49話「信念の衝突」
「アルタ、さっきの研究者が入ってどのくらい経った!?」
「えっと……五分、てところです」
ルルイドが城内へ侵入してからも望達はギディオンと戦っていた。
「くそったれ! テメェの体力は底なしかよッ!」
ブルーガイは大きなダメージを負う事なく何度も必殺の一撃を見舞っていたが、それでもギディオンは倒れない。
表情が変わらない為、もしかしたら攻撃が効いていないのでは、と思う程である。
「ぜぇ……スケ、ルトン、ブルーにいちゃんを、援護して!」
体力が切れ少し離れた場所から喚び出したスケルトンへ指示を出しているドラク。
買って貰った装備は破れていたり穴があいていたりとボロボロである。
既に死亡回数は七回となっており、余裕があるのは後一度。
更にもう一度死亡する事で人間同様の死を迎える。
安全を重視し前線から引いていた。
「おおぉぉぉお!」
望が飛び上がりギディオンの頭上より全力の一撃を振り下ろす。
魔力を込めて放つ剣閃も使用しその威力は大地に爪あとを残した。
「ア……アァァ! キサ……マァァ!」
しかしその攻撃も怒りを買うだけにとどまった。
人間らしさといえば望に反応する時だけで、殴るその仕草も野獣のようにただ豪快なだけである。
勿論当たればマズいので確実に回避し一旦下がる。
攻撃しては回避するの繰り返しだが鎧は徐々に崩れていっている。
「もうちょっと、もうちょっとですよー。がんばってー」
後方より声援が飛び、それに応えるように望とブルーガイは気力を振り絞る。
望は剣を。
ブルーガイはガントレットをはめた自分の拳で未だ残っている鎧を叩く。
ギディオンの動きが単純になり、二人はコア周辺に集中砲火の如く攻撃を与える。
ボロボロと崩れる鎧。
「はぁ、ようやく出てきた……」
むき出しになったコアを突き刺すようにして割ると、ギディオンがふらりと倒れる。
「グ……ァ……うぅ」
「あ、アリーシャさん」
意識を失い呻き声を上げているギディオンにアリーシャが近寄る。
「ずっとコアに魔力を吸い取られたためにかなり衰弱していますが、まだ鎧とくっついていたわけではないみたいですね」
冷静に分析するアリーシャ。
残った足部分は普通に脱がしシャツにズボンといった姿となったギディオンは肌の色も元通りとなっている。
魔力が枯渇し続けた影響か顔色は青白くなっているが。
「『ヒール』。これならしばらく安静にしていればひとまず大丈夫だと思いますよ」
アルタがヒールをかけながら軽く診断をする。
動けないギディオンに念の為にと暇なニナとミイが縄で手足を縛ると一同の視線は自然と城内へと向かう。
「これでようやく追いかけられるな」
望の一言にアルタが頷く。
「さぁ、行きましょう!」
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自分以外の誰もいない部屋。
その中で誰に聞かせるわけでもなくただ言葉を発する。
「……きたか」
ルルイドは振り返る事なくそう言った。
そしてその直後、自分が開いた時とは違う激しい音を立てながら扉が開いた。
「やっぱりここに……えッ!」
真っ先に部屋に入ったアルタは思わず悲鳴にも似た声をあげる。
少し遅れて入ってきた他のメンバーも同じような反応であった。
「あ、あなた何やってるか理解しているんですか!?」
アリーシャは驚愕しつつもルルイドへ向けて問う。
アルタも、アリーシャも、分かっていたはずであったが実際に見ると動揺を隠せなかった。
いつもの部屋はもうそこにはなかったからだ。
二人の声にゆっくりと振り返ったルルイドはこれまでにない雰囲気を纏いそれに答える。
「当たり前だ。この中も誰よりも、そう、私が一番理解しているだろう」
噛み締めるようにはっきりと喋る。
その声にはある種の決意、そして僅かに喜びも含まれていた。
「デケェな……これどうにかなんのか?」
「う~ん。アルタちゃんとアリーシャちゃんにお任せするしかないですよねぇ~」
呆然として見る先には大きな黒い丸。
その周囲は波のように揺れ景色が安定していない。
紛れも無い歪みである。
「ドラクが現れた時以来だな、この大きさ」
望は比較的冷静に分析するも、その先に何が起こるのか予測出来ない。
「ギディオンめ。傑作の一つをくれてやったというのに使えん奴だ」
視線だけをさ迷わせ誰も欠けていない事を察し味方だったはずの相手を辛辣に評価する。
「もうあなたは一人です。大人しくして下さい!」
「この歪みは閉じさせてもらいます。あぁ一応動けないように拘束させてもらいますね」
ラウラがそう言いながら近寄ると、ルルイドはポケットから小さな黒い玉を取り出した。
「悪いがそうはいかん。たとえこの身が朽ちようとも私は帰らねばならんのだ」
「私達の場所を壊しても、ですか?」
「そうだ」
ルルイドの迷いない声にアルタは僅かに悲しそうな顔をした後、キッと睨み付けるように相手を射抜く。
「なら、あなたを止めます。全力で」
「だろうな。……ならばやってみるがいい!」
ルルイドはそう吐き捨てると黒い玉を口に入れそのまま飲み込む。
次の瞬間、ルルイドの体から強烈な魔力が噴き出した。
「なっ……!」
間近で見ていたラウラは絶句する。
ルルイドの肌の色が黒く変色していったからだ。
溢れ出る魔力がオーラのようにルルイドに纏う。
上へとのぼる魔力の流れ。
それに釣られるように天井を見ていたルルイドはふと視線を下げる。
「ふぅ。使いたくはなかったが奴は失敗し、こうも邪魔をされては仕方ない。さて、時間も余裕は無いことだし始めさせてもらおうか」
そして、ラウラが吹き飛んだ。
「ラウラッ!?」
アルタがラウラの名前を叫ぶ。
そしてルルイドの動きに反応した望とブルーガイが全速力で前に出る。
「あぁ……これが貴様等の視点か。なるほど強者というのは何とも形容しがたい快楽を得ているのだな」
真正面から軽々と二人の攻撃を受け止め、暢気に感想を漏らす。
そしてお返しとばかりに軽く蹴りを放つ。
「ぐっ……!」
「うおぉ!」
衝撃で壁もろとも二人を外へと吹き飛ばす。
「丁度いい。下手にこの場をかき乱されては困るからな、外へ出るとしよう『デモリションブリンガー』」
腕をかざし魔法を使用する。
これはラウラも使える魔法である。
違いがあるとすればラウラは魔力を溜め、ルルイドはそれをしなかったということだ。
「防御魔法を……うそ、持たないッ!」
アルタの展開した防御魔法はルルイドの魔法が当たった瞬間からピシピシと音を立てて僅か数秒で崩壊直前となった。
補助魔法と合わせて覚えたものだったが、ラウラの全力でもそこそこに持ちこたえる事が出来るレベルまで使いこなしている。
それがあっさりと破られるというのは信じられなかった。
「なら――!」
間に合うか分からなかったが、アルタは補助魔法を全員に掛けていく。
バリン
背後にある防御魔法が壊れた。
そう思考した直後、アルタは黒い波に呑まれた。
「うわああぁ!」
「きゃあぁぁぁ」
その波は他のメンバーも纏めて呑みこみ壁に出来た穴を更に大きなものとした。
「あ、う……だ、大丈夫ですか、皆さん」
「うぅ。あーいったいなぁ」
「おぉ、いててて。年寄りにはきっついのぅ」
幸いにも大きな怪我をしたものはおらず、しっかりと掛けられた補助魔法、更に追加の防御魔法のお陰で非戦闘員のフォティスすら健在である。
「さっき飲み込んだのは……手を加えた魔物のコアですね?」
汚れた白衣を手でパンと一つ払い、アリーシャはゆっくりと外へと歩み出てきたルルイドへと疑問を投げつける。
大きさこそ自身の知っているものと違っていたが、その効果みるに何を使ったかはすぐに検討がついた。
ルルイドは僅かに声が詰まるもアリーシャの質問に答える。
「あ……あぁそうだ。コアの数が圧倒的に足りず、結果としてまともなのは二つだけだったがな」
ギディオンに使わせたのは鎧に組み込むタイプ。
そしてルルイド自ら使ったのがたった一つしかない直接体に取り込むタイプである。
そしてその他の帝国兵のはルルイドにとって失敗作であった。
「べらべら喋るたぁ余裕じゃねぇ……かッ!」
アリーシャに気を取られていたルルイドに近づき、そのこめかみに暴力的に膨れ上がった筋肉から繰り出される衝撃を直接ぶつける。
その余波は離れているアルタの髪をなびかせる程でかなり強烈だったが、ルルイドはピクリとも動いていない。
「ふむ、私の考えは正しかったようだ」
コアの性質を研究したルルイドは、コアそのものを取り込んだ方が強いという予測を立てた。
もちろんそのままではなくまずは大きさを、そして拒絶反応が出ない様に侵食スピードを抑えてはいるが。
その予測は当たっていたらしく異世界王国の中でもトップクラスの攻撃力を持つブルーガイの一撃を持ってしても痛みすら感じない。
「オラオラァッ! くたばりやがれ!」
そのまま連打に移行するもルルイドは表情一つ変えない。
「ふぅ……効きはしないがいい加減に――むっ」
「隙あり!」
今度はブルーガイの連打に気を取られたルルイドは望の接近に気づかなかった。
そして腕を切り落とさんとばかりに望は跳躍し剣を振り下ろす。
「無駄だ」
鋭い斬撃を素手で受け止めたルルイドは空いている手をかざす。
再びルルイドの手に黒い魔力が集まりだす。
攻撃によって一瞬の隙が出来た望の目が開かれるが、そこにドラクが割り込んだ。
「真打登場!」
短剣を逆手に持ち、思い切り両腕を振り下ろす。
金属と金属がぶつかったような音と火花を散らすがダメージは与えられない。
だが、ルルイドの腕が下へとズレた。
放った魔法はそのまま地面へと吸い込まれるように消え、深い小さな穴のみが残った。
「ど、どいつも、こ、こいつも……!」
どもりながらもイラだちを隠さない。
業を煮やしたのかルルイドは力任せに望達を強引に跳ね除ける。
「私は、帰らねば……帰らねば……」
下を向き荒い呼吸を繰り返す。
ぶつぶつと呟く言葉は望達には届かず空気の中へ溶けていく。
「残り時間も……もう僅か……帰らねば……」
勢いよく顔を上げ足に力を入れる。
生まれてから感じた事のない力強さ、それを遠慮なく地面へと伝える。
足の形に凹んだ地面を思い切り蹴り瞬く間にブルーガイの前へ。
この力があれば誰が立ちはだかろうとも負ける訳がない、ルルイドはそう確信していた。
殺意を込めながら腕を振り上げる。
「ハッ、甘ェんだよ」
その声はルルイドにハッキリと聞こえた。
命を消し飛ばすつもりで放った拳は空振り、懐に完全に潜り込まれた。
連打を浴びせられ、ルルイドは距離を取る。
体を確認するが特に異常は感じられない、ダメージも受けてはいない。
圧倒的有利。
その言葉を反芻し脳に今一度覚えさせる。
指に力を入れようとピクリと動かしただけでブルーガイは反応する。
同じ事をするのは時間の無駄だとターゲットを変更する。
仲間をやれば動揺するはずだ。
そう思い再び地を蹴り今度は望へと肉薄する。
拳よりもパワーが乗りやすい蹴りを放つ。
ただの研究者だった時には考えられない程スムーズに足が上がり狙い通りの首へと迫る。
「なってないね!」
今度は望が蹴りを掻い潜り懐へ。
足は伸びきっており、例え無理に拳を繰り出しても踏ん張りが利かないゆえに当たらないだろう。
そんな事を考えながらルルイドは目の前に迫る鉄の剣を受ける。
咄嗟に後ろへ跳ぶ。
少し前の自分ならば殺されるだろう攻撃。
斬られた箇所を自然と手でなぞった。
薄皮一枚斬られていない事に僅かに安堵する。
「なぜだ……」
次はドラクへ。
腹部へありったけの力を込めて殴る。
筋肉、骨、内臓。
僅かに抵抗を感じたがルルイドの腕はドラクの体を貫通した。
ドサ、と倒れるドラクを見て口角が上がる。
「ふ、ハハ」
腕を引き抜きニヤりと笑った瞬間。
自身よりも大きな骨の戦士に思い切り捕まれ、地面へと叩き落された。
「あー痛ぃったぁ」
致命傷のはずだったドラクは服に穴は空いているものの、しかめっ面をしているだけであっさりと立ち上がる。
「なんなんだ、貴様等は……何故急に変化した……」
力は自分が圧倒的に優位だった。
だがこの短時間の間に攻撃は通用しなくなり、効かないといえど相手の攻撃を体で受け止めている。
そんなルルイドに言葉を投げかけたのは望だった。
「変化って程じゃないよ。俺もそうだったから分かるんだけど、動きが直線的だし目線も狙う場所を見てる。訓練とかしたことないでしょ? だからもう当たらないんだ」
当たり前のように告げられた言葉だったが、実戦はおろか訓練だってしたことのないルルイドにはよく分からない感覚が混じっているのだろう。
ピンとはこなかった。
だが、言っている言葉の意味の理解は出来た。
今の渦巻く疑惑は今の言葉と先程の流れを見れば頷ける状態だったからだ。
「私は……勝てないのか……?」
元からなのかコアの影響なのか、落ち込んだ声とは裏腹に表情に変化はない。
無表情で望の言葉を聞く。
「生まれたての赤ん坊がさ、腕力だけ大人達より強くなったら大人に勝てると思う?」
「…………」
「そういうことさ」
告げられた言葉を塗りつぶすように腕を上げ、魔法を放つ。
凶悪な威力を誇るデモリションブリンガー。
最速で発動させた為に細いものだが、威力だけならば十分だ。
「……バカ、な」
「だから言ったろ?」
剣に魔力だけを纏わせ魔法を弾く。
威力が高かった為に逸らした程度に終わったが、望が苦労して覚えた技術だった。
「バカ、ナ。ソンナ……バカ……ナ」
「ん? おい、ちょっと!?」
ルルイドの黒い肌が更に濃く、禍々しく変わる。
切っ掛けは宿主の絶望感か。
それとも別の何かか。
驚き声をあげる望をよそにルルイドの飲み込んだコアが一気に活動を開始した。




