第8話 賢者、無双する
その声と共に即座にナイフと位置を交換する。もちろん、交換してしまえば固定の力が切れて落ちてしまうから回収は忘れない。固定したナイフを蹴り上げてから、より空中へと投げ付けておく。そのままの落下速度で他のナイフを蹴り上げて間髪入れずにサンダーバードの群れへ投げる。
僕への脅威をより高めてくれたおかげでサンダーバードは近距離戦を望んでくれた。ぶっちゃけてしまえば中距離をサンダーバードが、近距離をブラックウルフが、その補助をワイバーンがしていたら負ける危険性もあったんだよ。
まぁ、そんな連携を魔物ができるとは思えないけどな。だけど、そういう負け筋を考えて削っていく選択を取るのも大切だ。それができるかどうかで奈落を生きていけるかどうかが変わってくる。
それの対策として魔法があったけど使わないと決めた以上は確実に負け筋となる。ましてや、ナイフなど使わずとも空間魔法で結界を張れば足場は簡単に作れたからな。そこら辺もあって魔法を使うと楽しめなくなってしまう。
「三連牙」
今度は群れの前まで迫ってすぐに場所を入れ替えた。振り切った瞬間にナイフをまた群れへと投げ付けて元の場所へ戻る。今度は二つのナイフを足場にして空中に立った。
現状確認、落としたサンダーバードの数を確認しないといけない。そして常時、移動する僕のせいで行ったり来たりのブラックウルフとワイバーンの様子も見ないといけないからな。
うーん、サンダーバードは確実に三割削った。だけど、その分だけワイバーンの増援が来てしまったせいで数は減っていない。でもさ、ワイバーンは単独で現れるのが普通だよね。群れを作っても五体が限度だ。
という事は……ナイフをワイバーンの方へと投げ付けて刺さった瞬間に交換する。そのまま剣を振り上げて顔面に大きな切り傷を作った。ナイフを上に投げてすぐに場所を交換してから……狙い通り背中に乗れたな。
さてと、このままではワイバーンは僕を振り落とそうと躍起になるだろう。だが、それでいい。ナイフがある以上は刺してしまえば僕もワイバーンの背中に居続けられるからな。
僕がしたいのはワイバーンの足止めだ。僕の位置が近くなった今、他のワイバーンはここへと向かってくるだろう。では、魔物達が連携をできると思うか。答えは……。
「言わずとも分かる、か」
一気に近付いてきたデカい図体のワイバーン。それらがぶつかり合って場合によっては地面へと落ちる。そうなれば後は簡単だ。背中を貸してくれたワイバーンを首を切り落として蹴り上げる。
向かう先は地面方向、危なければナイフと位置を交換すればいいから問題は無い。自由落下の中では落ちる速度は変わらないからな。こうやって蹴りの加速を入れた僕の方が早く降りられる。
そして落ちているワイバーンを片っ端に切っていきながら地面が迫れば場所を交換だ。魔力を付与させて剣の間合いを広げていたから……切れた数は七体ほど。だけど、殺せたのは四体だけだった。三体は大きな怪我を負いながらも生きてはいるみたいだ。
これで目に見えて元気なのは二十と少し、サンダーバードが十と少しかな。ブラックウルフには手を出していないせいで時折、森の中からワニワニパニックのように飛んできているが……まぁ、よく分からない位置に飛んでいるから気にするだけ無駄だろう。
いや、何か理由があるのか。
……ああ、分かった。ブラックウルフが飛んでいる箇所はワイバーンやサンダーバードの下だ。つまり、そこら辺に敵が来るだろうという読みだけで飛んでいると予測できる。ナイフの位置ら辺で飛んでいるのも戻ってくる事を予期しての行動だとすれば……。
なるほど、これは少しだけ使えそうだ。
空中戦に参加できないブラックウルフは最後にしようと思っていたが……こうなってくると少しだけ話が変わってくるな。牙が僕のもとに届かないとはいえ、ウザったい事には変わりない。
だから、その牙を多少は減らしてやろう。
ナイフを四本、ワイバーンの方向へ投げて元の位置あったナイフの半数を回収する。場所替えだ、あそこを拠点にしても時間がかかるだけ。それに僕の新しい計画のためにはワイバーンの近くを陣取った方が効率が良い。
それにここならサンダーバードも右往左往せずに済む。それを確認してからナイフと位置を交換して二本のナイフの上に立つ。さてさて、ここなら敵の位置もよく見えるし、分かるな。では、行きますか。
「断言しておこう。最初にお前達だ。次にあっちのクソ鳥、最後に下の犬コロ共を殺してやる」
「グギャアアアッ!」
「そう怒るなよ。最初に倒すべきと思われた事に感謝して欲しいくらいだ」
ナイフを五本、投げ付ける。
さすがに今までの経験からブレスを吐いて弾こうとされたが……残念でした。そのナイフにはしっかりと魔力を付与させているから並大抵な一撃ではどうにかするのは困難だ。もっと言えばその翼で弾いてギリかな。
でも、そんな事をしている暇は無いだろ。
ナイフの一本と位置を入れ替えて足場にあるナイフ意外は全て回収。五本投げたのは後方に置いてあった三本のナイフが、確実にワイバーンの群れの中に進めるようにしたかったからだ。それが完了した今となっては必要も無い。
とはいえ、安全策は取っておく。
ようやく僕を視界に捉えたのか、ワイバーン達が迫ってきた。その隙をついて八本だけ周囲に投げておく。適当に投げただけだから五本くらい生きていればそれでいい。
少なくとも三本は群れの外へと出て行ったのを確認してから残りの十本を投げた。今度はしっかり魔力を使用して追尾性能も付与させている。狙いは傷を負っていないワイバーン達だ。
これが当たればそれで計画の八割は終了した事になる。向かってくるワイバーン達の数を確認してから……そのまま足元のナイフを回収した。一気に体を強い風が包む。数秒もすれば確実に地面とキスしてしまうな……いや、キスだけでは済まないか。
だが、僕をまだ追ってきているのが見えた。
それが見えればいい、後は……その隙を利用するだけ。前にいるワイバーン達は後方の遅れている同種達に気が付かない。後方にいたヤツらはようやく僕の真上に到達したところだ。
そこを……位置を入れ替えて襲撃する。
今の一瞬で僕がどこへ行ったかは分かるまい。そりゃあ、そうだよな。ここにいるワイバーン達は同種ではあれど、同じ群れの仲間達では無い。もっと言えば先行してしまった分だけ後方の状況なんて確認も無理だ。
大きな隙、そこを突ければそれでいい。
後発組のワイバーン達が僕へ雄叫びをあげる。今し方、移動したナイフが刺さっていたワイバーンの首を落としたからだろう。仲間意識はない癖に怒りはするんだな。……なんというか、都合のいい関係で笑えてしまっただけだ。
また落下していく……その前に上方向にナイフを投げておいた。後発組は今のナイフを見ていたはずだ。となれば、そちらを軽視はできないはず。しなければしないでいい……次の一手の時に状況を確認するだけだ。
このままワイバーンの数を減らしていく。
そうすれば……計画は達成されるからな。だから、悪いけど僕に付き合ってくれよ。この僕の高揚を掻き消さないでくれ。最後まで抗ってくれよ。そして楽しませてくれ。
この僕の、賢者の微かな望みを……。