栗狩りに行こう!
本編中盤くらいのエピソードです。
秋といえば、山栗!
ほっくり茹でて食べてもよし、キャラメリゼして濃厚に仕上げて食べてもよし、クリームにしてタルトにして食べるのもよしと、どう食べても美味な秋の味覚だ。
しかしながら、今年の山栗の市場価格は去年の倍以上高い。
「フォレ・エルフの森だったら、タダで採れるのに……!」
ぐぬぬ、と悔しい気持ちになる。
もともと森で手に入る物なだけに、高いお金を出してまで食べようとは思わないのだ。
なぜ、栗の価格が高くなっているのかというと――今年は隣国の貴族の間で栗菓子ブームが起きているらしく、どんどん輸出されているらしい。そのため、国内の栗が軒並み高騰していると。
食べられないとわかると、余計に食べたくなるのが人のさがである。
「栗、栗食べた~い!」
私の叫びに、同調する者が現れる。
『アルブムチャンモ~~!!』
同じ森育ち同士、考えていることは同じなのである。
休憩所で「山栗食べた~い」と叫んでいたら、リーゼロッテが思いがけない提案をする。
「だったら、うちの領地で育てている山栗を採りにくればいいじゃない」
「リーゼロッテのご実家、山栗を栽培しているんだ!」
「ええ。山栗が大好きな幻獣がいるから」
「ああ、なるほど」
領地で生産し売りに出しているのかと思っていたが、幻獣用だったと。
「うちの山栗は、幻獣が食べやすいように大粒なの。お父様がわざわざ品種改良したのよ」
なんと、ひとつのイガの中に一粒の栗が入っているらしい。
「とびきり甘くておいしいから、売ってくれと言われるときもあるようだけれど、お父様があれは幻獣用だからと、門外不出にしているのよね」
山栗が流行っている隣国の貴族が耳にしたら、悔しがりそうな話である。
「でも、そんな大事な山栗を、私達がもらってもいいのですか?」
「いいわ。メルはお友達、ですもの」
「リーゼロッテ!」
アメリアの契約主だからと言うかと思っていたら、友達だなんて。
『アルブムチャンハ!?』
「あなたも、おまけについてきたらいいじゃない」
『ヤッター!』
そんなわけで、次のお休みはリヒテンベルガー侯爵家の領地で山栗採りをすることになった。
◇◇◇
山栗採り当日――アメリアは「イガを踏んだら痛いから」という理由でお留守番となった。
今日はスカートではなく、ズボンをはいた。ブーツも、革が硬いのを選ぶ。
イガが落ちてきたら大変なので、帽子もしっかり被っておく。
アルブムにも、昨日急遽作ったケープ状の外套を着せておいた。
頭には、布を巻いてあげる。
ちょっとだけ、面白おかしい恰好になってしまった。
アルブムは鏡を覗き込んでポツリと呟く。
『コレ、オカシクナイ?』
「可愛いですよ」
『ソッカー』
単純でよかったと、心から思った。
アルブムと共に、集合場所に向かった。
リヒテンベルガー家の立派な馬車が停まっていたので、すぐにわかった。
リーゼロッテは外で待っていた。
長い髪は高い位置でひとつに結び、パンツスタイルに革の外套をまとっている。
「リーゼロッテ、お待たせしました」
「ええ」
馬車に乗り込んで、王都の郊外にあるという領地を目指した。
「それにしても、王都の近くに領地があるなんて、リヒテンベルガー家はすごいですね」
「お父様が、若いときに国王陛下から賜ったものみたいなの」
「侯爵様の活躍で、受け取った土地だったのですね」
その昔、侯爵様は魔法騎士として国王陛下にお仕えしていたらしい。そのとき、ただいな土地や財産を築いたのだという。
もともと裕福だった侯爵家が、さらに豊かになったのだとか。
おそらく、一生遊んで暮らせるほどの財を成しているのだろう。羨ましい話である。
楽しくお喋りをしている間に、山栗を栽培している領地にたどり着く。
窓の外を覗き込んで驚く。どこを見渡しても、山栗の木ばかりだったから。
「わあ、すごいですね」
「好きなだけ採っていいそうよ」
『ヤッター!』
棒と火ばさみを手に持ち、カゴを背負う。
地面に落ちている山栗は虫が食べている可能性が高いので、木に生っている栗のみを収穫するのだ。
侯爵様が品種改良したという山栗は、私の拳よりも大きかった。
イガが頭上に落ちてきたら大変である。
ここで、人影を発見する。
帽子を深く被り、カゴを背負った姿でいた。私達と同じく、山栗採りにやってきたのだろう。
「あ、リーゼロッテ。あそこにいるおじさんに、山栗採りのコツを聞きましょう」
「メル、待って。あそこにいるのは――」
「すみませーん、おじさん、ちょっといいですか?」
「誰がおじさんだ!!」
振り返ったのは、侯爵様だった。
「ぎゃ~~!!」
「うるさい!」
「こ、侯爵様、ど、どうしてここに?」
「ここは私の領地だ」
「そうでした」
なんでも侯爵様は毎日、幻獣のために山栗採りにきているのだという。
部下に命令せずに、自分で採るなんて。幻獣好きの鑑である。
「あの、山栗採りのコツをお聞きしてもいいでしょうか?」
「目標の山栗を、叩き落とせばいいだけだ。枝を叩いたら自分の頭上に落ちてくる可能性があるから、山栗を直接叩いて飛ばすように」
「なるほど。やってみます」
熟れた栗は、突いただけでポロッと落ちるらしい。
目標を定めて、棒の先端で山栗を叩いた。
すると、いい感じにポロッと落ちる。
「イガは剥かなくてもいい。イガ剥きの魔道具があるからな」
「了解です」
便利な道具があるようだ。
ありがたいと思いつつ、次々とイガを収穫した。
一時間後には、背負ったカゴがいっぱいになる。
侯爵様の先導で小屋に移動し、大きな鍋みたいなものにイガつきの山栗を投入する。
蓋をして魔法陣に触れると、ガタゴトと震え始める。
待つこと五分ほど。
蓋を開いたら、きれいに剥けた山栗だけの状態になっていた。
「すばらしい魔道具ですね」
なんでも、一粒入りの山栗はイガが鋭く、頑丈な革靴でも棘が貫通してしまったらしい。
それで、この魔道具を作ったと。
収穫したばかりの山栗を、焼き栗にしてくれるようだ。
「爆発させないように、しっかり切り目を入れろ」
「はーい」
ちなみに栗は、周囲のイガが皮で、表面の固い皮が果肉、渋皮と中身は種に該当するらしい。
山栗を焼きながら、侯爵様が教えてくれた。
一時間、蒸し焼きにした山栗をいただく。
『イタダキマース!』
アツアツの焼き栗を、アルブムは冷めるのを待たずに頬張る。
『熱ッ!! デモ、オイシ~イ!!』
私はよく冷ましてからパクリと食べる。
「んんっ!! ほっくほくで、あま~い!!」
蜜が溢れるほど、糖度が高いようだ。
リーゼロッテも、目を見張りながら食べている。
「お父様、これ、本当においしいわ」
「そうだろう! 私が作った栗だからな!」
山栗農家のおじさんにしか見えなかった侯爵様が、とてつもなくすごい人に見えてしまった。
みんなで、山栗を堪能する。
大満足の一日となった。




