第32話 破棄された王位継承権
太陽の光が照らす廊下を、ロゼリアさまとエヴァと一緒に歩く。
私たちはアークくんが待つであろう空き教室へと向かっていた。
ロゼリアさまは私に一緒に来てほしいと頼み込んできた。
私はそれをもちろん了承した。私だけでなく、他の皆も。
けれどロゼリアさまは首を横に振った。
国内の重要機密に関わってくるので、エディンバラ皇国国籍の者だけにしてほしい、と。
その言葉でムースさん、ルナ、ミストは一緒に行くことを諦めた。
それで一緒に向かうのがエヴァと私だけになったのだ。
私たちは空き教室に到着する。
エヴァが扉を開けて、その後に続く。
中にはすでにアークくんが待っていた。
「……姉上」
「それで、話というのは?なんとなく分かってはいますが」
アークくんは私たちを一瞥する。
なにか思うところもあるようだが、構わずに口を開いた。
「なぜ王位継承権を破棄したのですか」
「「え?」」
その言葉に、私とエヴァの言葉が被った。
ロゼリアさまが、王位継承権を破棄した?
「……すでにお父様にはお話しております」
「なぜですか……それだけの才があれば歴代でも最高の君主になれるはずです!僕は……僕はそんな姉上の助けになりたかったのに……」
「……アーク」
アークくんは思いをぶつけるように、叫ぶ。
「僕はそのために必死に勉強した!姉上はすごいです……僕では出来ないことを姉上は簡単にできる。僕にできて姉上に出来ないことなんてない。だからせめて姉上の補佐になれるように……そのために必死に勉強してきたのに……」
「エディンバラ皇国の皇帝は男子がなるべきです。女子ではなく」
アークくんが下した両方の手。
それが握りしめられ、震える。
彼のやるせない気持ちが、伝わってきた。
「この国は実力主義です。トップが皇女でなにが悪いのですか。性別なんて、大した理由ではありません!」
「私は……あなたが皇帝になるべきだと考えています。アーク・フォン・エディンバラ」
アークくんはその言葉に泣きそうな顔をした。
「なんで……そんな……」
ロゼリアさまは息を深く吐いた。
「アーク……お父様しか知らないことなのですが……私は男性を愛せないのです」
「……は?」
衝撃の告白に頭が真っ白になる。
「正確には、男性を恐れているのです。それは肉親でも例外ではありません。この空き教室にウリアさんたちを連れて来たのも、一人ではあなたと話すことすらできないからです。戦うときや、簡単なお話程度ならば大丈夫でしょう。ですが、男性と深い仲にはなれそうにもありません」
確かに思い返してみると、ロゼリアさまはずっと女性と一緒に居る気がする。
私たちも女性だし、皇城の訓練講師も女性だったはずだ。
今思い返してみると、ロゼリアさまに関連する人は女性しかいない。
「お父様はそのことを知っています。だからこそ私は政治に関する教育は一切受けてきませんでした。座学に関してはあなたの方が得意だったので、お父様から聞いているかと思っていましたが……知らなかったようですね」
「……将来はどうするつもりなのですか?」
「このエディンバラ皇国の将となるつもりです。この国が平和であるように。それに、先ほども言いましたが、私はあなたが皇帝になるべきだと考えています。私は男性が怖いです。ですが、お父様やあなたのことは好ましく思っています。少なくともあなたの頑張りを知っているくらいには。アーク、あなたは私を支えるために頑張ってくれたのかもしれません。けれどその根本にはこの国を愛する気持ちがあるのではないですか?」
ロゼリアさまの言葉に、アークくんは目を瞬かせる。
「……この国は好きです。けれど……僕にやれるでしょうか」
「私だって将としてやっていけるかは分かりません。けれど、大切なのは気持ちと、周りの人だと思いますよ」
「…………」
アークさんは納得した顔をして、胸の前で片手の拳を握った。
「……時間はかかるかもしれません。ですが必ずこの国をさらに豊かにしてみせます」
「期待しています。次期皇帝」
アークくんの雰囲気が、この数分で少し変わった気がする。
なんだか肩の荷が下りたというか、なんというか。
アークくんは頭を下げて空き教室から出ていく。
その後ろ姿を見ながら、ロゼリアさまはポツリと呟いた。
「頑張ってください。アーク・フォン・エディンバラ」
翌日、教室内はロゼリアさまの話題で持ちきりだった。
彼女が王位継承権を破棄したことが公表されたからだ。
ロゼリアさま自身が将として国に仕えたいという意向も含めて公表された。
国内は騒然としたが、どちらかというと良い意味での反応が多めだ。
これで継承権一位はアークくんとなったが、彼も人気が根強い。
そのために、楽観的に受け入れられている。
そんな話題のロゼリアさまは、私の席の横の壁に背を預けて、疲れたような顔をしていた。
「直接言ってくるわけでもなく、よくこれだけ盛り上がれますね」
「まあ、有名人の噂ってそういうものですよ」
「別にいいんじゃないですか?悪いことじゃないですし」
流石に皇族であるロゼリアさまに公表された内容を聞きに来るような人はいない。
けれどどこに居ても自分の話が聞こえてくるというのは、微妙な感じなのだろう。
私も経験があるからよく分かる。私の場合は今もあるのだが。
「でもいいんです?一部では女性愛好者なんじゃないかっていうことも言われてるらしいですが」
「良いのではないでしょうか。事実ですし」
「……え?」
壁に背を預けていたロゼリアさまは、普段とは違う風に笑った。
穏やかな笑みではなく、いたずらっ子のような、そんな笑み。
「将来はウリアさんやエヴァさん達みんなを妻として迎え入れて、後宮を作るつもりです。任せてください。養ってみせます」
「「…………」」
普段のロゼリアさまからは考えられないけれど、言ってもおかしくはない内容にエヴァと2人で固まってしまう。
その様子を見て、ロゼリアは笑顔で告げた。
「もちろん冗談です」
「……心臓に悪いわ」
「ふふ、ごめんなさい」
口元を隠しながら微笑んだロゼリアさまは、笑みを浮かべたまま私たちを見た。
「後宮は嘘ですが、皆さんが幸せに将来生きられることが私の夢ではありますよ」
「……調子狂うわね」
「あら?照れてるんですか?」
「そんなことないですー」
そう言いながらも、エヴァの頬は少し赤くなっていた。




