第37話 賢者、課題を与える
「気分はどうかな」
「はぁはぁ……すばしっこくて……疲れますね……」
「そりゃあ、そうだよ。六階層から先はどの魔物もBランク以上の強さになる。もっと言えば速度だけならSランクだろうね。そんな魔物達を倒せるだけでも十分だと思うよ」
六階層以降に入ってから十五分程度は戦っただろうか。その中でレミィが倒せた魔物の数は六体だけだった。……それだけ聞くと大した事が無いように見えるけど僕からしたら本当に十分、というか、一体も倒せないとさえ思っていたからな。
六階層から先はゴールドなんちゃらシーだけが出てくる。コイツらは倒せば最高品質の野菜を確定で落としてくれる代わりに、倒すのが面倒では済まないくらいに難しいんだ。それこそ、僕も手を抜けば普通に逃げられるくらいには速い。
そこら辺を神閃有りきとはいえ、倒せる強さを持っているっていうのはハッキリ言って普通では無い。僕の言うランクって今よりも基準が高かった過去のものだから、本来であれば見付かった瞬間に遠くへと逃げられて終わるんだよな。
「お褒めの言葉、とても恐縮です。さすがにネームレス様は討ち漏らす事は無いようですね」
「魔力探知に引っかかれば見ずとも切れるからね。まぁ、魔力操作が成熟し切っていないレミィにはまだ難しい技術だよ。せめて、魔法を二つ以上は展開できないと扱えないだろうなぁ」
「……なるほど、まだまだ未熟だったようです」
「ああ、もう少しだけ頑張れれば」
風魔法と空間魔法を複合させる。
下級と上級魔法の組み合わせだ。少しでも気を抜けば風魔法に注いだ魔力の全てが空間魔法へと移動してしまう。そして、そこから先の斬撃は魔力操作の極地と言ってもいい。
「こうやって簡単に殺し切れる」
「五体を……一瞬で……?」
言うは易し、行うは難し。
そうやって呆然とするのも分からなくは無い。だけど、この程度で驚かれていては本当に伸び代が狭まってしまう。いや、この程度の技術さえ、見せてこなかった事が問題か。
もしも、レミィが襲いかかってきたら……。
神閃を使っている間に細切れにして殺せている。初めから見せなかったのは距離を感じられるのが嫌だったからだ。今となっては多少なりとも関係性が出来上がった以上、見せられたが……まぁ、もう少し早めに見せても良かったとは思う。
「これは……縮められる気がしませんね……」
「同じ歩幅で進んでいたら難しいかもな。だけど、その歩幅を僕が縮めさせるのだから努力次第でどうとでもなる。そのためにも幾つかの処置はしておいた訳だし」
僕が何十年とかけて得てきた知識をフル活用して教え込むんだ。普通が一歩なら三十歩は一回で進ませられる。教え方が上手いかどうかは何とも言えないが……ミルファが大丈夫ならレミィでも問題無いだろう。
「さて、では、ここら辺でレミィに一つの課題を授けます。もちろん、これはレミィの強さを測るための課題でもあるのでサボりは許しませんよ」
「……分かっています。後方にいる冒険者パーティの殲滅、ですよね」
「はい、その通りです。恐らくはAランク、いや、今ならSランクパーティかな。いいか、手は抜くなよ。下手したら……死ぬぞ」
実際、これはただの脅しでしかない。
渡した武器を有効活用したなら確実にレミィが負ける事は無いだろうし、五人相手程度なら普通の武器でも何とかはなるだろう。まぁ、だからといって少しでも油断をすれば負ける相手である事には変わりないが。
「じゃあ、気配遮断を解くぞ。分かってはいると思うけど」
「はい、コチラから襲う真似はしません」
「ああ、もしも苛立ったのなら挑発でもしておけ。相手から襲ってきてくれるのであれば楽に話を勧められる」
近くにいるのは何もソイツらだけじゃない。
恐らくは様子見、後方にいるのは……はぁ、ギルドで目を付けられでもしたか。うんうん、最悪だねぇ。本当に最悪だ、この最悪な気分は大量の素材という形で補ってもらわないといけないな。
「……分かりやすく近付いてきているが」
「ええ、今更ながら様子見でしょう。ここは一つ、宜しいでしょうか」
「構わないよ。待つのは時間の無駄だ」
「ふふ、では……私達をつけるとは趣味が悪いですね。いえ、その醜悪な姿を見せないように気遣ってくれていたのでしょうか。そうであれば大変、申し訳ない事を口にしてしまいましたね」
そこまで言ってやるな……と、思いたいけど、確かにどの男の顔も醜悪そのものだ。いや、清潔感が無いと言った方が正しいのかもしれない。髪は無いか長いかの二択だし、全員がゴブリンのような顔に一週間は風呂に入っていないような臭さも感じる。
「言ってくれるじゃねぇか、小娘が」
「その小娘を追う事しかできない……いえ、恐らくは不意打ちを狙っていたのでしょうね。だとしても、気配遮断さえ見破れないような人達から小娘呼ばわりとは……苦笑、いえ、嘲笑を禁じ得ません」
おー、破壊力の高い煽りだな。
アレか、これは怒っているのかな。そういえばレミィからすれば数少ない、二人で外へ出られるチャンスだったか。そりゃあ、その機会を奪われてしまっては怒りはするよなぁ。
「あまり言ってやるなよ。この人達は可哀想な人達なんだ。女性を影から襲って自分のモノにするしか縁の無い人間、その人達に笑顔を見せる事すら勿体無いだろう」
「それもそうですね。このような可哀想な人達へ、嘲笑であっても笑みを見せるべきではありませんでした」
「……殺す!」
後方へ大きく下がって気配遮断を使う。
これでレミィ対男五人の体制は整えられた。後はじっくりと傍観するだけだが……まぁ、陰ながら楽しませてもらおう。今回の課題の最大の目的はレミィの強さを測るためだ。勝敗よりも課題点を見付けられればそれでいい。
「なるほど、悪くないは構成ですね」
「随分と上からだな!」
「ええ、神の寵愛を受ける私が、神から見向きもされない人間よりも劣る訳がありませんので」
前衛二人、中衛一人、後衛二人か。
その上で前衛はラウンドシールドを持つ盾役が一人と純粋な剣士、そこに魔法使いと弓兵がいるとなればバランスは悪くない。見ている感じ、中衛である槍使いの動きも機敏だからな。想像よりも連携力は高そうだ。
それを狭いダンジョンの中で躱し切るのだから本当に末恐ろしいよ。いや、魔法使いが味方の強化だけに回っているから問題無く戦えていると言っていいのかね。それでも……強化無しなら確実に前衛の価値が無くなってしまうが。
今だって弓兵の矢のおかげで多少はレミィにダメージを与えられている。そのダメージが蓄積されていけば前衛二人の剣であったり、中衛の槍が直撃する可能性も高まるだろう。……ま、渡している武器の特性上、矢のダメージは皆無だけど。
「速過ぎるだろ!」
「うるせぇ! 黙って押し込め!」
「思っていたよりも弱いですね。カイリやケールを相手にするよりも楽とは……面白くも無い」
うーん……手を抜くなと言ったんだけどな。
僕が渡した武器を使っているとはいえ、通常の杖のままで戦っているし、動きだって殺しに行くものでは無い。遊んでいる、と僕だったら受け取ってしまうな。ただ───
「グガッ……!?」
「邪魔、ただひたすらに邪魔」
アレは軽く杖を振っただけだな。
それでラウンドシールドを持った盾役が壁へと叩き付けられた。この程度なら確かに遊んだところで簡単に勝てるか。これは……ステータスだけで言えばBランクの上位が関の山だ。遠くにある気配だけだったとはいえ、鈍り過ぎていたな。
「このまま殺してもいいですけど?」
「ほ、ほざけ!」
「うーん……微妙ですね……」
盾役の横にいたハゲの剣を杖で弾いて蹴り飛ばしていた。そのせいで弓兵とぶつかってしまったみたいだが……そこは槍使いがどうにかしてくれるだろう。いや、出来ると思っていないけど。
「神閃」
「は……?」
「実は先程から邪魔くさく感じていたのですよ。他人任せで何もしない者と、当たっても意味の無い弓矢を放つ無能……この程度で夢を見られても気分がよろしくありません」
瞬きの間に魔法使いと弓兵が倒された。
うーん、これはもう終わりかな。なんというか、少しも課題としての価値が無かった。僕が遊んであげた方がレミィのためになったか……いやいや、こういうのは成功体験が多い程いいんだ。本当の意味で無価値だった訳ではない。
「ま、待て! 待ってくれ!」
「うるさいですね。死ね」
苛立った様子のまま杖が振り下ろされる。
このままでは本当に殺してしまいそうだ。別に殺したところで何の問題も無いが……まぁ、この程度の事で手を汚させる必要も無いか。いやいや、逆に今のうちに殺しの感覚を学ばさせるのも悪くは……と、考える意味は無かったかな。
「おおっと、それ以上はやめてくれるかな。こう見えても大切な私の後輩なんだ」
「……誰?」
「SSランク冒険者、だよ」
振り下ろされた杖が一人の男に阻まれた。
ああ、確かにこんな人がギルドの中にいたな。この人なら人外の域を出ていると言っていいだろう。その陰に隠れている冒険者達も僕の基準でSランク以上だと言っていい。
この人なら……課題になるかもしれないな。