第89話 体の不調【ムースSide】
まず異変に気付いたのは、朝起きて着替えているときだった。
どことなく体がだるいような、異物が紛れ込んだような、そんな感覚。
風邪でも引いたかな?そう感じた。
けれど鏡を見てみても顔色は悪くない。熱もないようだった。
普段通りに過ごしていれば、そのうちいつも通りになるだろう、そう思った。
今日はお父様から報告を聞く日。
ウリア達と合流して、お父様の部屋へと向かう。
長老の部屋は、都で一番大きな屋敷の奥にある。
子供の頃は入らないように言い聞かされたものだ。
そこまで移動して、扉を開く。
中にはお父様が既に待っていた。今日はアインスタッドさんは居ないようだ。
ライネスさんの姿も、見えない。
「おはようございますジルヴァ長老」
「あい、おはよう。早速じゃが、昨日の話の続きをしても良いかね?あぁ、良ければそこに座っておくれ」
お父様は私たちにソファーを指し示す。
そこに入った順で腰を下ろしていく。
残念ながらウリアの横は、取られてしまった。
「さて、昨日一日かけて尋問して分かったことは、あやつらがコンウェルの貴族の手によるものであること。軍の兵士にも人員を紛れ込ませていたことじゃ」
深刻そうな顔で報告するお父様。
コンウェル国はユグドラシルよりもさらに西にある大きな国だ。
だがその大きさとは裏腹に砂漠が多く、さらに治安が悪い街が多い。
国王が居るものの、それと同じくらい貴族も力を持っている。
さらに悪いうわさも多く、エルフや獣人を捕えて奴隷のように扱っているというものまである。
国王は否定しているが、その一部が今回、本当だと判明したということだ。
「コンウェル国からは該当貴族の引き渡し、および連れ去られたエルフのできる限りの返還を約束してくれた。さらに賠償金も払うと来ておる。近いうちに軍を派遣し、その貴族の館を隅々まで調べさせるつもりではあるが……」
言い渋るお父様。その様子に、聡明なロゼリア様は続けた。
「トカゲのしっぽ切りでしょうね。昔からあの国はきな臭いですから」
「そうじゃろうな。とはいえこれ以上の要求はできん。戦争にもなりかねん」
「そうですね。自国の民はしっかりと守る。それを徹底するしかないでしょう」
悔しいが、ユウドラシルとしてはこれ以上のことはできそうにない。
少しでも多くの同胞が帰ってくるのを祈るしかない。
「この次は、ネクステスですかな?」
「はい、その予定です。数日かけて準備をしてから、出発します」
「そうですか。それではここを発つときに教えてくだされ」
「はい、ありがとうございます」
さて、もう少し母国に居ることになりそうだ。
ユグドラシルの街は広いし、まだまだ案内したい場所もある。
皆には、もっと楽しんでもらおう。
そう思っていたものの、お父様の屋敷を出てしばらくしたときに、私は歩みを止めてしまった。
体の違和感が、大きくなってきたからだ。
体調が悪いわけではない。けれど、どこかがおかしい。
言い知れない状態に、不安が増していく。
「ムース?どうしたの?」
「な、なんだか気分が悪くてですね……」
「大丈夫?風邪?」
隣に立っていたウリアが私のおでこに、自分のおでこをあわせる。
急に近くなった距離に、私は恥ずかしくなってしまった。
「うーん、熱はなさそうだね」
「どんな感じなんですか?」
顔が赤くなっていないだろうか。
少しでも意識をそらすために、ロゼリア様に尋ねられたことにすぐに答えた。
「なんというか、すごく変な感じで……体の中に異物があると言いますか……でも体に異変はないと言いますか……」
「ふむ……不思議ですね……」
彼女は私の体をペタペタと触る。
けれども、どこを触られても痛くもないし、辛くもない。
「それってさ……ムースが変なんじゃなくて、ムースの中のが変なんじゃない?」
「……あ」
エヴァの言葉に、私は気づいた。
私の体には異変はない。それなら異変が起きているのは、私の中にある神樹なのではないだろうか。
「ちょっと聞いてみますね」
断りを入れて、神樹の方へと歩いていく。
お父様の屋敷と神樹は近い。少し歩くだけで、触れられるだけの距離へと来れた。
手を伸ばし、神樹の幹に触れる。
『神樹様……どこかおかしいところはありませんか?』
『……ムース?……そう言われてみれば、おかしいかもしれない……東の方だね』
神樹と会話をして、手を放す。
以前から話していて思っていたが、神樹はかなりのマイペースだ。
このユグドラシルにずっとそびえていて、外の世界を知覚できないなら、無理はないかもしれない。
「どうやら、東の方で何かがあったみたいです」
「行ってみましょう」
ロゼリアさま達に話し、私達は東へと向かう。
世界樹は巨大で、東の面へ向かうだけでも一苦労だ。
しばらく歩いて、ようやく私達は世界樹の東側に来ることができた。
世界樹の葉や枝に、おかしいところはない。
けれど幹の上の方に、白い裂け目のようなものを見つけた。
(なに……これ?)
これが私の中の神樹の違和感なのだと分かる。
けれど、それが具体的に何なのかは分からない。
恐る恐る、手を伸ばして裂け目に触れようとする。
私の指先が、裂け目に触れた、その瞬間。
「え!?」
急に裂け目が眩く光り始めた。
その光はどんどん大きくなり、やがて目を開けていられないほどになる。
とっさに裂け目から手を放して目を覆う。
そしてしばらくしてから腕をどかし目を開けたとき、そこは真っ白な空間だった。
上下左右も分からなくなるほど、ただ白いだけの空間。
慌てて後ろを振り返る。ウリア達も、同じ空間に居た。
ただ何が起こったのかよく分かっていないようで辺りを見渡している。
「ここ……どこ?」
「分からない。でも、神樹が用意してくれた空間に似てる気がする」
戸惑うウリアを安心させるために、知っている限りのことを答える。
神樹が実力を伸ばすために用意してくれた空間は、どちらかというと自然豊かな場所だった。
けれどその空間は神樹を介してではないと入れない。
その空間とここの雰囲気が、なんだか似ているような、そんな気がした。
「……誰?」
思わず訪ねてしまう。奥から、誰かが歩いてきていた。
白い空間に居てもはっきりとその姿を認識できる。
まるで人間を白く塗りつぶしたような、そんなシルエットが目の前に居た。
そのシルエットは淡く輝いている。
見て分かる情報は少ない。女性なのは髪の長さやシルエットの形から間違いない。
身長は、私達よりも高い。少女というよりも、大人の女性のようだ。
そのシルエットは、何も言わずに右手に剣を召還した。
その剣も、真っ白で細部まではよくわからない。
「……どうやら、戦うみたいですね」
ロゼリア様の言う通り、目の前の女性は臨戦態勢だ。
表情はうかがい知れないけれど、私たちが準備するのを待っているような、そんな雰囲気を感じる。
良く分からないけど、この女性を何とかしないと裂け目は消えないのだろう。
それなら、やるしかない。
「行きますよ、『世界樹の枝』」
私達は自分のテスタロッサを展開し、白い女性と向き合った。




