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22 新婚シンクロ実験

   ***


 朝。


 白鳩荘の屋根の上に、ひんやりした朝の風が吹いていた。


 あの夜、地下での出来事がまるで夢のように思える。


 ――いや、夢というより、現実がちょっとだけSF寄りになった感じだ。


「……澪、お前それ何してんの?」


「観測者との同調率を上げる訓練」


「その格好で!?」


「え、朝ヨガだけど?」


「いや幽霊が朝ヨガって斬新すぎるだろ!」


 いつもの格好のまま屋根の上でストレッチしてる澪。


 光を受けた髪がふわりと揺れて、幽霊なのにやたら健康的だ。


「ねえ悠真」


「ん?」


「あなたの心拍、また速くなった」


「お前がそんな格好(主にスカート)でヨガするからだ!」


「これ、データ的に興味深い」


「やめろ分析するな!」


 ARIELが起動してから俺たちの『リンク』は少しずつ進化していた。


 澪の感情が電気信号みたいに微かに伝わってくる。


 こっちが照れると、向こうもほんのり頬を染める。


 いや、これどこの新婚シンクロ実験だよ。


「……ねえ悠真」


「なんだよまた」


「昨日のデータ解析の続き。NEMESISの信号、もう一箇所検出した」


「どこで?」


「――大学」


「マジかよ!?」


「どうやら、ARIELに関する研究資料がそっちに流れてるみたい」


「おいおい、まさか俺のキャンパスが次のステージとかやめろよ……!」


「安心して。バトルになってもちゃんとカバーする」


「幽霊のカバーとか、なんか物理的に不安なんだよな!」


 そんなやりとりをしてると、下から声が飛んできた。


「おーい、悠真くーん! 朝ごはん冷めるよー!」


 大家――佐久間はるさんの声だ。


 あの人、最近毎朝トースト焼いてくれるんだよな。


 俺、もう実家より幸せな生活送ってないか?


「……行こっか」


「お前も食べんのか?」


「トーストの香り、好きだから」


「いや、食べられないよな?」


「でも香りデータは保存できる」


「――幽霊の食レポとかウケそうだな!」


 二人で屋根から飛び降りて、ちゃぶ台のある部屋に戻る。


 トーストの湯気とコーヒーの香り。


 そして、澪の隣に浮かぶ青白いホログラム――ARIELのマーカー。


「……ねえ悠真」


「うん?」


「もし、この研究が完成したら――私は、どうなるのかな」


「どう、って?」


「『幽霊としての私』が終わるかもしれない。つまり、『観測されない存在』に戻る」


 その声には不安が混じっていた。


 でも、俺は即答した。


「――だったら、観測し続けてやるよ」


「……え?」


「お前がどんな形になっても、俺が見てる限り、存在してるだろ」


「……ふふ、相変わらず理論よりロマン重視なのね」


「俺、文系だし」


「観測者に向かない言い訳ね」


 笑い合った瞬間、ARIELのホログラムが淡く光った。


 システムが感情反応を読み取っているのかもしれない。


《synchronization rate: 72%》(同期率: 72%)

《emotional stability: optimal》(精神的安定:最適)


「……この光、好きかも」


「俺も。なんか、朝っぽい」


「観測者らしくない感想」


「幽霊にヨガ教わる日常もどうなんだよ」


 ふと、窓の外で風が吹いた。


 光が揺れて、澪の輪郭が少しだけ透ける。


 彼女は小さく呟いた。


「悠真――ありがとう」


「え、急にどうした」


「なんでもない。ただ、今こうして『ここ』にいられるのが、少し奇跡みたいだなって思っただけ」


「……なら、俺も奇跡側の観測者ってことで」


「その発想、けっこう好きかも」


 トーストの香りと、澪の笑顔と、小さな光の粒たち。


 白鳩荘の朝は、今日もどこか不思議で、どこか優しかった。



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