第90話 神樹の夢【ムースSide】
「来るよ!」
ルナが叫び、前に出る。
それと同時に、女性が剣を構え、突きを繰り出した。
速く、洗練された動き。それをルナはしっかりと受け止める。
女性の空いている手が、素早く動く。
光が集まり、輝く剣が急に現れる。
女性はその柄を握り締め、振り下ろした。
「二刀流!?」
二つの剣から、必死になって身を護るルナ。
それを援護するように、正面からロゼリア様が、背後からエヴァが斬りかかる。
三人によるほぼ同時の攻撃。しかし、女性は焦る様子もない。
流れるような動きで剣を地面に突き刺す。
女性の体が眩く光り、三人を吹き飛ばした。
怪我の無いように、その体を木の根で受け止める。
「はぁああああ!」
前に出るウリアに補助魔法をかける。
ユウリィも同じように援護を行っていた。
振り下ろされる白銀の刃。それは、真っ白に塗りつぶされた剣に防がれる。
しかし、女性の持つ剣は2つ。空いている右手で、ウリア目がけてその剣を。
「させません」
目にも留まらぬスピードでその剣を受け止めたのは、リフィルだった。
「?」
不意に、リフィルが首を傾げたのが分かった。
けれど次の瞬間には女性の剣を弾き、距離を置く。
同じように後退したウリアと女性を、何度も見比べている。
「いけない!止めるんだ!」
ユウリィの叫び声が響く。
慌てて目を向けると、女性は何かを唱えているようだった。
頭が警鐘を鳴らす。あれを撃たせたら、まずい。
そう感じたのは他の皆も同じだったのだろう。
エヴァがオーバーライトの力で飛び、ロゼリア様が瞬時に魔法を放つ。
「なっ!?」
「っ……」
しかし、女性を取り囲んだのは白い球体。
それはエヴァを妨げ、ロゼリア様の闇の魔法すら防ぐ。
弾け、その輝きの向こう。
女性が、笑ったような気がした。
「皆、来るよ!」
「ダメです!避けてください!」
ルナの言葉にかぶせるように、とっさに叫んだ。
防ぐのはダメだ。あれは、あの光は。
白い空間に、次々と降り注ぐ光の柱。
一つ一つが高濃度の光の魔力で出来たそれは、掠るだけでも危険な威力。
それを考えるよりも先に見て避ける。
光の柱は、次々と降りてくる。その数は数えきれないほどだ。
けれどその柱が床に当たって消えるたびに、床は光であふれていく。
それは、光る絨毯。輝きの海。
その海が、揺らぎ始める。
嫌な予感が、止まらない。
「そういう……ことですか!」
「させない!」
とっさにロゼリア様が床に剣を突き刺す。
ルナも同じように拳を振り下ろした。
ロゼリア様とルナからあふれ出した闇の魔力が、輝きの海を飲み込んでいく。
「お嬢様!」
「うん!」
ウリア、リフィルがタイミングを合わせて女性に立ち向かう。
私達の中で最も強いリフィルと、ありったけの強化を施しているウリア。
けれど二人がかりでも、その剣はあっさりと女性に止められてしまう。
「この人……強い……」
「…………」
ウリアの言う通り、私達をたった一人でここまで相手取るなんて、相当な実力者だ。
人かどうか、怪しいところではあるが。
闇の魔法で女性の創り出した光の海を抑え込んでいるロゼリア様とルナも、少し焦っているように思える。
ウリア達に助力をしたエヴァも、それの補助や、時折放たれる魔法を防ぐ私も、いっぱいいっぱいだ。
そのとき、女性の姿が歪む。
気づいたときには、女性はロゼリア様の目の前に移動していた。
「ロゼリアさま!」
「っ!」
ウリアのとっさの叫びに、ロゼリア様は回避行動をとった。
けれど女性の攻撃は、それよりも速かった。
浅くではあるが胴を斜めに斬られるロゼリア様。
その体から、鮮血が流れる。
反射的に彼女を護るため、私はテスタロッサに命じる。
ロゼリア様を木の根で包み、女性から距離を取らせる。
「だ、ダメです!」
ロゼリア様は今まで何をしていたか。
私はこの時まで失念していた。彼女は、光の海を抑え込んでいた。
なら、その彼女が歯止めではなくなったなら。
海が胎動し、震える。
抑えきれなくなったルナが、駆けつけようとしたウリアが、エヴァが、リフィルが。
弾けた光の海の衝撃に、巻き込まれる。
私がギリギリで出来たことは、自分と近くに居るミストを木の根で護るくらい。
轟音が鳴り響き、木の根の間からですら眩いと感じる光が、ゆっくりと収まっていく。
木の根を少しだけ動かし、状況を確認する。
目の前は、地獄のような光景だった。
「痛……」
「これ……まず……」
ルナとエヴァは防ぎきれなかったのか、ボロボロの状態だった。
床に倒れ込んで、なんとか起き上がろうとしている。
私が根で防いだロゼリア様と、おそらくリフィルが護ったであろうウリアはまだマシだった。
けれどその体は深く傷つき、立ってはいるものの、満身創痍といったところだ。
そしてそれを引き起こした張本人である女性は、何も言わずにその場に立っていた。
これは……このままでは勝てない。
私の魔力にも限界はある。何度もあんな魔法を撃たれたら、護り切れなくなる。
「……光ばっかり」
打開策を考えようとしたとき、耳に声が届いた。
左を見ると、ミストが女性をじっと見つめていた。
「白い空間に光魔法で、見づらい」
「ミストさん……?いったい何を――」
いや、待てよ?
さっきから女性は光の魔法しか使っていない。
そしてこの白い空間。ひょっとすると、この空間すら、女性の力なのではないだろうか。
私は『世界樹の枝』を強く握りしめる。
確信はない。けれど、試してみる価値はある。
「お願い!」
力の限り、杖で床を撃つ。
私のテスタロッサ『世界樹の枝』の固有能力は、植物の創造。
葉や根、花を自由自在に生み出せる。
その力を、私の残りの魔力を使い切る勢いで発動する。
私を中心として、緑が床を覆う。
草木、そして花が、まるで草原のように広がっていく。
白を、緑が書き換えていく。
(っ!なんて広さ!)
出来れば壁まで植物で覆ってしまうつもりだった。
けれどこの空間は、どこまでも続いているようでどこまで草木を広げても壁に当たることはない。
それが、この空間が神樹がかつて用意してくれた空間と同じであることを確信させた。
けれど、広がる草木に合わせて、女性にはっきりとした変化が現れた。
彼女の体と剣を包む白い光が、弱まっていく。
「ウリア!」
「うん!」
私の声に応えたウリアが駆ける。
その動きに、女性は反応する。けれど、その動きはさっきよりも鈍い。
ウリアの光り輝く『マリア』を受け止めた左手の剣が、宙に舞う。
右手の剣を、リフィルが受け止める。
その間に、ついに『マリア』が女性の体を捉えた。
銀の刃が、女性を斜めに斬り裂く。
「ウリア!まだだよ!」
大きな声で、叫ぶ。
女性はまだ戦える。彼女の左手には、新しく創り出し、手にした剣が。
その剣が、ウリアの背中目がけて振り下ろされる。
「捕まえた」
跳んだエヴァが、オーバーライトを女性に突き刺す。
突然の攻撃に反応しきれなかった女性は、全体重をかけて押し出したエヴァにより、体を後ろに倒す。
そのまま、エヴァは両手で女性を串刺しにするように、オーバーライトを床に突き刺した。
女性の体が弾け、光のように空に消えていく。
(勝った……)
終わったことを感じ、床に座り込む。
もう、魔力も残り少ない。立っているだけでも辛い。
皆を見てみると、ボロボロではあるが、何とか生きているようだ。
「……よし」
不意に、誰かの声が聞こえた気がした。
(エヴァの声?)
そう思ったときには、私は光に包まれていた。
ゆっくりと目を覚ます。
眩いほどの光が、木の葉の隙間から漏れていた。
あれは、太陽の光?
体を起こし、辺りを確認する。
どうやら白い空間から元居た場所に帰ってきたようだ。
周りには皆が倒れていた。けれど傷を負っている人はいない。
(怪我はない。魔力も足りてる……)
手を開いたり閉じたりしながら、自分の状態を確認する。
あの空間が神樹の用意した空間と似たものなら、現実の私達に悪影響はないはずだ。
問題はないだろう。それに、私の中にあった違和感も、なくなっていた。
「う……?」
「ここ……ユグドラシル?」
「白い女性と戦っていたはずですが……」
皆が一人、また一人と目を覚ます。
どうやら一人残らずこちらに帰ってこれたようだ。
ほっと息を吐いていると、ウリアが何かを考えているようだった。
「ウリア?どうしたの?」
「あ、ううん、なんでもないよ。ちょっとさっきの女の人が気になっただけ。強かったなって」
ウリアはそう答えたが、なんだか煮え切らない様子だった。
他にもなにか不思議に思っていることがあるのではないだろうか。
「ムース」
しかし、それを聞く前に、エヴァに話しかけられた。
彼女は私に手を差し出している。その手のひらには、緑色の宝石のペンダントが。
「これは?」
「さっきの女性が落としたもの。なんだかよく分からないけど、ムースが持ってた方がいいかなって。ユグドラシルのものだろうし」
「なるほど、ありがとうございます」
エヴァからペンダントを受け取る。
流石に不用心に身に着けるようなことはしない。
けれど観察をしてみても、何か悪いものではないように思えた。
とりあえず受け取ったネックレスはポケットに入れておくことにする。
皆の様子をもう一度確認した後に、私は神樹の幹に触れた。
『神樹様、居ますか?』
『やあムース。違和感が消えたよ。ありがとう』
『白い空間で、真っ白な女性と戦ったのですが、あれは誰なのですか?』
『真っ白な女性かい?』
『はい、光の魔法を中心に使う、剣を持った女性でした』
『…………』
私の言葉に、神樹はすぐには答えなかった。
驚いているとか、そう言ったわけではない。何か懐かしむような、そんな雰囲気を感じた。
『そうか……世話をかけたね。それは、私が見た夢のようなものだよ』
『夢……ですか?』
『……あぁ、今はもういない。友達の夢さ』
『それって……』
『あぁ、以前に話した。魔王アインを封印した友達だよ』
神樹は魔王アインを封印している。
そしてもう一つ。魔王アインの封印に協力したのは神樹の二人の友人だという。
けれど二人とも、封印の際に死んでしまったそうだ。もう1000年以上も前の話だと、数年前に神樹は教えてくれた。
『明るいやつだった。まるで自分が世界の中心にいるかのような性格だったけどね。けれど、そうか……』
懐かしむような言葉を残して、神樹は黙り込んでしまった。
私は神樹から手を放し、みんなと向き合う。
「分かりました。あれは、神樹様のかつての友人。魔王アインを封印した一人だそうです」
「なんで神樹様の友人があんなところに?」
「夢を見たそうです」
「……なにそれ、はた迷惑な神樹様だなぁ」
エヴァの言葉に、つい笑ってしまう。
「ですが、魔王アインを封印した当事者の一人と戦えたことは大きいのではないでしょうか。強さが正確に判断されているかは分かりませんが」
「そうだね。いつか戦うであろう魔王アイン。その力がちょっとは分かったかも?」
ロゼリア様とルナが前向きな言葉を告げる。
私一人なら、絶対に勝てないだろう。
あの女性にも、魔王アインにも。
けれど、みんなと一緒なら、なんとかなるかもしれない。
そんな気持ちが、一段と強くなった。




