第12話 おはよう、マリア
リリスさんは、あの事件以来、人が変わったように私に会いに来るようになった。
最初は微妙な空気が流れていたエヴァとの関係も、ある程度時間が経つと緩和しているようだった。
話すことはもっぱら私のこと。
けれどリリスさんはこれまでの負い目があるようで、かなり言葉を選んでいるのが分かる。
それ以上に感謝をしてくれているのも分かるので、悪い気持ちはしない。
「そういえば、ウリアさんのためにいくつか未覚醒のテスタロッサを手配したの。試してみてもらえないかしら」
「え?い、いいんですかそんな貴重なの……」
「ええ、ドレスとか宝石を買うお金を回しただけだから、特に問題はないわ」
それはそれで問題な気がするのだが、あえて言わないことにした。
差し出されたのは3つのテスタロッサ。それぞれを覚醒させつつ、エヴァに確認してもらう。
やはり今回も外れなようで、エヴァは首を横に振った。それが2回過ぎた後で。
「わっ!」
私は思わず声を上げてしまった。銀のフレームに赤い宝石の指輪が、右手の中指に収まった。
あまりにも綺麗な指輪で、驚いてしまった。
今まで見に見たことがないタイプだ。これは、ひょっとしたら?
そんなことを思っていると、エヴァは私の右手を取り、指輪をまじまじと見つめる。
いつもならすぐに「ダメ」というエヴァは、今回は驚いた様子で指輪をいろんな角度から眺めていた。
「…………」
やがて、エヴァは何かを考えこむように押し黙ってしまった。
その様子に私もリリスさんも顔を見合わせる。
「とりあえず、これでいいと思う。ただ、起動したときの状態が見たいから、お姉様が元気になったらロゼリア皇女を呼んで起動してみてほしい」
今までとは違う言葉に、ついにこのときが来たのかと私は目を輝かせた。
数日後。伯爵家の屋敷の中庭にロゼリアさま、リリスさん、エヴァ、私が集まっていた。
ロゼリアさまは私の指輪を見るなり、エヴァと同じような反応をした。
同じく起動が見たいとのことで、中庭に来たのだ。
「では、起動してみてください」
「はい」
私は中庭の真ん中に立ち、指輪を見つめる。
起動には、「目覚めよ」という言葉が必要だという。
けれどその言葉がなんだか偉そうで、私はあまり好きじゃなかった。
手を前に出し、じっと指輪を見つめる。
その指輪が、言葉を発したような、そんな気がした。
「おはよう、マリア」
その瞬間、光が私を包み、指輪が剣に変わる。
突然のことに落としそうになったが、とっさに手に取れた。
よく見てみると剣は白銀の刀身の両手剣で、エヴァのものと似ている。
オーバーライトよりもシンプルだが、同じ剣というのが嬉しい。
「お姉様!すごい綺麗だよ!」
「ええ、驚きました。武器と鎧の一体型でしょうか?エクセラ級と見て間違いなさそうですね」
よく自分の体を見てみると、胴体や腰回りを銀の軽装鎧が覆っているようだった。
意外と重さは感じず、今まで気が付かなかった。
「それに髪に赤い羽根飾りがある!似合ってる!」
思わず右手を伸ばすと、ふさふさした感触があった。
リリスさんが手鏡を持ってきてくれたので覗き込むと、確かに赤い髪飾りが乗っていた。
「ふむ……見た感じ、これ以上のテスタロッサはなさそうですね。名前はマリア、というのですか?」
「はい、この子が教えてくれました」
「……そうですか。私がテスタロッサを準備出来なかったのは残念ですが、とりあえずは一安心です」
「そうだね、私が用意できなかったのは悔しいけど、良いのが見つかって良かったよ!」
ロゼリアさまもエヴァも用意できなかったことを強調している。
けれど2人が時間と労力をかけてくれたのは知っているので、そこには感謝しかない。
「本当にありがとう。ロゼリアさまも、エヴァも。いっぱい探してくれて、嬉しかった」
その言葉に2人は息を吐く。
あれ?言葉を間違えた?
「まあいいでしょう。とりあえず能力を見ましょうか。武器は剣のようですが、魔法も強くなっているかもしれません。エヴァさん、相手を」
「え?私?」
「はい、私では怪我させてしまうかもしれないので」
「……ロゼリア、どんだけ強いの……」
最後のエヴァの声が小さくて聞こえなかったが、彼女は私から距離を取る。
そこで彼女は何かを思いついたように、ポンと手を叩いた。
「おはよう!オーバーライト!」
その言葉でエヴァの右手に剣が現れる。
エヴァは得意げな顔をロゼリアさまに向けた。
どやぁ、という効果音が聞こえそうなくらいだ。ロゼリアさまは無視だが。
「じゃあ軽く剣を振るってみるから、受けてみてね」
エヴァは少し前に出て、私に向かって剣をゆっくりと振るう。
それに合わせると、金属音が鳴り響いた。
エヴァは注意深くマリアを観察している。
「……特に何もないね。剣に魔力は流せる?」
「やってみる!」
右手に集中して魔力を流す。火や水では反応がなかったが、光の魔力を流すと刀身が輝き始めた。
といっても、本当にうっすらと光る程度だが。
「おぉ!光属性だね。お姉様にぴったり。光属性得意だったもんね!」
「得意って言っても、他のよりマシなだけだけどね」
「まあまあ、それじゃあ今度は攻撃してみて。全力で大丈夫だよ!」
エヴァの胸を借りるつもりで剣を振るう。
一応木刀で剣の練習はしたことがある。
とはいえエヴァのように綺麗には振るえない。見よう見まねだ。
エヴァはそれを軽々と受けると、感心したような声を出した。
「うん、普通の剣よりも威力というか、切れ味が上がっている気がする。でも、そこまで劇的ではないかな」
「そうですね。まあこれはウリアさんの実力の伸び次第ですね」
ロゼリアさまも遠くからじっくりと観察をして、助言をくれる。
まだまだ課題はあるが、それでも強くなっているのは間違いないらしい。
それが嬉しかった。
「じゃあ次は魔法を使ってみよう。私に向けて、色々撃ってみて」
「うん」
火から順に、空いている左手で基礎中の基礎の魔法を放つ。
火水風地、しかしどの魔法も特にいつもと変わりはなかった。
闇は習得が難しいので、使えない。なので次は本命の光。
「いくよ!……わっ!」
驚いて声を上げてしまった。
私が使ったのは光の球体を飛ばす魔法。
基本中の基本だが、私が使うとただ周囲を光らせるだけだ。
しかし、今回は違った。
いつもは小さな光の玉は2周りほど大きく、ちょっと速めにエヴァに飛んでいく。
エヴァはそれをなんなく防ぐが、「おー」と驚いた声を上げた。
「強くなってるね」
「うん、いつもより大きくなっている気がする。それにちょっと速いかも」
「いいねいいね。次行こう」
続いて発動した光の剣を生み出す基礎魔法。
それも剣が少し大きくなっていた。
そこまで確認して、ロゼリアさまは「ふむ」と呟いた。
「光だけですね。魔法は一つに絞って練習した方が一般的には伸びが良いので、問題ありませんね」
「うん、今までは他の属性もやってたけど、これからは光と剣だけで練習しよう。頑張ろう、お姉様!」
「はい!先生!」
私のことになるとエヴァとロゼリアさまは急に仲が良くなる。
そのことが嬉しくて、でもなんだかおかしくて、私は笑ってしまった。
「ウリアさん、お力になれてよかったです。けれど、無茶はしないでくださいね」
「はい!リリスさん、ありがとうございます!」
リリスさんの心配そうな声にも元気に返事をする。
この日、私はついに自分専用のテスタロッサを手に入れたのだ。
そしてその日の夕方、もう一つ嬉しいことが起こる。
「お久しぶりです、ウリアさん。これからは私、リフィル・フローディアがウリアさん専属の侍女となります。よろしくお願いします。身の回りの世話は任せてくださいね」
なんと、懇親パーティで出会ったリフィルさんが満面の笑みで我が家に来てくれたのだ。
けれど、専属侍女とは……いったい?




