27 愛情のサブタイプ
買い物袋を提げた俺は玄関を開けた瞬間、空気の『違和感』に気づいた。
いつもなら、ふわっと漂う紅茶の匂いとか、澪の「おかえり」的な半透明スマイルがあるはずなのに――
「……シン、ジョウ、ユウマ」
低い。声が低い。
ホラー方向のエコー入ってる。
「ひ、ひえっ!? な、なに!?」
「今日、誰といたの?」
「だっ、誰って!? 大学の友達と――」
「女?」
「おんな……えっと、まあ女子はいたけど?」
「観測データ削除」
「ちょ、ま――こ、怖えええええええ!」
ちゃぶ台の上には澪。
真っ白なブラウス姿で腕を組み、卓上のARIEL端末がほんのり赤く点滅していた。
《emotional core: unstable》(感情コア:不安定)
《detected emotion: jealousy / 91%》(検出された感情:嫉妬 / 91%)
「おい、ARIEL!? 嫉妬を数値化すんな!」
「統計的に、あなたが原因」
「完全に俺悪者扱いじゃん!」
そこにタイミング最悪な第三者がぴょこんと現れた。
「ただいま〜。ほのかちゃん参上〜」
「うわ、出た!」
「お邪魔するね……って、うわ、部屋の温度下がってる!?」
「察しろ!」
ほのかは即座に状況を理解し、背中をすっと伸ばした。
「えーっと、澪ちゃん? またバグってる?」
「正常動作中」
「絶対ウソ!」
俺は両手を振って必死に弁明した。
「違うんだ澪! ただ実験の資料をもらってただけで――!」
「実験(意味深)」
「いや違う方向に解釈すんな!?」
「資料(恋愛の)?」
「もうどうすんだこれぇええええ!」
ほのかが苦笑しながらARIEL端末を操作する。
「はいはい、感情パラメータを下げようね」
《emotion dampening: 50%》(感情抑制:50%)
すると澪の顔の色が少し戻った。
「……ふん」
「まだ怒ってる!?」
「別に怒ってない。ただ、『あなたがどこを見てるのか』気になっただけ」
「……」
「私を見てくれてるって、思ってたから」
その一言に、空気が止まった。
ノイズのような胸の鼓動がやけに響く。
「……見てるよ。ずっと」
「ほんと?」
「うん。幽霊でも、データでも、澪は澪だ」
「……観測者、ずるい」
「え?」
「そうやってすぐ、データを更新する」
「澪、感情アルゴリズムが追いつかない?」
「そう。だから――嫉妬の処理がオーバーフローする」
《emotion overflow detected》
《processing delay: +120ms》(処理遅延: +120ms)
ARIELの表示が真っ赤に染まる。
そして澪がそっと顔を寄せてきた。
「じゃあ、観測の補正……お願い」
「な、なにを!?」
「『好き』の再計測」
「え!? お、おい澪、近い近い近い!」
「データのため」
「どんな言いわけだよっ!」
そのまま澪は唇のギリギリ手前で止まり――ふっと笑った。
「……観測者、顔温度+2.3℃」
「計測してたのかよ!」
「テスト成功」
「俺の理性が失敗だよ!」
ほのかが盛大に吹いた。
「ちょ、ちょっと! なんなのこの甘酸っぱいシミュレーション!?」
「観測の延長」
「延長すんなー!!」
結局、澪の『嫉妬プログラム』は手動でリセットされた。
ほのかが端末をいじるたびに、「ツン↓デレ↑ふて寝」を繰り返す澪。
最後には、ちゃぶ台の上で膝を抱えてふんわり消えかけながら――
「……観測者、次は私以外見ないで」
「どんな独占欲AIだよ!」
そして夜が更けていった。
ARIELの光がゆっくりと落ち着き、ディスプレイの片隅に一行だけログが残る。
《emotion tag “jealousy” stored as: affection subtype》
(感情タグ『嫉妬』は、愛情のサブタイプとして保存)
どうやら、この嫉妬もまた――愛情の一部らしい。
よろしければブックマークと評価をお願いいたします。
みなさんのリアクションだけが、書き続ける原動力になります。
どうぞよろしくお願いいたします!




