第95話 プレゼントと宣戦布告の夜
エディンバラとネクステスはサーシアス河口によって隔てられている。
そこに掛けられた橋を渡り、私達はエディンバラへと帰ってきた。
第二首都エインフェリア。来るのは初めてだが、エディンバラの都市だ。
キルシュ国に向かってから、1年程度が経過していた。
久しぶりに自国に帰ってきたものの、初めての都市なのであまり実感はわかない。
「第二首都ってあるけど、エインフェリアは何か有名なものでもあるんですか?」
「第二首都という名前ですが、どちらかというと役割はネクステスとの窓口です。とくに有名なものは……これといってありませんね。欲しいものはほぼ全て揃いますが」
ロゼリアさまの言う通りなら、大きな都市ということだろうか。
ここを通過して首都に戻り、ラインハルト総長に報告する形になりそうだ。
結局一日この街に滞在して、翌日に首都に向かうことになった。
街で時間を潰し、色々と準備をして、宿に戻る。
「お姉様、これで世界一周したね」
「そうだね。と言っても、行ってない国がいくつかあるけど」
夕食を食べた後に、自室でくつろいでいたエヴァと話す。
今回訪れた国はキルシュ、ユグドラシル、ネクステス。
逆に行っていない国はアズマ、コンウェル、ロスヴェイルだ。
とはいえ、世界を一周したことに変わりはない。
「頑張ったお姉様に、プレゼントがあるの!前にロゼリア様の指輪を見てたでしょ?だから同じようなものを選んだんだ」
そう言ってエヴァが差し出したのは、白いフレームの指輪だった。
小さな宝石が、控えめに主張している。これは、ダイヤモンド?
「え?こ、これ高かったんじゃ……」
「ううん、そんなことないよ。ロゼリア様やミストと一緒に選んだんだ。お姉様の能力も伸ばしてくれるんだよ!」
いや、絶対そんなことあると思うのだが。
白いフレームは光り輝いているし、ダイヤモンドが高いのはこの世界でも同じはずだ。
けれど、エヴァは私に受け取ってほしいらしく、キラキラした目で見てくる。
この世界の指輪やイヤリングは少し特殊だ。
一部のものには適性に影響を与えるものもあるらしい。
けれどその上がり幅は微妙なものだと聞いている。
それでも、エヴァ達が私のことを思ってくれたのが嬉しかった。
「ありがとう、エヴァ」
そう言って指輪を受け取る。
なんとなく、左手の中指に指輪をはめた。
ロゼリアさまと同じ位置だ。右手の中指は『マリア』を付けているので、バランスが取れている。
身に着けると、すぐに異変を感じた。
体の内側から力が湧いてくるかのような、そんな感覚。
指輪などでの上昇値は僅かだと聞いていたが、これはすごい。
かなり良いものであることが分かる。
これは、高いのではないだろうか。
(あ……温かい……)
ふと指を包む熱に気づき、指輪に触れる。
うっすらとだが、温かい。
「嬉しい。大切にするね!」
「うん!」
お礼を言うと、エヴァは花が咲くような笑顔で返してくれた。
本当に、私にはもったいないくらい良い妹だ。
その後、私達は他愛のない話をしていた。
次の任務は何だろう、とか、どの国が一番良かったか、とかそんな話。
話し疲れ、そろそろ寝ようかと思ったとき、その声が響いた。
『私は魔王【原始】。我がロスヴェイルはアリュート絶海、死の森、オリエント荒野に向けて、進軍を開始する。これは、侵略行為である。これより先、ロスヴェイルは世界各国に宣戦布告をする』
魔王【原始】?侵略行為?宣戦布告?
エヴァの方を見ると、彼女も目を丸くしていた。それは部屋で待機していたリフィルも同じ。
どうやら、みんなに声が聞こえているらしい。
足音が響き、部屋の扉が勢いよく開かれる。
ロゼリアさま達が、部屋に入ってきた。
「皆さん、聞きましたか!?あの声を!」
「はい、宣戦布告するって……」
「アリュート絶海、死の森、オリエント荒野はロスヴェイルと各国の国境です。国境と言っても、人も入らない厳しい地帯ですが……それに窓の外から街の様子を確認しましたが、全人類に向けて先ほどの言葉を届けたようです。これだけの魔法行使、魔王【原始】というのも、本当だと思われます」
ロスヴェイル国を治める魔王【原始】。その声は、女性のものだった。
それにしても、なんでこのタイミングで宣戦布告を?
「とりあえず、明日早朝に出発し、首都のエルスアリヤを目指しましょう。魔法師団として、どう動くのかをラインハルト総長と相談しなくてはなりません」
「はい、分かりました」
「今日はもう寝ましょう。明日に備えてください」
頷く私達を見て、ロゼリアさまは部屋を後にする。
部屋には、私とエヴァとリフィルが残った。
リフィルはテキパキと寝る準備を始める。
3つあるベッドをくっつけ、大きなベッドのようにする。
そんな様子を見ながら、エヴァは尋ねた。
「リフィル……まさかと思うけど……」
「はい、久しぶりの三人での就寝です。それならば、一緒に寝るべきかと」
「えぇ……もう私達子供じゃないんだけど……」
「いえ、一緒に寝ていないと私がお嬢様達を護れません」
「絶対嘘じゃん……でも絶対退かないじゃん……」
エヴァは苦笑いをしながらリフィルに答える。
でも久しぶりに三人で寝るのも悪くない。そう思った。
「久しぶりにみんなで一緒に寝ようよ」
「……まあ、いいけどさ」
明かりを消し、みんなでベッドに入る。
10年前と同じように、三人で抱き合うように。
ベッドに入ってすぐは魔王【原始】の宣戦布告のことが気になっていた。
けれどやがて、エヴァから感じる熱や、彼女の髪の感触。
そして後ろから感じるリフィルの温かさや、彼女の腕の感触。
そういったものに安心して、何も考えられなくなって、私は意識を暗闇へと落としていった。
それから数日後、私達はエディンバラ皇国の首都エルスアリヤに来ていた。
あの後、起こしに来たルナが私達の様子を見てベッドに突入してきたり、身支度をしているときにムースがこっそりと手を握ってきたりと色々あったが、なんとか早朝に出発することができた。
考えうる限りの最短で、魔法師団の本部へと帰ってくることができた。
そんな私達は、今魔法師団の執務室に居る。
目の前には、魔法師団トップであるラインハルト総長が立っていた。
「諸君、ご苦労。部隊としての活躍は聞いている。だが……それを称賛しているような場合ではなくなってしまった」
「ロスヴェイル国の……宣戦布告ですね」
少し疲れたような顔をしたラインハルト総長は、ロゼリアさまの言葉に強く頷いた。
「あぁ、各国が混乱している。けれど3つの地域に進軍しているのは事実だ。アリュート絶海をキルシュが、死の森をユグドラシルが、オリエント荒野をコンウェルが対応しているが……」
「ネクステスとエディンバラとしても、どこに軍を向かわせるか決めないとですね」
「それを決めるために、エーデルワイスにて各国の王を集めた会談を予定している。そこに諸君らも参加してほしい、と陛下からの通達だ。手紙を送ったのだが、届く前に君たちが帰ってこれたようだな」
エーデルワイスはエディンバラ皇国の北西にある城塞都市だ。
世界を一周したときには訪れなかった都市だ。
それにしても、ガイウス王が私達に会談に参加してほしいとは、どういうことだろうか。
そんな私の疑問を顔から読み取ったのか、ラインハルト総長が言葉を続ける。
「諸君らは学園にて【天】【緋色】と戦闘している。それに公にはなっていないが【深淵】ともだ。その力を、当てにしているのだろう。ロスヴェイルの王は、同じ魔王だからな」
なるほど、確かに私達ほど魔王を知っている集団はないだろう。
【深淵】のクロムを倒し、【天】のヒビキと戦い、【緋色】のレアさんの強さを知り、【世界】のテスタさんを師に持つエヴァが居る。
クロムが言うことが本当なら、【幻影】とも出会っている。
こうして考えてみると、世界中の魔王の内、【原始】以外には関わっていることになる。
「陛下は諸君らを待っていた。すぐに王城に向かい、そのままエーデルワイスに向かってくれ」
「かしこまりました」
これは、戦争だ。
ロスヴェイル国と各国との、戦争。
人が……たくさん死ぬ。それにロスヴェイルと戦うということは、ニクスさんやアイネさんと戦うということだ。
窓の外の曇り空は、私の不安を表しているような、そんな気がした。




