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第26話 賢者、安堵する

「それでは行ってきます」

「お気を付けて。お父様、お母様、そしてヴァン殿」

「ええ、アルフも色々と頼んだわよ」


 フィアナの言葉に首を縦に振る。

 一緒に腰に差した片手剣を触ってみせておいた。この武器は誕生日の次の日に貰った大切な得物だ。それでいて昨日、フィアナから一定の自由を許された証でもある。


 彼女は昨夜、僕に一つだけ許可を出した。

 それは昼間に一人で動く事の許可だ。もちろん、その範囲は森の浅い所までと狭くはあるけれど、それでも過保護気味なフィアナにしては驚きの言動だよ。少し前までは僕が一人で寝る事すらも否定気味だったのに……そこまでイリーナの身を心配しているんだろう。


「僕はフィアナ母様の息子ですよ。多少は頼りない息子に任せて欲しいものです」

「その歳で口にする言葉ではないわ。……でも、貴方がいると思えるから私も戦地に行けるの」


 少しだけ悲しそうにフィアナは笑う。

 ここまでフィアナが不安になっているのは帝国の動きが不穏になり始めたからだった。昨日、話してくれたがリーフォン家が守護する村は小さいものの、そこにいる人達は兵士や冒険者から村人へと転職した人達ばかりらしい。


 そして、それらを命令したのはクーベル王国であり、帝国と隣接する村をアルやヴァンといった強者に守らせるためでもあるようだ。だからこそ、僕の中ではある程度の納得がいった。ヴァンはアルに忠誠を誓っている。その先にあるのは村を守りたいという気持ちの表れからだろう。


 僕は三人の気持ちを尊重してやりたい。

 情とかではないな、最早、その程度では済まない程に大きな感情が全員に対してある。少しばかり好ましく思えていないアルに対しても父としての情愛に近しいものがあるからな。とはいえ、全てを投げ出してまで村を守る義理は無いが。


 一番はミルファ達、僕の配下だ。

 そこに関しては少しも曲げる気は無い。それにクーベル王国を滅ぼしたいと思っている僕と家族の皆は確実にぶつかる間柄だろう。その時に僕はどうするべきなのか……はぁ、話を聞かない方が気楽に済んだのかもしれない。


「お昼までには帰ります」

「了解しました。それまでに美味しい昼食を作っておきますね」

「はい、イリーナの食事は美味しいですからね。美味しさを倍にするためにも頑張って来たいと思います」


 アルとフィアナの最大のプレゼントはオーダーメイドの鉄の剣だった。性能こそ、鉄の剣と対して変わらないが僕に合ったサイズや重さなどの調整を含めれば、名誉貴族がおいそれと買えるような物では無い事は確実だ。


 それをポンっと僕に買い与える二人。

 なんというか……愛されているというか、それだけ僕に期待を持っているのか。何にせよ、その感情に対しては報いようとは思っている。今日からするのは才能を見せつけるための行動、そして皆を守るための行動でもある。


 一先ず、ブルーベアーでも倒しておこう。

 Eランク程度の魔物とはいえ、倒せる事を家族が分かれば少しは信用してくれるはずだ。先祖返りは最低でも秀才以上の才能を持つ存在とされているからな。それに見合う程度の力は見せておかなければいけない。もっと言えばブルーベアーは美味しいからイリーナが良い食事に変えてくれるっていうのもある。


「グルゥァァ……!」

「悪いけど……痛め付けてから殺す事にするよ。そうしないとフィアナから訝しまれてしまうからね」


 僕が目指すのは秀才の上の方。

 天才までは行くつもりがない。天才の類が英雄王ならば秀才の上の方となれば……今の僕なら三十手程度でブルーベアーを倒し切れるくらいか。仮にここで多少の力を見せたところでフィアナは僕の嫌がる事をしないだろうから世間に全てを事細かに話しはしないはずだ。だから、子供として安心させてあげないといけないよな。


水刃(スイジン)、これは僕の母様が得意な魔法だよ。君には水魔法の耐性があるから効き目は薄いと思うけど無傷とはいかないよな」


 最下級の魔法ではあるが使う人が悪い。

 僕は孤高の賢者、世界最高峰と言われる程に魔法の扱いに長けた存在だよ。ブルーベアーと同程度のステータスだったとしても初級の水魔法の一撃で殺す事だってできるんだ。そうしないのは僕の立場を壊さないためでしかない。


「いただきます」

「グッ……ガッ……!」


 三十の水刃を放ち、最後の一撃で首を刎ねる。

 さてと、目的は撃破した事ですし……暗躍を始めるとしよう。ここからは……アルフではなくネームレスとして動かせてもらう。ロレーヌ領に仕事があるとなれば基盤は早めに作っておくべきだろうからな。問題は僕と共に行動をする仲間だが……さすがにか。




「ん……それは不服でしかない」

「我慢しろ。僕だって本当は連れて行きたいと思っていたさ。というか、軽く考えられる事ならカイリ達に奈落は任せている」

「軽く考えられない……だから、私に任せる?」

「そう、指南もできて状況判断もしっかり行える存在となればミルファしかいないからな」


 これに関しては本当に人材不足でしかない。

 だからこそ、早くカイリ達には強くなってもらいたいのだけれど……どれだけ才能があろうと強くなるまでには十ヶ月は確実に必要だからな。だから、求め過ぎる事自体が彼女達の才能を壊しかねないから主としてやってはいけない行為だ。


「お願いだよ。代わりに今日からなら毎日、こうやって顔を見せられるからさ」

「……キスをしてくれるのなら考える」

「仕方ないなぁ……」


 別に今となっては大して恥ずかしくもない。

 あまり好ましくないと思って遠慮していたがミルファの事は素直に好きだからな。だから、こうやって顔を真っ赤にされて喜ばれてしまうと……なんというか、申し訳なさが募ってしまう。


「任せてもいいかな。僕の大切なお嫁さんに」

「ん、仕方ない! 私に任せなさい!」

「ああ、これで安心できるよ」


 後は……カイリ達を連れて行くだけだな。

 今回、ロレーヌ領に連れて行くのはカイリ、ケール、そしてレミィの三人だ。単純な戦力としての上位三位、加えて忠誠心が高い人を判断材料として選んでいる。それと……パーティまでの一週間以内に対人戦も積んで欲しいからな。




「もちろんです!」

「なんと光栄な願いでしょうか! ええ! お任せ下さい!」

「やったー! 久し振りに外に出られるー!」


 呼んだ三人の反応は個々で違った。

 まぁ、当然と言えば当然か。それにしてもレミィが外に出られる事をここまで喜ぶとは思っていなかったな。動く事を怠がっている様子があったから動くとなれば嫌がると思っていたが……もう少し観察眼を鍛えないといけなさそうだ。


「げ……カイリもいるの……」

「はぁ……不埒者もいるなんて最悪」

「誰が不埒よ! だ、れ、が!」


 顔を見せ合って早々、喧嘩をするのか。

 いやいや、確かに仲はそこまで良くないのは知っていたよ。でもさ、ここまで酷いとは思ってもいなかった。実力で言えば上位なのは知っていたけどレミィは怠けるから手を抜いてばかりだし。


 はぁ……少しだけ不安ではあるな。

 まぁ、この二人の場合は僕がいるだけで話が百八十度変わるのは知っているから心配はしていないけど。仮に喧嘩したとしても二人の中での最上位の存在は僕だ。その人を無視して喧嘩をする事は決して無い。


「そこまでにしてくれ。我等が主の眼前だぞ」

「はっ! すみません! 我が神!」

「あー……すいません。でも、悪いのは全てカイリなので責任はアチラにお願いします」


 おい、責任逃れをしようとするな。

 とはいえ……この二人の喧嘩はなんというか、面白くて嫌いじゃないな。一見すると本当に仲が悪いように見えるが手を出したりとかはない。ベロベロバーとかをしてレミィが煽る事はあるけど言葉での喧嘩しかしないし。


「別にいい。喧嘩するというのは悪い事では無いからな。悪いのは仲違いをしない事だ。そこまでいかないというのであれば面白いものを見せてもらった礼をしたい程には良いものだよ」

「そ、そう言っていただけると助かります!」

「んー、でも、カイリが悪いです! 全部!」


 ふっ……これは楽しみになってきた。

 自分でも分かっていなかったけど配下に加えていた人達も多種多様な考えがあるんだ。それらが組み合わさった結果として面白い行動をしてくれる。いいねいいね、こういうのは一人で奈落にいた時は味わえなかったものだよ。


 長く生きれば生きる程に人を嫌いになったというのに……見ていた景色は本当に一部だけだったんだな。こういうのを見ると本当に全員を引き取ってよかったと思えるよ。少なくともケールは最初の段階で切る存在でもあったからな。


「はいはい、準備が出来たのなら行くぞ。午前中に済まさなければいけない事は多くある」

「了解しました! 我が神!」

「我が神よ、纏めて頂きありがたく存じます」

「あーい、行きましょー」


 うーん、これが配下トップスリーですか。

 本当に二対一で変な方向に進みそうで怖いな。特にカイリ、頼むから僕の考えを勝手に汲み取って突き進まないでくれ。それが僕の本当の願いとは限らないんだ。


 はぁ、少しだけ心臓が痛くなってきたよ。

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