第31話 賢者、冒険者ギルドに行く
「ここが冒険者ギルド……」
「そうか、カイリは見るのも初めてか」
「はい……外に出る事も難しかったので」
うーん、何とも重たい話を唐突にしてくるな。
まぁ、苦々しい表情からして過去でも思い出してしまったか。そりゃそうだよな、カイリにとって外の世界は自分を害する地獄と変わらなかったんだ。
「……ありがとうございます」
「あの時に言っただろ。我がカイリを解き放ってやるとな。我の与える未来に恐怖などあるか」
「いえ、そのような事はありません。こうして我が神から与えられる優しさだけで……あの時の事など笑い話にできる程です」
ただ頭を撫でてやっただけ。
それでも、そこまでしてやる必要がカイリにはあるはずだ。訓練の前にカイリが求めてきた、ただ一つの要求である『幸せな世界』、それを与えなければ僕は彼女達の主として立っていられない。ただの意地みたいなものだけど……責任も持たずに皆に指示を出す阿呆にはなりたくないな。
「じゃあ、行こうか」
三人を先導するために最初に中に入る。
木製の大きな扉だ。看板だって盾に剣が重なっている見た目で荒々しさも感じる。それに見合うだけの匂いが開けた扉から放たれた。アルコールが充満したような、それでいて汗臭い男の臭いが辺りに満ちている。
「ありがとうございます」
「こんな臭い、僕でも嫌なくらいだ。綺麗な空気を作るのであれば一人も四人も変わらない」
もっと言えば幼い体を持つ僕達に酒やタバコの匂いは成長の妨げになる。いや、僕はどうでもいいかもな。ただ他の三人は別だ。この子達を受け入れた日から決めたんだよ。自分の子供のように可愛がってやるってさ。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
「僕を含めた四名の冒険者登録をしたいんです」
入ってすぐに気が付いたが……ここはやはりクソみたいな最悪な場所だ。女っ気の無い環境だからか、入って来た途端にカイリとレミィに向ける視線が下卑たものばかりになってきた。本当にイラつきすら覚えてしまうよ。そうだな、さっさと登録を済ませてダンジョンに……。
「おい! そこの女の子!」
声をかけてくる馬鹿が現れた。僕を相手ならどうとでもなるけど視線の向きからしてレミィ……よりにもよって最悪な方向へ話しかけようとしているよ。ここは違和感を覚えさせたとしても二人には気配遮断をかけておくべきだったか……いや、今はそんな事を考えたところでもう遅い。
「我慢しろ、二人共」
「だ、大丈夫です……!」
「え、ええ……」
「おい! 何を!」
レミィの肩に手を置いた瞬間に血が吹き出た。
速度からして今のはレミィの本気の一撃だろうな。……やっぱり、耐えられなかったか。いや、耐えろと言う方がおかしな話だよな。レミィに悪いところは何も無かった。
「へ……俺の、手……あれ……?」
「何のことでしょうか。何も変化は無いように見えますけど」
「あ……な、何が……?」
面倒事は御免だから治療はさせて貰った。
吹き出た血も黒魔法で集めて戻してやったからな。レミィの初撃も僕の魔法も見えていた奴は誰一人としていないのではないか。少なくとも僕の魔法は誰にも見切れやしないはずだ。
「じゃあ、登録の方を進めてください。そうしてくれないと少しだけ面倒な事になりそうなので」
「わ、分かりました!」
僕にも我慢の限界というものがある。
レミィはこれでも我慢してくれた方だ。我慢しろと伝えていなければ間違いなく首を飛ばしていたからな。だから、その健気な気持ちには応えてやりたいという気持ちにどうしてもなってしまう。
僕の可愛いレミィとカイリに手を出そうとした男に制裁を加えてやりたい……こんな場所じゃなければ苦しませて殺していたところだ。王国の人間であり、僕の嫌いな人間という役が二つなんだよ。このまま続くのであれば役満、字一色だっての。
「おい! 無視を!」
「黙れ、有象無象」
「ッ!」
はぁ……僕より先にケールが限界か。
仕方が無いよな、どちらにせよ、カイリだって苛立ちが目に見え始めてきた。待っているだけなら確実に誰かがブチ切れて全員を殺していただろう。それも見ていた人を含めて全員を……それに比べれば早めにガス抜きをさせた方がいいな。
「フィグ」
「どうかしましたか」
「コイツ、いや、コイツらとの決闘を許す。とはいえ、殺しだけはするなよ。半殺しまでだ」
ここまでは表向きの説明だ。
そして、その先はケールにだけ聞こえるように伝えよう。ケールにだけ戦いを許すという事は理由があっての事だ。カイリやレミィなら確実に目の前にいる男と仲間三人を殺してしまう。
「いいか、ケール」
「如何なされましたか」
「手を抜くな。全てを叩き壊して地獄へ落とせ。我の時間を奪った報いを与えろ。そして我の大切な配下二人に手を出そうとした愚かさを味合わせろ。あの者達の苦しむ顔こそが我の望む最上の捧げ物と思え」
別に悲鳴が大好きな変態とかではない。
ただ、こうでも言わないとケールは悪い意味で手を抜いてしまいそうだからな。敵が弱いから対等に戦えるようにしてやる、それは良いところでもあって悪いところでもある。このような人達に与えていい優しさでは決してない。
「殺すな、半殺しにして痛め尽くせ」
「……はっ! 仰せのままに!」
「何、を……!」
膝をつき頭を垂れて返事をする姿は普段なら大層なものに感じられたというのに……今だけは許してやっても良い気がしてる。だって、今の僕達は偽名を使った偽の存在達だ。多少、目立ったところで少し経てば使えなくなるのだからどうでもいい。
いや、逆に目立つ方が良いかもしれないね。
この街にいる間に絡まれる回数が減るのなら多少は顔を売っておく必要がある。それに後々で事件が起きれば僕達の強さに関しても上手く伝わっていくはずだ。情報戦を上手く行えた陣営が勝つのは当然の理だからな。
とはいえ、そこら辺はそれなりに対処はする。
当人とギルドマスター……そこら辺が惨状を理解すれば多少なりとも灸は据えられるはずだ。まぁ、当人達は灸程度で済む終わり方にはしないけど。
「それでは貴方方に決闘を申し込みましょう。もちろん、私が負けた時には彼女達を好きに扱って頂いて構いません。代わりに私が勝った場合には私と戦った人達の将来を頂きましょうか」
「はっ! 一人で戦うつもりかよ!」
「この中では私が一番、弱いのでちょうど良いと考えられたのですよ。私よりも強いとなればギルド内にいる人達、全てを相手にしても対処ができませんからね」
「嘘だろ! つまらねぇ冗談だな!」
そう言う割には冷や汗が酷そうだ。
内心ではケールの強さに関しても薄々、理解しているといったところか。力を抑えないようにしてようやく分かるとか大したことがないな。それでも先頭の意思があるのはカイリとレミィが魅力的に思えたか、もしくは彼等なりのプライドでもあるのか……まぁ、どちらでもいい。
僕が許したという事はケールが負ける可能性など鐚一文とてないという事、だから、ここからは彼の成長を楽しみながら鬱憤を晴らすだけの時間だ。
「……受けたと看做して契約を完了しておきましょうか。貴方方は」
「ここにいる四人でいい。増えてしまったら女を楽しむ時間が足りなくなってしまうからな」
「そうですか。では、四対一で……」
軽く頷いてみせたという事は黒魔法で契約をして欲しいと言っているんだろう。主である僕にお願いをする事がケールからすれば何物にも代えがたい失礼なものだと感じているからな。だから、笑顔で首を縦に振ってみせた。その程度で怒ったりはしない。むしろ、助かるくらいだ。
「場所は……ここでいいでしょう。どうせ、登録までに時間がかかりそうですし、それに私の力を周囲に見せつけた方が絡まれずに済みそうです」
「勝てる前提で話をしているんじゃねぇよ!」
「であれば……来なさい。有象無象共」
その言葉と共にケールは両手に魔力を纏った。
魔力消費も極力、少ない……数日前の模擬戦と比べればかなり成長しているな。そこまでいけたのはミルファが教えこんだからか、それとも僕のために強くなろうと努力したからか……そこら辺もどちらでもいいか。
リーダーらしき人の縦振りの一撃。
それを真正面から手で弾いたかと思うとすぐに後ろへと下がる。そこを二人が追撃してくるが即座に足が止まった。土魔法の応用、地面を沼に変えて動けなくさせたんだ。
詠唱無しだと威力が落ちるデメリットがあるのだが、そこはダメージを与えない方法を選ぶ事で解決させたのか。……かなり前に教えた方法だけど自己流でここまで持っていくのは流石としか言えない。
それでも改良の余地がある分だけもっと教えてあげたいけど。いや、そうするための潜入期間だろ。むしろ、この期間内でよりケールを成長させる気で動かないとな。
「素手で……これかよ……!」
「得物を使えば簡単に殺せてしまいます。それではあの方が求める結果を見せられません。であれば、殺さずに済む方法を取るのは普通のことでしょう。使い慣れていない得物でさえも簡単に殺せてしまうから素手で戦っているまでです」
語りかけるように話す姿は先程と同じとは到底、思えないな。それに殺さずに済むか……別に格闘においては僕やミルファに次いで得意だろうに。いや、僕が与える得物と比べれば確かに弱いし、本当の素手だから殺さずには済むのか。
「あの方は手を抜く事をナメプと言っておられました。強さを知らしめるためには手を抜いて敵の誇りも精神も全てを破壊する方が楽でいい、と。そして私は貴方達に死よりも深い恐怖という名の傷を埋め込みたい」
「な、何が……!」
「我が神の愛に満ちた空間を、私の大切な友人達の心を傷付けた報いを与えたい。……ええ! ええ! 全ては我が神が求めるままに! そして我が神と仲間達が笑顔でいられるように! あの方が望む世界が私の求める最高峰の世界!」
はぁ……またトリップし始めているよ。
やっぱり、ここら辺はカイリと似ているな。カイリは常時、トリップしていてケールは興奮するとトリップしてしまう。今のままだと変な方向に話が進みそうだから軽く威圧をかけてやるか。……目に見えて冷や汗を流し始めていたし、これで大丈夫だろう。
どのような事をしたとしても目的だけは見誤うなよ……まぁ、見誤ったところで大した問題は無いけどね。
もう少しで総合評価五百越え……嫌でなければブックマークや評価のほど、よろしくお願いします。