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第7話 賢者、奈落に向かう

「良い夜だ……そうは思わないか……」


 久し振りの美しい夜空だ。

 この眺めは……そう、フィアナが僕一人で寝るのを許可してくれた一週間振りか。ネームレス・ヒュポクレティの姿に化けたのだってララの時以来だから半年以上前……この体を利用して動くのはここまで楽しいとはね。


「この大穴も……変わらないままだな」


 外に衛兵がいないのも昔のままだ。

 奈落にいる魔物は強大であり、中に入る者を誰も拒みはしない。一階層ですら冒険者ランクのSSという、上から二番目の強さがあってようやく戦える魔物が出てくるんだ。


 そして衛兵がいないのは……いや、置けないと言った方が正しいか。もしも、奈落の入口付近に人間がいた場合はダンジョンが殺しに魔物を外へ放出してしまうんだ。SSランクでようやく倒せる魔物が外に出る……被害は甚大で済まないだろうな。


 まぁ、それを抜きにしても奈落はダンジョン特有の本能で人の遺体を求める。そのせいで五年に一度くらいの頻度で、わざわざ空間魔法を覚えた五階層の魔物を四体も放出してくるのだが……。


 だが、それも含めて愛らしいではないか。

 いや、そう考えるのも人生の大半をこの中で過ごしたからとも言えるが……それでも奈落に対しての執着なら誰にも負けない自信がある。コイツが望むというのなら人の死体の十や二十は与えてもいいからな。


 盗賊の遺体を与えてやろうか。

 ううん、それは奈落が魔物を外へ放出しなくなるから駄目だ。王国の戦力を削ってくれる奈落の性質は僕からしたら大切な要素だ。……自分が生まれた国とはいえ、クーベル王国と戦わない確証は無いからな。


 さて……剣やナイフの準備は万端っと。

 行こうか、僕の生きた世界へ。そして新しい力を手に入れるための空間へと。僕は前よりも強くならないといけないんだ。だから、最初から手は抜かずに行かせてもらう。


完全強化(フル・ドライブ)


 魔力を常時、消費する代わりに身体能力を大きく強化させる。とはいえ、薬物増強や運命之采配に比べれば大した事は無いけど……魔法での強化のようにかけ直しをしなくていいから楽に済む。


 洞窟のような空間に足を踏み入れてすぐに違和感が襲ってくる。そうだ、このダンジョンは外から見た感じと中は大きく変わっている。一階層から森のような一つの渓谷地域のような世界が広がるんだ。


 そして入ってすぐに魔物の姿も見える。

 グギャアアアという地すらも割れそうな程に大きな咆哮、それがいたるところから聞こえてくるという恐怖。アレはワイバーン、ランクでいうところのAランクの魔物だ。それも高レベルなところを踏まえれば、Sランクまでは行くんじゃないかな。


「ギャアァァァッ!」

「うるさい」


 一太刀でワイバーンの首を叩き切る。

 運良く近付いてきたのが二桁の低レベルで良かった。三桁の高レベルであれば一撃では沈められなかっただろう。……それに低レベルとはいえ、ワイバーンの経験値は悪くないからな。


 もっとだ、もっと狩り尽くさないといけない。

 奈落……久し振りに味わってくれ。自分自身を攻略するかもしれない命知らずの力を、そして愛してくれ。僕はこの場所を愛しているんだ。その愛に報いるのは当たり前だよなぁ。


 十階層までは魔法は使わない。

 だって、魔法無しでの戦い方を、その感覚を取り戻さないと絶対に後で困るからな。それに魔法に頼り切る戦いを辞めたいのなら使わなくするのが癖直しには丁度いい。まぁ、多少は荒療治だと思うけど……強化ができるのなら難しい事では無いんだよ。


三連牙(サンレンガ)


 ワイバーンの大声のせいで静かに忍び寄ってきていたブラックウルフを切り刻む。ただ一振で三つの刃を飛ばすだけの技ではあるが……刃は僕の魔力攻撃で火力を決めるからな。物理とは比べ物にならない程の火力、さぞかし痛かろう。


 ここで気を付けなければいけない事がある。

 ブラックウルフは確実に五体以上の群れを作っているからな。最初に現れたのは確実に僕を油断させるための囮だ。僕を殺すための本陣は少し経ってから現れてくる。……いつもなら風魔法で敵の位置が分かるんだけどな。無いと本当に困るよ。


 でも、それを決めたのは僕だろう。

 そして奈落の魔物の知識なら誰にも負けない程にあるはずだ。ブラックウルフならどうやって攻めてくるか……逃がさないように四方からの攻撃を仕掛けてくるな。ならば、自分達の撤退も含めて森方面は数が多いはず。


「ガルゥアッ!」

「バレバレなんだよ」


 前ではなく左側の木々の中へと突っ込んで木の上にいたブラックウルフを叩き切る。僕を殺しに来たんだからな。全部、僕が殺してあげなければ報いを与えてやれないだろう。


 楽しめ、楽しめ、楽しむ、楽しめ。

 あの時の感覚だ。常時、死ぬかもしれないという恐怖を感じながら分からない空間を歩んでいく。その先にきっと今までの僕を、後悔を消せるだけの何かがあると思っていたから……でも、手に入れたのは成長促進とかいうスキルだった。


 最悪な気持ちだったよ……でも、その時に初めて生きていたいと思えたんだ。それに今は確実にここで戦う理由が僕にはある。守るものが僕にはあるんだ。そのために力がいる。


「もっとだ! もっと来いよ! 柊磨様が相手をしてやるッ!」


 右側へとナイフを投げ付けて周囲にある中で一番、高い木の頂点を蹴り上げる。ここからなら幾らでも隠れている雑魚共を消せるからな。やるのなら一気にやらないと楽しくないだろ。


「隠れるなよ! 恥ずかしがり屋共が!」

「ガゥアッ!」

「ふうぅぅぅ……獣之咆哮(ハウンドハウル)ッ!」


 喉を震わせろ、声が続く限り叫べ。

 その時間、アイツらは僕を殺しに来るしかなくなってしまう。本能が僕を殺させようとするはずだ。逃げようとするなよ。僕だって寂しがり屋なんだからな。


 最初に飛び出てきたブラックウルフにナイフを投げ付けて目を潰す。そこからすぐに顔面を踏み付けて蹴り上げてから付与した能力によってナイフを回収。次の一撃が本陣だ。ナイフを周囲に投げ付けてから魔力を通す。


 固定、それがナイフに付いている能力だ。

 扱い方を知らなければ間違いなく価値の低い武器ではあるが……僕にとっては最高の得物だよ。本当に価値も分からない盗賊から奪っておいて正解だった。


 ナイフの足場は合計二十、こういう扱い方を想定しての数かもしれないな。その中で足元にあったナイフを踏み付けて蹴り上げる。そのまま踏んだナイフが重力に負けて落ちていくから……忘れずに回収して上に固定しておいたナイフの柄を握って宙ぶらりん状態になった。


 ようやく視認できたが……向かってきている魔物は合計で六十程か。まだまだ少ないと思えてしまうのは帝国騎士を名乗った少女の戦闘狂が移ってしまったからかもしれない。いやいや、元から僕は戦いが好きではあったか。


 足元にはブラックウルフ、空中にいるのはワイバーンとサンダーバード……どれも最低レベルでAランクはある魔物達だ。鑑定眼……は未だに手に入れていなかったな。だけど、肌感で大体の強さは測れるから問題無い。


 まず狙うは空中戦が得意で数も多いサンダーバードからだ。中距離から雷魔法を放たれ続けたら勝ち目が薄れてしまうからな。……手元にあったナイフをサンダーバードの中へと投げ付ける。そしてすぐに……。


位置交換(カウンターチェンジ)


 ナイフとの位置を入れ替えて剣での一振を加える。分かるか、魔物達よ……僕はこれを空中に浮くナイフの数だけ行えるんだ。そしてナイフは全て回収できる。つまり……。


「空中だろうが負けないんだよ。お前らが表に出てくれるように開けた場所に出たに過ぎない」


 これが僕なりの狩りだ。

 抗え、せめて、僕に一撃は与えてくれ。そうでなければ楽しめやしないだろう。あの子との戦いのような高揚を僕に渡してくれ。そこまでしてようやく僕は命を再実感できるんだ。なぁ、頼むよ。


「さぁ、続きを始めよう。———獣之咆哮」

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