしても酷い有様ね、ここ」


 ロリューヌがそういいながら辺りを見回す。

 城の壁はボロボロ、周囲の木は根元から折れていたり葉が全て飛ばされたり、地面には延々と続く抉れた跡や小さくはあるがどこまで続いているのか分からない程の穴が開いていたりとかつての平和な光景は消え去っていた。


「ま、裏手の方も少し荒れちゃっているんだけれどね」


 続けてそう言ったロリューヌにアルタは首をかしげる。

 ルルイドとその供だった帝国兵は全て自分たちが相手にしていたはずである。


「そのルルイドって研究者、魔物が好む匂いをずっと道中に付けてここまで来たらしいのよ。それでこの辺りには生息していない凶暴な魔物もやってきていたの」


 アルタの疑問になんてことない風に答えるロリューヌ。

 この世界に元から生息している魔物のほぼ全てに単独で勝てる故にそこまで大した労力は使わなかったのだ。


「まぁ大方私たちの邪魔が入るのを見越していたんでしょうね」


 異世界王国と友好的な関係にあると既に知られている、と予測していたロリューヌは平坦な声でそう続けた。


 もしあの魔物達が異世界王国ではなく自分たちの足を止める駒だったとしたら遊ばれた感があり少し癪ではあったが確認する術はもう無い。


「それじゃ行きましょうか」


 マナポーションで魔力を回復させたアルタがそう言い、一同は大きな穴の開いた壁へと視線を向ける。

 今はどうなっているのか分からないが発生した歪みを閉じなければならない。


 穴の開いた場所は瓦礫が山になっていた。

 そこを乗り越え最短で転移部屋まで戻ると一緒に来たロリューヌは大きな声をあげた。


「なによこれッ!」


 歪みは最初よりも大きくなり既に一部屋では収まりきらない程に成長していた。

 壁も、床も、明かりの全てをも巻き込み景色がぐにゃぐにゃと気味悪く動いている。


「早く閉じないとマズいですね。アルタさんそちらからお願い出来ますか?」


 アリーシャが足早に出てアルタの方を見ずにそう声を張る。

 表情は真剣そのもので、目つきの厳しさから状況の悪さが窺える。


 アルタとアリーシャ、二人は部屋の端と端に移動し両側からそれぞれの魔道具に魔力を流し込む。

 ゲートキーとミールキーの二つが歪みに干渉する。


 望達は見ているだけだが、魔物が飛び出してくる可能性もあり気は抜けない。


「流石にキツイですね、こう大きいと」


 アルタはそう言った。

 魔力を使っても使っても手ごたえが無いのである。

 このまま閉じるまでにどれだけの魔力が必要になるのか検討がつかなかった。


「……くっ」


 だがアルタよりも魔力の少ないアリーシャは更にキツく、アルタより先に限界が来る。

 流す魔力の光も弱々しくなっている。


 疲れを吐き出すように一度大きく深呼吸。

 そして最近見に付け始めたベルトからビンを取り出し中の液体を口に流し込んだ。


「全く、どれだけの時間が必要なのか」


 戻った魔力を惜しみなく使いながら再び歪みを見る。

 大きさは今のところ変化が見られない。


「部屋から出てる部分は小さくなってたりしませんかね?」

「どうでしょう」


 アルタから希望的な言葉が出てくるが、ここまで大きな歪みだとアリーシャですら予測は出来ない。

 ただひたすら今まで通りの閉じる作業をしていくだけだ。


 作業開始から二十分。

 ようやく変化が訪れ、部屋の隅でじっと佇んでいたメンバーも腰を上げる。


 歪みの大きさは部屋に収まり徐々に小さくなっているのが確認出来るようになった。


「ちゃんと効果は出ていたみたいですね。良かった」


 不安だった部分が解消され、アルタはホッと声を漏らす。

 アリーシャも胸に手をあて一つ息を吐く。


 順調に事は進んでいき歪みがある程度小さくなった時、ある変化が訪れた。


「これは、どこかの景色?」


 見たことの無い風景が目の前に映る。

 歪みの向こうである以上違う世界の可能性が非常に高い。


 何度か景色は変わり、澄んだ海のように青い大地、小金に輝く湖、ふわふわと空中を漂う妖精らしきもの。

 見たこともないものばかりが映し出される。


 次は固い材質で造られただろう高い建物が見えた。

 建物は物凄い数が密集しており数えるのは不可能だろう。

 上空視点で人々が遥か下で米粒のような大きさで移動しているのがかろうじてわかる。


「あ……」


 望の心臓がドクン、と大きく跳ねた。

 喉の奥で発せられたような小さな声ともいえない音が出る。

 近くにいたブルーガイ達にも聞こえずそのまま声は空気中へと消えていく。


「…………」


 壁に持たれて組んでいた腕がぴくりと動きそうになる。

 手を伸ばそうとしたのか、自分でもよく分からなかった。


 今見えている景色は住んでいた町に酷似している。

 この世界に来る前にカレーの材料を買ったスーパーもやや端のほうに確認出来ていた。


 ――帰れるチャンスじゃないのか?


 ふとそんな考えが過ぎる。

 しかし足は今居る場所をしっかりと踏みしめていた。

 動かない足を見てざわついた心は既に静かになっていった。


 望はこの世界、ユミルキーアに来てからの生活を思い出す。

 最初こそ苦労したが、それでも楽しかった。

 剣を持ち歩くなんて生活は考えられなかったが、慣れてしまえばずっとこうだった気がするくらいには馴染んだ。


 仲間達にも恵まれた。

 一緒に頑張って働き、一緒にご飯を食べ、そして皆一緒に楽しく喋り時を過ごす。


(向こうの人たちは心配するだろうけどね)


 届かぬ謝罪を心の中で済ませる。

 アルタとアリーシャは変わらず全力で魔道具を使い続けている。


 そして全員に見守られるなか歪みは地球だろう景色のまま小さくなり、消えた。

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