第30話 特殊な目を持つ少女
あまりの光景に、声をあげたのがいけなかった。
梯子の上で本を読んでいた少女は私のことに気付き、驚いた。
その驚きで彼女はバランスを崩した。
絨毯の敷かれた床に落ちていく。
「リフィル!!」
とっさに叫ぶと、リフィルは風の魔法で対応してくれた。
落ちる少女を風が包み、優しく絨毯へと降ろす。
私は少女に駆け寄って、手を差し伸べた。
「だ、大丈夫ですか?すみません、急に声を上げてしまって」
「あ……ああ……」
手を差し伸べるときに、少女と目が合った。
珍しいピンクの瞳が、私を見つめていた。
遠くから見たときには眼鏡をかけているように思えたが、落下するときに外れてしまったらしい。
少女を起こして、その近くに落ちていた眼鏡も拾って渡す。
彼女はそれを慌てて掛けた。眼鏡をかけた姿に、見覚えがあった。
「あれ?同じクラスの……」
「あ、はい。オリーフィア・イグネアスと申します。危ないところを助けていただき、ありがとうございます。あの……なんともないんですか?」
そうだ、同じクラスのオリーフィアさんだ。
濃い紫の髪で目を隠した、いかにも文学少女な生徒。
貴族だが、8歳の懇親パーティでは会話をしたことがない。
また、クラスでもあまり人と関わるタイプではなく、一人でいることが多かったはずだ。
助けたときは眼鏡をはずしていたので、気づかなかった。
それにしても、なんともないというのはどういうことだろうか。
「え?な、なんともないですけど。なにかあるんですか?」
「…………」
私の問いかけにも答えず、オリーフィアさんはじっと私を見つめてくる。
その目はキラキラしていて、頬はすこし赤くなっていた。
まるで運命の相手に出会ったかのように熱に浮かされていた。
「あ、あの……とても失礼なんですけど、ウリアさんは適性が低いというのは本当なんですか?実はとても高かったりしませんか?」
「え?はい?」
最初の一言だけなら馬鹿にしているのかと怒るとこだが、その後に実はとても高かったり、と言われると正直戸惑う。
他の皆に知れ渡っているように、私は適性が低い。
「オリーフィアさんが知っているように、私は適性が低いですよ。別に高いことを隠しているわけではありません」
「あ、長いのでオリーでいいですよ。本当ですか?ならウリアさんはやっぱり……」
「失礼します。オリーフィア嬢、あまりにも失礼ではありませんか?」
今までやり取りを見守っていたリフィルが口をはさむ。
その言葉を聞いて、オリーさんは目に見えて焦り始めた。
「ち、違うんです!ウリアさんの悪口を言うような気持ちは一切ないんです!あの……その……秘密にしていただきたいんですけど、私、魔眼持ちなんです」
「魔眼?」
初めて耳にする言葉に、首を傾げる。
すると、すぐにリフィルが説明をしてくれた。
「特殊な目のことを魔眼といいます。持っている能力は魔眼次第ですが、発動条件は主に目を合わせることのはずです。オリーフィア嬢、あなたの魔眼はなんですか?返答次第では対処しなくてはなりません」
「わ、私の魔眼は……魅了です」
その瞬間、リフィルが右手にストリームを展開した。
慌ててそれを止める。
「ま、待って待ってリフィル!!わ、私なんともないから!」
「しかしお嬢様、魅了の魔眼は前例がありません。本人が意識しないうちにかかっているかもしれません」
「ち、違うんです!ウリアさんは通用しない人なんです!」
オリーさんは大声でリフィルの意見を否定する。
彼女によると、目を合わせると魅了が発動するのは間違いないらしい。
同性、異性問わず、目を合わせた瞬間からオリーさんが好きで好きでたまらなくなるらしい。
目を長い間合わせると、なんとしてもオリーさんを手に入れたくて仕方なくなってしまうらしく、彼女は家でも疎まれていたのだとか。
長い前髪や、眼鏡や人を寄せ付けない行動は、すべて魔眼のせいなのだという。
「魔力量が多い人には効きが悪いのですが、裸眼で目を合わせて大丈夫な人なんて今まで居ませんでした。ウリアさんが初めてなんです」
「えぇ?気のせいでは……?」
「いえそんなわけありません!この目のせいで誰とも友達になれませんでした!いつかこの目が台無しにすると思うと怖くて……でもウリアさんは違うんです!」
「う、うん……」
手を握って必死に訴えてくるオリーさんに、気おされてしまう。
けれど彼女が本気で私に感謝しているのは伝わった。
「オリーフィア嬢、お手数ですが、眼鏡をかけた状態で私と目を合わせていただけますか?」
「え?で、でも魔力が少ない人と目を合わせてしまうと、眼鏡越しでも――」
「大丈夫です。私の適性は平均Sですので」
「えぇ!?」
オリーさんは告げられた情報に声をあげる。
リフィルの適性は最高がSS。この値は一つあるだけでトリリアントに匹敵するらしい。
それが複数あり、かつ平均がSということは、リフィルは一人でトリリアント複数人を相手に出来るということになる。さすがアルティメット侍女、強過ぎである。
オリーさんは告げられた情報に頭がショートしていたが、やがて私を見た。
私が頷いたのを見ると、彼女は意を決したようにこぶしを握った。
リフィルは彼女に近づき、前髪をかき分ける。
そして眼鏡越しに、オリーさんの目をじっとみつめた。
そうすること数秒、リフィルさんはオリーさんから目線を外した。
「どうやら魅了の魔眼は本当のようですね。ただどちらかというと暴走状態にあるようです。制御する術を知らないのではないですか?」
「私の他に家族で魔眼を持っている人は居ませんし、魅了の魔眼の前例はなかったので……ただ、魔力量が上がると自然と制御できるようになるとは本にあったんですが、私はまだ足りてないらしく……」
「ふむ……結論から述べると、制御するにはオリーフィア嬢の体内の魔力を減らすことが大切です」
「……え?」
突然のリフィルの言葉に、オリーさんは戸惑った声を出す。
それを気にせずに、リフィルは話し続ける。
「魔力量が増えると魔眼の制御がしやすくなるのではなく、魔力量が増えることで漏れる魔力が少なくなり魔眼の暴走がなくなるのです。また魔力量が増えたときは軍などに所属している筈ですので、定期的に魔法を使っているはずです。それゆえに、今のオリーさんのように余分な魔力が十分すぎるほどあるという状況は起こらないのでしょう」
スラスラと説明をするリフィルに、驚きでなにも言うことができない。
彼女はどの書物にも載っていない、それこそ正式に発表すれば称賛されるようなことを他愛ない世間話のように話している。
黙って話を聞いていたオリーさんは、やがてすがるような声でリフィルさんに聞いた。
「それなら、魔法を使えば、私は魔眼に苦しまなくて済むんですか?」
「苦しむというのが具体的になにを指しているのかは分かりませんが、少なくとも魔眼の暴走はそれで収まるはずです」
「っ!すぐやります!」
「待ちなさい」
走り出そうとしたオリーさんの襟を掴み、リフィルは彼女を止めた。
制服のシャツが首にかかり、オリーさんが苦しそうな声をあげてその足を止める。
リフィルは本の山を指さした。
「片付けなさい」
「あ……」
魔眼のことで頭がいっぱいだったオリーさんは本のことを忘れていたらしい。
焦る気持ちを隠すことなく、てきぱきと本を片付け始める。
それでも本の数が多いので、時間がかかっているようだ。
一人でやると時間がかかりそうなので、リフィルにアイコンタクトをして、片付けを手伝う。
その様子を見て、オリーさんはありがとうと嬉しそうにはにかんだ。




