大森林にて その十二
そしてついに、世界樹の前に辿り着くことができた。
「こ、これが──世界樹!?」
見上げても先が見えないくらい、巨大な樹だ。
しかし、幹に生気はなく、どこかくすんだ色合いに見える。
葉も、雨のように落ちていた。拾ってみると、しわしわになっていて、水分はない。
触れていると、なんだか悲しくなる。
『クウ……』
ステラがやってきて、伏せの姿勢を取った。
コメルヴを、下ろしてあげる。一緒に中に入っていたアルブムは、首に巻いた。
『ありがと』
コメルヴはステラにお礼を言い、よろよろとしながら世界樹のほうへと進んでいく。
『メルヴゥ……』
声をかけても、返事はない。大メルヴは、連れ去られてしまった。
コメルヴは世界樹をぎゅっと抱きしめる。
なんだか悲しくなって、私も一緒になって、世界樹に触れた。
すると、突然幹の色合いが鮮やかになる。
「──え!?」
『危険だ、離れろ!!』
猫の大精霊様が何かを叫んだが、よく聞こえなかった。
眩い光に包まれ、何がなんだかわからなくなる。
『メルゥ!』
「コメルヴ!! 大丈夫ですか!?」
手を伸ばすと、コメルヴの葉っぱに触れた。近くに引き寄せ、抱きしめる。
『アルブムチャンモ、イルヨオ!』
あと、ニクスもいると、蓋をパタパタ動かして主張していた。
よかった。私は一人ではない。
光が収まると、周囲の状況が見えてくる。
空も木も草も灰色の世界だった。霧が深くて、どれくらいの規模の場所かわからない。
ここはいったい?
『世界樹の意識の中だよ』
「世界樹って、大メルヴではなく?」
『メルヴは、世界樹のお友達だよ。メルヴを通じて、世界樹は存在していたんだ』
「そ、そうなんだ」
よくわからないけれど、大メルヴは世界樹にとって大切な存在らしい。
『あそこにいるのが、世界樹』
コメルヴが葉を指すと、その方向だけ霧が晴れる。
そこにいたのは、白髪頭の老婆だった。杖も何も持たずに、ふらふらと頼りない。
今にも倒れそうだったので、走って近づき、体を支える。
「あの、大丈夫ですか?」
「君は……?」
「衛生兵のリスリスです」
そう名乗ると、笑われてしまった。
「そうか、衛生兵か……。君はフォレ・エルフだから、もしかしたら、ここに来られたのかもしれないね」
「な、なるほど」
フォレ・エルフは、森と共に生きる一族だ。どのエルフ族よりも、自然を信仰している。
「あなたが、世界樹ですか?」
「そうみたい」
「なぜ、ここに?」
「さあ?」
以前までは、草木は瑞々しく、晴れ渡った素敵なところだったらしい。
それが、大メルヴがいなくなったことによって、灰色の世界となってしまったようだ。
しかしなぜ、私はここに呼ばれたのか。
「なんでだろう。世界樹であろう私にも、よくわからない」
その疑問には、コメルヴが答えてくれた。
『メルゥが、衛生兵だからじゃない? 衛生兵は、みんなを、元気にしてくれる』
言われてみたら、そうだ。
でも、回復魔法を使えるわけではないし、お医者さんのように知識があるわけではない。
『メルゥは、メルゥなりの、元気になる方法が、あるでしょう?』
「あ、そうでした」
私には、料理がある。
さっそく、世界樹に提案してみた。
「具合が悪いのであれば、え~っと、何か、元気が出る料理でも、作りましょうか?」
「元気がでる、料理?」
「はい!」
ここで、コメルヴが老婆の服の裾を掴んで言った。
『メルゥの料理、おいしいよ。コメルヴ、スキ』
『アルブムチャンモ、スキダヨ!』
「そうか。だったら、作ってもらおうか」
とりあえず、その場に座ってもらい、私は調理の準備をする。
何を作ろうか。栄養満点の料理がいいだろう。
「苦手な食材とか、味付けとか、料理とかありますか?」
「いいや、思いつかない。食べ物の記憶なんて、ずっと昔のものだから」
「そうですか。では、私の好きなものを作りますね」
やはり、元気になれるといったら、スープだろう。
アルブムが調理を手伝ってくれる。
ホロホロ鳥の骨で出汁を取り、高級ベーコンに、野菜、薬草を加え、塩コショウで味付けする。
煮込む時間が少なくて薄味だけれど、体が弱っているのでこれくらいの味付けでいいかもしれない。
「薬草スープです。どうぞ」
「ありがとう」
コメルヴもスープだけ飲むというので、コップに入れて手渡した。
アルブムは器に具材をたっぷり入れたものを渡す。
私は、みんなの様子を窺った。
世界樹は匙でスープを掬い、不思議そうに見つめている。
コメルヴが『はやく、食べて』と急かすと、匙を口に運んだ。
「あ……おいしい」
どうやら、お口に合ったようだ。
それから次々と、食べ進めて行く。
だんだんと、世界樹の肌に赤みが差す。
すると、周囲に変化が起こった。
「わっ!?」
灰色だった草原は鮮やかな緑に染まり、木々の葉は艶が出てくる。
雲は流れ、青空と太陽が見えた。
世界樹は──なんと、金髪碧眼の美女に若返った。
美女な世界樹は、空になった皿を差し出し、笑顔を向けて言った。
「ありがとう。君のスープのおかげで、元気になった」
「あ、そ、そう、ですか……よかったです」
灰色だった世界は、美しい世界へと変わっていた。
スープ一杯で、こんなに元気になるなんて。
「引き留めて悪かったね。もう、仲間のもとへとお帰り」
その言葉を聞いた瞬間、景色が反転する。
「どわっ!?」
降り立った地は、もといた大森林の世界樹前。
しかし、変化があった。
世界樹が、青々とした葉を取り戻していたのだ。




